第十章 心恋(5)
そこに加えて剣も遣い、射撃の腕も一級品。江戸で西洋流まで学んだ藩きっての新鋭だ。
更に面白くないことに、助之丞とは長年親しくしてきた瑠璃すらも、銃太郎が帰藩するや否や早速その門下に入る始末。
考えるほどに、肚の底に重く凝った澱のようなものがうねるのを感じた。
「まあ、俺は銃太郎さんとは違うんで。何も出来ませんよ」
「おいおい、素っ気ないな。姫だってたまに内職手伝ってくれるのになぁ」
「えぇ……。いや、なに瑠璃姫に手伝わせてんですか……」
呆れたものだと思ったが、瑠璃も瑠璃でまさか内職を手伝っていたとは開いた口が塞がらない。
そういえば虫籠はなかなか作るのが難しいとか、傘を貼るのもやろうと思うと意外と緊張するだとか言っていたことがあった。
その謎の発言の元は、ここにいる山岡栄治だったのである。
「青山、お前、このことはくれぐれも姫には話すなよ」
「え? なに、借金のことですか」
「一々借金と言わんでいい。本当に一時的なものに過ぎん。姫のことだから、このことを知ればまた無謀にも要職の連中を相手に駄々を捏ねる」
栄治は短く嘆息して、そう話す。
山岡次郎太夫、即ち栄治の父は過去に糠沢組代官を勤めていた。
その任期中に刃傷沙汰を起こし、免職の上で親類預けとされたのである。
その後間もなく次郎太夫は世を去り、栄治は十歳で山岡家の長となったが、旧禄に復することなく今に至る。
「姫は昔、俺の身の上を知ってそれは大激怒してな。勿論俺が直にその場を見たわけじゃないが、老臣相手に食ってかかったことがあった。あの頃の姫はまだ十二、三歳だったか……」
まだ幼く、感情が先走ってしまったのだろう、結局老臣には取り合われなかったという。
「まあ姫は昔からやんちゃが過ぎるからな。当時のご家老があやしてくれるわけもなかっただろうが……」
それでも、その気持ちだけは嬉しかったと栄治は真顔で語った。
日々の暮らしの困窮は、山岡家に限ったことではない。
長らく続いた富津在番と、近年の元治の役、江戸や京での警衛も大きく藩の財政に響き、藩は家臣の知行をも借上げていた。
それは大身家も例外ではなく、今や家中はどの家も窮乏している有り様だ。
栄治もこうしてびくついているところを見ると、借りた分の返済は遅れているのだろう。
「まあそういうことなら瑠璃姫には言いませんけど。でも、銃太郎さんには話しておいたほうがいいんじゃないですか」
「……やっぱりそう思うか」
「いや、だって銃太郎さんのとこに催促が行くこともあり得るでしょ」
気は進まないだろうが、筋として話は通しておくほうが無難だ。
そう説得すると、あまり感情を表に出さない印象の栄治が、珍しく懊悩の色を見せていた。
よく見れば、栄治の纏う小袖の口は擦り切れ、布地も今に透けそうなほど薄くなったものに宛布をした様子がある。
一見小綺麗にしているようだが、そうした細かなところでその暮らしの厳しさが窺い知れた。
「ちょうどほら、すぐそこの鳴海様の茶園に銃太郎さんも来てるでしょ」
目線で往来の先を示し、助之丞は更に自らの手に抱えた包みを持ち上げる。
「折角粟饅頭も持ってきたし、さっさと行かないとお開きになりますよ」
ほらほら、とその背を押しながら、助之丞は栄治と共に再び歩を進めたのであった。
【第十一章へ続く】




