第十六章 波乱の幕開け(5)
「貴様、一体瑠璃様の何を暴こうとしていた。事と次第によっては直ちに瑠璃様の指南役を撤回するぞ」
「待たんか鳴海。銃太郎殿は私の行いを窘めてくれただけじゃ! 責めるのは筋違いじゃ」
瑠璃が慌てて鳴海と銃太郎の間に滑り込み、庇うように両腕を広げる。
「窘める? 銃太郎に窘められるようなことをなさったと?」
詰め寄る鳴海に、瑠璃は堂々深々と肯く。
「そうじゃ! ちょっとばかり直人殿と、……まあ、うん」
「まあ、うん!? そんな、暈さねばならないような破廉恥なことが……!?」
大層な衝撃を受けたらしく、鳴海は両手で頭を抱える。
瑠璃も瑠璃で踏ん反り返って力強く話し始めたくせに、急に声を萎ませるものだから、一層鳴海の心証を悪くしたらしい。
「その直人とか申す者、どこの倅ですか!? この私が直ちに引っ立てて──」
「アワワワワワ待て鳴海!」
何を想像したものか、鳴海は血相を変えて瑠璃の肩をがしりと捕まえる。
「大谷殿! 直人とは少し話をしていただけです! 何も疚しいことはありませんでした。そうだな、瑠璃?」
見るに見兼ねて口を挟むと、瑠璃は慌ててこくこくと繰り返し頷く。
勿論、疚しいことが本当に何もなかったかどうかは知らないが、鳴海も鳴海でいくら側近とはいえ、肩を抑え込むなど不躾にも程がある。そう思うと考えるよりも早く声が出てしまったのだ。
「何も……? ほう。銃太郎、貴様、何もなかったのに瑠璃様を詰っていたと申すのか」
「ですから私は、若いおなごが物陰で男と二人きりになるのは良くないと、そう話して聞かせていたんですよ」
「くっ……そうか、それは良くないな。銃太郎がまともなことを申すとはどうも納得がいかん」
「大谷殿!? いやそれどういう意味ですか、大谷殿よりはまともなつもりですよ!?」
「瑠璃様、甚だ無念ではございますが、ここは銃太郎の申す通り、改められませい」
「お、おう……そのつもりじゃ」
銃太郎を妙に敵視するのと瑠璃への過保護ぶりは健在だったが、幸いそれ以上の追及もなく、鳴海は改まって瑠璃に目を向けると、声を潜めた。
「……実は少々困ったことになっておりましてな。すぐにご同行頂きたい」
珍しく静かに困惑している鳴海の様子を、さすがの瑠璃も怪訝な眼差しで見返していた。真実、困り果てているのだろう。
瑠璃は訝りながらも了承すると、去り際に銃太郎を見遣る。
また何事かに巻き込まれかけているのに、その顔はにこりと微笑んでいた。
「また明日な、銃太郎殿」
「え、ああ……。また、明日」
軽く手を振る瑠璃に対し、銃太郎もまた思わず片手を上げたその時、城壁の向こうから、下城の太鼓が打ち鳴らされるのが聴こえた。
常に多くの人物に囲まれて慌しく、その分自由も制限されているであろう瑠璃と、明日の約束を交わせることは幸いなことのように思える。
向けられた笑顔につられて、自身の顔も大いに緩んでいることに気が付いたのは、瑠璃が鳴海と共に去って暫く経ってからだった。
【第十七章へ続く】




