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第十五章 姉と弟(3)

 


 少々、いや相当風変わりな姫君だが、何にでも興味を持ち、何にでも挑戦する。それが物事であれ人物であれ、とにかくまずは飛び込んで、細かなことは突っ込んで行ったあとで考える。

 どんな者とでも気安く接し、いつの間にかその懐にするりと入り込んでしまうところがあった。

 銃太郎自身もそうであるように、恐らくその側近たる大谷鳴海も、随分以前から親しいらしい青山助之丞もそうなのだろう。

 助之丞もまた瑠璃を慕っているらしいことは察しているし、本人もそれを隠そうとはしていない。面と向かって想いを告げたことはないにしても、いつそうと気付かれてもおかしくない振る舞いだ。

 瑠璃が助之丞の本心に気付いている様子は毛筋ほどもなさそうなのが救いだが、それは同時に瑠璃の鈍さを如実に表していた。

「ちょっと兄さん、姫様今日はおいでにならないの?」

 母屋に面した戸口からひょこりと顔を覗かせたたにに声を掛けられ、銃太郎ははっとして顔を上げる。いつしか詮無き考えに囚われていることに気付き、銃太郎は深く息を吸い込むと、頭を振った。

「瑠璃なら暫く来られないと報せが来ていた。城から何も言ってこない限りは、此処へ来ることもないだろう」

 ややもすると、情勢次第ではそのまま門を抜けるということも充分にあり得る。

 迫り出した腹を抱え、たには茶を汲んだ湯呑みを銃太郎の傍らに置き、その場に座り込む。

「いち様が才次郎さんを連れて城へ行ってから、兄さんにもお詫びしたいと仰っていたのよね。うちの兄はどうでもいいですよと申し上げたんだけど、どうしてもと食い下がるものだから──」

 もしかすると、瑠璃も同道してやって来るかもしれないと話すたにの面持ちは、どこか落ち着かない様子である。

「詫び、とは何だ」

「いやね、才次郎さんが姫様に求婚したの、知ってるでしょう」

 呆れた口調で笑い飛ばすたにに、銃太郎はふと先日の顛末を思い返した。確かにそんなようなことを聞いた気がする。

「姫様はてっきり若君とご婚礼を挙げるのかと思っていたけど、あまり仲がよろしくないという噂だから、案外本当に声を上げた家臣に降嫁なさるかもしれないわね」

 まさか才次郎の成田家に嫁ぐこともあるまいが、今ひとつ行動の読めない瑠璃のことだ。

 万に一つということも考えられなくはない、とも思う。

「そんなものは単なる噂にすぎん」

「ま、姫様は兎も角、兄さんがお嫁さんを貰うのが先かしらね。いち様の嫁ぎ先の帯刀様は十九だそうよ。兄さんもう二十二でしょ? もうそろそろ適齢じゃないかしら」

 才次郎の姉・いちと、その嫁ぎ先である佐倉家の嫡男を引き合いに出して語るたには、齢こそ十八の若さでありながら、一端の主婦の顔をする。

 おなごは特に、こうした話を好む。近隣の主婦ちと家中の噂に興じてはあれこれと推測して楽しむのである。

 それ自体は特に咎めるほどのものでもないと銃太郎は思っていたが、それが瑠璃の噂となると途端に胸がざわつく。

 特にたにが今話したような降嫁の噂には、どうしても耳が傾いてしまう。たにと同い年の瑠璃がその類の噂に燥ぐことはない。

 此処へは砲術を習いに来ているのだから当然と言えば当然だが、彼女の口から飛び出す話題は男のする話と大差がなかった。

 他人の噂にこそ上れども、瑠璃本人は自身の縁組などにはまったく興味もないのではないか。

「私の話はどうでもいい。役目を頂いて間もないし、妻を娶るにはまだ早いと──」

「はいはい。そんなこと言ってると、想いびとを横からあっという間に掻っ攫われて泣きを見るわよ」

 たには短く嘆息してから、盆を携えて大義そうに立ち上がる。

 含み有りげな捨て台詞を残して、母屋へと引き上げてしまったのであった。

 

   ***

 

「そういうわけでの、来る五月、銃太郎殿にもその門下を引き連れ、洋式調練に出て貰いたい」

 掲げて開いた書状を持つ手を下げると、銃太郎は目の前に座す瑠璃とその視線を絡ませた。

 間もなくたにの予想通りに才次郎姉弟を引き連れて、瑠璃は北条谷へやって来たのだ。

 江戸で学び、弟子たちに教授した西洋流砲術を披露する、またとない機会である。

「……しかし、門下はいずれも若年の少年たちばかり。この調練において出陣の可否を判ずることになるのだろうか」

 門下の少年たちは、今や調練に出すに充分に値する実力を身に着けている。そう思うものの、やはり心のどこかに懸念は残っていた。

「瑠璃も知っているだろうが、篤次郎などは特に出陣に対して期待するところが大きい。それを無闇に煽るようでは──」

「そうじゃな、大喜びするじゃろうの。しかしそれとこれとは別な問題。調練に出たからと言って出陣を許可するものではない。家老らもそんなことにまで言及はしておらぬ。皆には銃太郎殿からよく申し置いて欲しい」

 書状を畳み、そういうことならばと銃太郎も頷き引き受ける。

 調練に向けて一層指導に力を入れねばなるまいと考えたところで、ふと眼前できらきらと目を輝かす瑠璃に気付き、銃太郎は手を止める。

「……瑠璃は出ないよな? 出さないぞ?」

「ん? 出るぞ?」

「いや、殿様やご家老がお許しにならなければ、参加はさせられないからな?」


 

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