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第十五章 姉と弟(2)

 


 そこに、銃太郎の門下も参加させることも決まった。その旨を知らせる役目を、瑠璃は自ら買って出たのである。出陣許可は早くとも、きっと篤次郎などは大喜びするに違いない。

 それに、と瑠璃は歩きながら懐中に忍ばせた下知状に触れる。

(銃太郎殿の門下、ということは、私も参加出来るということじゃ)

 会談の場ではそこまで触れられることはなかったが、瑠璃もあえて参加表明などという真似はしない。大半が諦観を持っているとはいえ、言えば恐らく大反対する奴が必ずいるからだ。

 しかしこの報せを持って訪ねたならば、まずは銃太郎の妹、たにに対して詫びねばなるまい。先日、顔を合わせながら身勝手な誤解ゆえに一言の挨拶もないまま駆け去ってしまったことが、未だ胸中に引っかかったままである。我ながら、とんだ勘違いをしたものである。

 大義名分を得て堂々と藩庁門を潜る瑠璃に、声を掛けた者があった。

「瑠璃姫!」

 まだ幾らか高い少年の声がして、呼ばれるままに振り返った先には才次郎の姿があった。

 これから道場へ赴くところかと思われたが、駆け寄る才次郎のその後ろに、瑠璃と殆ど同じ年頃のおなごの姿が見え、どうも才次郎と同行していたらしいと知る。

 そちらは、と才次郎に尋ねると、控えていたおなごもまたぺこりと会釈した。

「才次郎の姉で、いちと申します」

「そうか、才次郎は姉君があったのじゃな」

 姉弟で連れ立ってどこかへ出向く最中だったらしい。

「仲の良い姉弟じゃの。いち殿、私は瑠璃と申す。才次郎にはいつも道場で世話になっておるのじゃ」

 いちとは齢も近いようだし今後も宜しく頼む、と口上を述べる。

 すると、いちは小走りに駆け寄り、足を止めたか否かというところで才次郎の頭をむんずと掴み、勢いよく頭を下げさせる。

「この度は、愚弟がとんだ失礼を申しました……!」

 びたっと直角に腰を折り、いちは才次郎の頭を掴んだまま声を張った。

「ちょっ、姉上! 別に俺、失礼なことなんて何も──」

「おだまりなさい! 父上だって豆腐噴き散らかしてたでしょ! おまえもきちっとお詫び申し上げなさい!」

 不服げな才次郎の頭を、いちはぐいぐいと執拗に押さえ込む。

「分を弁えない申し出をしておきながら開き直るだなんて、どういうつもりです! 姫様に対して嫁に来いだなんて、よく申せましたね!」

「え……、あー、まあ、いち殿。才次郎は私を思い遣って申し出てくれただけで、特に私も真に受けては──」

「は!? なんで!? 俺けっこう本気で言ったんだよ!?」

「っぉおん……!? んな、ほ、本気じゃったのか!?」

「ばか才次郎! 姫様をどなたと心得ているのです!? おまえもう土下座なさい! 地べたに! 這い蹲って!!」

「姉上こそ! 瑠璃姫が落ち込んでるとこ見てないだろ!? だから俺の気持ちが分かんないんだよ!」

「えっ、いち殿、そんなにしなくていいから! さっ才次郎もちょっと落ち着こうな!?」

 藩庁門前で突如始まる姉弟喧嘩に、瑠璃はおろおろと二人を宥めるが、騒ぎが届いたのか藩校の陰からこちらを窺う顔がちらちらと覗いている。

「ままま、まあちょうど私も北条谷へ向かうところじゃ、話は道々聞こう! な!?」

「すみません、本当にすみません! この愚弟が!」

「何だよ、相談したら姉上だって姫様に力添え申し上げなさいって言って──」

「っだーから誰が本気で求婚しなさいなんて申しましたか!! えぇ!?」

「わかった、わかったから!! とにかくもう二人とも私について参れ!!」

 騒がしい二人の手を左右に引き、瑠璃は力尽くでその場を離れることにしたのであった。

 

   ***

 

 書見台に置いた書を捲る手を止め、銃太郎は一つ吐息した。

 誤解であることは漸く瑠璃にも伝わったし、ついでに許婚がまだないこともさりげなく主張した。

 勿論、だからと言って何らかの進展が望めるとも思っていないが、たにが実の妹であると知った時に瑠璃がほんの一瞬覗かせた、はにかんだような笑顔が脳裏に浮かんで消えないのである。

 こんなことでは駄目だと自らを戒めるものの、目を瞑れば──否、両眼をしっかり開いていてさえ脳裏に映し出されてしまう。

「………」

 気が散じて書物を閉じ、銃太郎はふと道場の壁に設えた武具掛けに整然と並ぶ小銃に目をやると、引き寄せられるようにその上の長押(なげし)を見上げた。弟子たちの名を書いた木札を掛けてあるが、父貫治の門下生のものとは別に並べ、そのどれもが真新しい色をしていた。

 今は単純に入門した順に下げているが、端から二番目に掛かる札に瑠璃の名がある。

 彼女が一番先頭に並ぶところであったが、篤次郎が滑り込んできたために二番手に収まったのだ。

 帰藩して最初の門人が城の姫君にならずに済んでほっとしていたものが、今や道場に訪れるのを心待ちにしてしまっている自分がいる。


 

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