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第八章 獄中からの上書(2)

 


「はー、会議かぁ……」

 何となく先日の紛糾ぶりを思い起こし、気が乗らなかった。

「澪、瑠璃様は私がお連れする。お前はここまででいいぞ」

 げんなり肩を落とす瑠璃を尻目に、新十郎は懐から何か懐紙に包まれたものを取り出し、澪に手渡す。

「座上のところから頂いておいた最中(もなか)だ。一つしかないから、他の者には秘密だぞ」

「まあ! お心遣いありがたく……」

 丹波のところから、であって、丹波から直に貰った物ではないらしい。

 それでも澪は忽ちに顔を綻ばせ、嬉々として包を受け取る。

「それでは姫様、行ってらっしゃいませ」

「ええー……さっきまであんなに引き留めておったのに……」

 満面の笑みで見送る澪に渋々背を向け、瑠璃は新十郎の先導で広間へと向かうのであった。

「さっきの最中、私の分はないのかの」

「最中はございませんが、瑠璃様には丹波栗の甘露煮を差し上げましょう。特別ですぞ?」

「……それ、絶対食えんやつじゃろ」

 

   ***

 

 木々の蕾は徐々に膨らんできたものの、山から吹き降ろす風は強く、まだ肌に冷たい。

 獄舎の入口には獄吏が二人、槍を携えて立っていた。

 そこから出て来た若い士が一人、足早に城へ向けて走り去った。

 まだ青年とも言うべき男はその懐に一通の書を忍ばせ、城門を潜った辺りからある人物を探して忙しなく周囲の人間を見回す。

 目当ての人物は、青年が門を潜って間もなくその姿を見せたのであった。

「鳴海様!」

 呼び止める声に足を止め、鳴海は今し方通って来たばかりの箕輪門を振り返る。

 昇りかけた石段から降りて声の主を待つと、息を弾ませた若い士が駆け寄った。

「あー、……誰だったかな」

 見たことがあるような、無いような。二十代も半ばのまだ若い男だったが、呼び止めるからには鳴海の預かる五番組に配属の者だったかもしれない。

 名を思い出せずに問うと、男は割合心外そうな面持ちになった後で息を整えた。

「先日、大目付を仰せつかりました。黒田傳太にございます」

「大目付? 大目付が何の用だ」

 知らぬ間に何か悪い事でもしたのかと内心ぎくりとするが、傳太の言によってすぐにその考えは霧散する。

「鳴海様は、確か瑠璃姫様より最もご信任厚き方と存じますが、相違ございませんか」

 生真面目に問う傳太に幾分気を良くした鳴海は、眉間を伸ばして小さく頷く。

「お? あぁまあ、相違ないな。瑠璃様と言えば鳴海、鳴海と言えば瑠璃様だからな」

「あ、はあ……、そうですか」

「思い起こせばあれは、まだ瑠璃様がやっと十を数えた頃だったか──」

「ああ、昔話は後ほど改めて。今はそれよりも、急ぎお渡しせねばならぬ物がございます」

 ふと懐かしい思い出を胸中に呼び起こしていたものを、傳太は容赦なく遮る。

 麗しい主従の出会いを語り聞かせるつもりだったが、傳太の些か焦眉に迫る顔色に急かされ、鳴海は口を噤んだ。

 良からぬ気配を感じ、人目を憚り城屋敷の陰へ入る。

「こちらを」

 傳太が差し出した書状は、紙も縒れて薄汚れたものだった。

 受け取り書を広げれば、字面も細く頼りなく、ごく薄い藍で認められており、読み取るだけでも一苦労だ。

「なんだ、この小汚い書状は」

「執政へ宛てて認められたもののようで、獄吏が託されたそうにございます」

 獄吏。

 鳴海はそう独り言ち、即座に差出人に思い至る。

「獄中からか」

「左様にございます。瑠璃姫様が要路の皆様と御懇意であることは存じておりましたので」

 預かったまでは良いが、果たしてこれを誰に届けるべきか迷い、その瑠璃に近しい鳴海に判断を仰ごうとした──。傳太の意図はそういうことであるらしかった。

「お渡しすべきかどうかも悩んだのですが、独断にては如何ともし難く」

「ふむ……、私が目を通して後に、然るべき人物に届けるとしよう」

 或いは渡さず焼き捨てるかもしれないが、と言い添えて、鳴海は書状を襟の奥へ滑り込ませたのだった。

 

   ***

 

 突如引っ張り出された執政会議の場には、丹波以下家老に名を連ねる者の殆どが顔を揃えた。

 銃太郎の門下に入る折、瑠璃が許可を取り付けた面々である。

 殆どは相対するに気易くしているものの、肩衣を付けた上に年輪を重ねた顔がずらりと並ぶと、多少の威圧感は禁じ得ない。

 その中に一人、木綿の着物に袴を着けただけの格好で上座に据えられた瑠璃は、丹波をじろじろと眺めやった。


 

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