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序章 濫觴(2)



「我が家に何か御用でも?」

 見覚えのない顔だ。

 番入していておかしくない年齢に見えたが、この時分に出会うということは恐らく部屋住みの子弟だろう。

「あ、いやぁ……すまぬ。ちょっと追われていたもので、咄嗟に垣根を借りただけなのじゃ」

 怪しい者ではない、と続けると、青年はより一層訝った。

 加えて、振り返った瑠璃を一目見て、おなごであると気付いたらしい。

「それなりの家の娘御のようだが……、追われるような何かをしたのか?」

「………」

 した、と言うか今まさにしています、とも言えず、瑠璃はそろりと目を泳がせる。

「い、いやぁ大したことではないんだ。追いかけっこのようなものだし」

 瑠璃は青年の手元に抱えられた包みに目を留めた。

「それより、すまなかった。お出掛けのところを邪魔をしてしまったな」

「うん? ああ、これか」

 瑠璃の視線が自らの手許に注がれたのを認めると、青年は微かに口許を弛めた。

「昨日、昔馴染みが江戸から戻ったのだ。挨拶がてら、顔を見に行こうかと」

「江戸から?」

「三年前に藩命で西洋流の砲術を学びに出たんだが、まあこの時勢だ、急に帰藩することになったらしくてな」

 青年は言いながら瑠璃の脇を通り、門を抜けて通りへ出る。

「西洋流砲術?! なんじゃその楽しそうなものは……!」

「た、楽し……?」

「私も一緒について行って良いか!? あっでも、久し振りの面会を邪魔しては申し訳ないかの……」

 思わず駆け寄った瑠璃に振り返り、青年は面喰ったように目を瞬かせた。

「変わったおなごだな。砲術に興味があるのか?」

 いや、それよりも──と、青年は眉根を寄せる。

「たった今会ったばかりの男に、不用意について行くものではないぞ。年頃の娘だという自覚はないのか……?」

「え? だって、そなたは家中の者なのだろう?」

「それはまあ、そうだが……」

 それなら別に何ら問題はない、と踏ん反り返れば、青年はぽかんと開口して言葉を失くした。

「そういえば名乗ってなかったが、そこの城の御姫様じゃ。瑠璃という。よろしくな」

「はあ、そうか。丹羽様の……って、ハァ!!?」

 ぎょっと目を剥いて瑠璃を凝視すると、青年は何故か辺りを忙しなく見回した。

 幸い、辺りに人気はなかったが、あまり大声を出されると追手の鳴海に気付かれる恐れがある。

 そこで瑠璃は人差し指を立てて、しぃーっとやって見せた。

「追手に聞こえたらどうする、あまり大声を出すでない!」

「いやいやいや! 姫君がこんなところで何をなさってるんですか! 脱走ですか!?」

「脱走じゃ! そなたに会うのは初めてだが、しょっちゅう脱走しておる。心配無用じゃ」

「しょっちゅう!!?」

「!! しーッ!! だから声が大きい!!」

 と言った割に、瑠璃自身の声も大分大きくなってしまった。

 折悪しく、そこへ地を揺さぶるような荒々しい馬蹄の音が轟く。

 青年もその蹄の音に気付いたらしく、二人揃って往来の向こうへ目をやると、これまた揃って青褪めた。

 見つけましたぞ、とか何とか口走りながら、一直線にこちらへ突進して来る騎馬が一騎。

 往来に偶々人がいないから良いものの、こんな狭い路地を疾駆するなど、とんでもなく危険なことだ。

「あ、あれは──。もしかして、御番頭の大谷様……」

「ああぁ……見つかってしもうた。安心せい、もしかしなくても大谷鳴海じゃ……」

 折角首尾よく城を抜け出したが、今日はここまでのようだ。

 毎回、鳴海に捕まれば最後で、強制的に引き摺られて帰城する羽目になる。

 上手くやれば完全に撒くことも不可能ではなかったが、今日は完敗だ。

「西洋流砲術、私もついて行きたかったが仕方あるまい……。また今度、同行させてくれ」

「えっ……。今度があるんですか……」

 また脱走して訪ねるからと言い置いて、瑠璃は殆ど暴れ馬と化した鳴海の騎馬に立ち向かった。

 

   ***

 

 馬場直人は、作事奉行・馬場衛守の長男であった。

 ごく最近、幼少からの付き合いである木村銃太郎が江戸から帰ったと聞き、まずはいよいよ情勢が悪化しているのだろうと過ぎった。

 銃太郎の父親も武衛流の砲術師範として道場を構えており、その弟子は多い。近頃では士卒はすべて砲術を学ぶよう布令が出されているため、木村家をはじめ藩中の砲術師範は皆多忙を極めている。

 冠木門を潜って声を掛け、直人は久し振りに友の顔を見たのだった。


 

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