第十七章 万感交到る(2)
出会い頭に意見を述べた不躾を詫びる文言も認めてあり、近い人物を介して文を寄こしたのもその表れかと思われた。
事実、もし直人にその名を聞いていたら、文は受け取らなかったかもしれない。
黄山が恭順を説くために幾度も登城し、その度に藩主のみならず重臣に対しても懸命の説得を繰り返していたことも知っている。
それが功を奏して議論が恭順に傾きかけると、忽ちに一学や新十郎に覆されてきた、という経緯もあった。
そして今、その強硬な姿勢の二人は白石に出向き不在となっている。
この機に恭順論者を確立しようと考えているのだろうが、少なくとも、瑠璃が直接的にその力になってやることは難しい。
藩是は決し、そして自分はその主家の人間なのである。
「それにしても、思ってもみない奇手を打ってきたものじゃ」
強硬派二人がいなくとも、在城の家老に三浦を同情的に見ている者が果たしているだろうか。
釈放後の三浦を恭順派に組み込むつもりなのは明白だ。
元来勤王論者として知られる男ゆえに、三浦が黄山同様に恭順を唱えるのは火を見るよりも明らかだろう。
とはいえ、一学も新十郎も、何が何でも武力衝突を望んでいるわけではない。
彼らが今白石へ赴いているのも、可能な限りそれを回避し、平和裏に事を収めるためのものだ。
「それすら待てぬと申すのか、こやつ」
三浦が如何に先代藩主の信任篤かったか、どれほどに民百姓を思い遣り、権威に怯まず注進してきたかが書き綴られ、それで文面の半分が埋まっている。
加えて、瑠璃にも民のため態度を定めるよう求めてもあった。
一学や新十郎に親しく、自ら武芸精錬に励み砲術をも会得せんとする瑠璃の姿は、黄山の目からすると抗戦的な立場に見えることだろう。
気は進まないが、受け取った以上、可否に関わらず返事をせねばならないが、一度しっかり話をしておくべきだろう。
直人に言伝を頼むかと考え、瑠璃は手早く文を畳むとその懐中深くに押し込んだのであった。
***
「若君、白石へ向かいました丹羽一学、丹羽新十郎より報せが届きましてございます。つきましては、表へお出ましを頂き──」
閉ざした唐紙の向こうへ、和左衛門は座したまま声を掛けた。
しかし、中からの返答はない。
いつもならば、口上の終わらぬうちに五郎のほうから入室の許しを告げられるのに。
和左衛門は違和感を感じた。
「若君、失礼!」
手掛かりに指をかけ、さっと引き開けた。
「──おられぬ」
朝五つ半。この時分には大抵部屋で書を読んでいる五郎の姿はなく、開いたままの書物が乗った書見台が空しく佇んでいるだけであった。
***
「おい、そこの女中」
「え、はい。私、ですか?」
砲術道場へ通う瑠璃をいつも通りに送り出し、澪は活けた花の水を換えるため、奥御殿の水屋へ向かおうとしていた。不意に背後から声が掛かり、その耳慣れない声と口調に奇妙さを覚えながら振り返る。
「そうだ。おまえ、確か義姉上付きの女中であろう」
澪とはちょうど目線が対等になるが、その顔を目の当たりにして、ぎょっと目を剥いた。
華美さはなく落ち着いた装いではあるが、使用人とは異なる風格とでもいうのだろうか。年若く幼さの残る顔に、英明さの漂うその人は、澪も幾度か見た顔だった。
主の瑠璃がこれまで避けていたせいで、特にこれといった関わりもなかったのだが、義姉の御付女中の顔は認識していたらしい。
「わ、……若様。どうなさいました、お独りで」
いつも付き従っている和左衛門や、相手役を勤める少年の近侍もなく、五郎一人きりである。
それも、どことなく機嫌が悪そうなのが気に掛かる。
他意はないが、何となく気圧されて一歩後退ると、五郎は二、三歩ほど肩を怒らせて澪に詰め寄った。
「ななな何ですか!?」
「おまえ、名は」
「みっ、澪と申します」
五郎はじろりと凄むような目付きで、無遠慮に眺め回す。
「そうか、澪。おまえに頼みがある」
「……はぁ、何でしょう」
五郎のほうから些か執拗なくらいに瑠璃に近付こうとしていたことは澪も既知の事実だが、先日ついに瑠璃が五郎を訪ったのだ。
外に控えていたために会話の内容までは知らぬが、五郎の部屋を出てきた瑠璃は、肩の荷が下りたような、少しほっとした顔をしていたものだ。
なのでてっきり、そちらは話がついたものとばかり思っていた。
が、今澪の眼前に仁王立ちする五郎からは、並々ならぬ気迫が滾々と湧き出している。




