第十章 心恋(4)
しかしそれに頼るでは門弟たちにも示しがつかない。
銃太郎は前を塞ぐ瑠璃の肩に手を掛けた。
「瑠璃、大丈夫だ。私も大谷殿とは一度しっかり話さねばならないと思っていた」
「え? しかしこやつは私の──」
ちらと振り仰いだ瑠璃に微笑み、任せろと一つ頷く。
「おおお畏れ多くも瑠璃様に触れるとは……いや! その前に貴様、事もあろうに瑠璃様を呼び捨てるとは何事か!?」
鳴海も銃太郎には些か身丈及ばず、必然的にやや下から睨め上げてくる。
しかし怯むことはなかった。
瑠璃が長く側に置き、師事してきた人物だ。
大身でありながら、こうして中士下士を問わず別邸に招く懐の深さもある──はずだ。多分。
「大谷殿」
「何だ、遺言か」
「違いますよ!?」
得物に手を掛けじりじりと間合いを取るが、傍らの瑠璃の呆れきった様子を見れば、鳴海がそれを抜かないだろうことは確信出来た。
「大谷殿がご心配されるのは尤もです。しかし私も砲術を指南申し上げるにあたり、細心の注意を払っております。瑠璃に怪我や火傷は負わせません」
「……ほう?」
「ですのでどうか私にお任せ頂きたく、お願い申し上げます」
言い終えると同時に、銃太郎は深々と頭を下げる。
すると瑠璃も慌てて隣に並んで鳴海へ首を垂れた。
「おわわ!? 待て待て、銃太郎殿にだけ頭を下げさせるわけにはゆかぬ! わっ私からもこの通りじゃ!」
瑠璃までもが鳴海に頭を下げるとは予想していなかったが、そのまま待つこと暫し。
やがて鳴海は居住いを正し、やけに大きな溜息を吐いてから大仰な咳払いをする。
「貴様……その言い方はやめろ。なんか瑠璃様を嫁に出すみたいで非常に不愉快だ……」
「えっ、あっ!? 決してそんなつもりで言ったわけでは……!」
「当たり前だ! 瑠璃様はいずれ然るべき御方を伴侶としてお迎えするのだ、そのことを努々忘れるなよ……!」
瑠璃に免じて指南は任せる、とは言いながら、鳴海はそれとは全く方向性の異なる巨大な楔を打ち込んできたのだった。
***
大谷鳴海の別邸に向かう道すがら、助之丞は手土産を携えて松坂御門を抜けた新丁の坂を下り始めたところで、意外な人物に出会った。
この辺りは道を挟んで家中の役宅が軒を連ね、季節になれば垣根沿いに躑躅の花が咲く。
その垣根に張り付くようにしながら、忙しなく辺りを窺い歩く山岡栄治がいた。
特に日頃の付き合いは無いが、栄治も瑠璃とは随分前から面識があるようで、その名は時折話に聞こえてくる。
誰かの目を気にしている様子だが、あれではかえって人目を引くだろう。
「山岡さん」
背後から声を掛けると、双眸と口をこれでもかというほどに開いた栄治がぎこちなく振り返った。
「何してんですか。やたら挙動不審ですっっげぇ目立ってますよ……?」
「……はぁ、何だ。追手じゃなかったか」
一体何に追われているのか、垣根に背を預けて大きく息を吐き出す。
喫驚で乱れた息を整えてから、栄治は助之丞の手許を見遣る。
「お前も姫に呼ばれているのか」
「え? ああ、そうですけど。山岡さんも呼ばれてるんでしょ」
大谷家別邸はもう目と鼻の先だ。
そんな界隈でこそこそしているくらいなら、さっさと門に駆け込めば良いものを、栄治は未だ執拗に辺りの気配を探るようにしている。
「何をやらかしたんですか」
「聞いてくれるか」
「話だけなら聞きますよ、話だけならね」
「冷たい奴だな……! お前も少しは銃太郎を見倣え。俺が商家にちょっとばかり金を借りた時、あいつはわざわざ一緒に出向いてくれたんだぞ!」
そこまで聞いて、助之丞はははぁと勘を働かせる。
追手というより、その商家の督促から逃げているのだと直感した。
栄治は若くして父と死に別れて山岡家の当主となっているものの、その亡き父の代での不始末が尾を引き、今以て恤救身分の苦しい暮らしを余儀なくされている。
恤救米の高々五人扶持では立ち行かないだろうことは想像に難くない。
「金借りてんですか」
「!! ど、どうして知ってる!?」
たった今自分で話していたくせに、栄治は決まり悪そうに目を泳がせた。
「いや、今自分でそう言ったでしょ。金借りるのに銃太郎さんに付き合って貰ったって」
銃太郎は堅物だとは思うものの、面倒見の良いところがある。その実直な人柄故か周囲には慕われ、家中のみならず町人からの信頼も厚い。




