第8話「任務開始」
前の投稿からだいぶ時間が経ってしまいました。
次は早めに投稿できる様に頑張ります。
「よし。それじゃ、始めるか」
「うん!」
調子が若干戻った無慚といつも通りな篝は、謎を解くために活気のない街を歩いた。無慚は前日と同じように黒髪黒目の姿に変化した。服装は篝のを借りているため、何も知らない人が見れば、二柱は兄弟のようだ。
静けさに満ちた街に、無慚と篝の足音が響く。常時であれば人々の話し声でかき消されるはずのものだが、この街では話し声そのものがほとんど聞こえない。
無慚は篝の服の裾を軽く引っ張り、小さな声で尋ねた。
「静かだね」
「まぁ、そうだろうな。人があれだけ殺されたんだ。活気なんてなくなる」
「そういうものなの?」
「そういうものというか、誰だって大切な人が殺されたり、居なくなったりしたら悲しいだろ? 話す気なんて失せるし、明るい表情なんてできない」
その言葉に、無慚は瞠目した。
街に活気が無い原因を無慚は知っている。それの被害が甚大であることも、理解している。これ以上被害を出さない、その心持ちで無慚はこの任務に務めている。しかしそこに、亡くなった女性たちの親類縁者への気遣いはなかった。
無慚は初めてこの街を見た時、静かだと思った。人はいるのに誰も居ない、そう感じさせるほどの静寂に満ちた街。その静けさの原因は羅刹だけだと考えていた。街の人々が羅刹を怖がっているから、表情を沈ませ、誰も話していないのだと考えていた。大切な人が死んだから、なんて少しも考えていなかった。
(けど、そうか。人間も同じなんだ)
無慚は大切な人がいなくなった時の悲しみを知っている。孤独が心臓を締め付ける感覚を知っている。
無慚は、人間はそれらを知らないと思っていた。痛みも何も知らないから、自分を遠ざけるために襲ってこれるのだと思っていた。
(今まで、僕を襲ってきた人たちも、知っていたんだ。知っていて、石を投げたんだ。斧も、薪も、いろんなもの、投げてきて、出ていけって言ってたんだ。……僕は何も感じないと思ったのかな。何も知らないと思ってたのかな)
腹の底から煮えたぎった血が溢れてきそうになるのを感じる。腑が煮え繰り返る、とはこのことかと随分と冷静な頭が言ってきた。
沸騰した血が身体全体に行き渡る。不思議と手や足に力が入る。何かを壊したくてたまらない。心が平静を保てない。何もかもが許せない。
(天界にいる神様はほとんどが元人間だ。ならこれを知っていたはずだ。知っていて、僕から奪ったのか。焔と颪を。奪って、僕をひとりにしたのか。どうしてそんなことができたんだろう。どうして、どうして……)
思考が暗闇に落ちていく。沼に嵌って動けない時のような、徐々に体が沈んでいく感覚が無慚を襲う。無慚は今自分がどんな顔をしているのか、何を考えているのか、輪郭も何もかもがわからなくなった。
怖いはずなのに、自分が自分でなくなる恐怖を、どこか受け入れている自分がいた。
けれども突然、パァンと音がした。
「ヴェ?!」
驚いた無慚は間抜けな声を出した。
暗闇が晴れ、色鮮やかな寂しい街が目に映った。
「あれ、僕、何を……」
呆然とした表情で周りを見渡すと、突如響いた音は随分と大きかったようで、街の人々が無慚たちを中心に集まってきていた。
「お、戻ったな」
音の発生源である篝は、何が起きたのかよくわかっていない無慚を安心した表情で見つめている。
「もどって、え? 僕、なんか、変になってた? 変な感覚は、してたんだけど……」
「ああ、変になってた。だから、驚かせたら戻るかなと思って、思いっきり手を叩いたんだ。良かった、戻ってくれて」
篝は無慚の手を取ると、集まってきた人々の間をかき分けながら歩いていく。
「今日は夢見が悪かったから、不安が残ってたんだな。悪い、気づいてやれなかった。それに、嫌なことを言ってしまった。ごめんな」
歩む足を止めずに謝ってくる篝を、状況が飲み込めていない無慚はぼんやりと見つめていた。
◇◇◇
東の大通りを後にした篝と無慚は、街の中心部である中大通りに来ていた。
中大通りは東の大通りとは違い、人の声で溢れていた。しかし人々の様子は東の大通りと大差なく、笑いながら話す人間はどこにもいなかった。
「ねぇ聞いた? 昨日出たらしいわよ」
「ほんと? いやだわぁ、さっさと祓われればいいのに」
「もう何十年とこの街に居続けるわよねぇ」
「女が少なくなって、男どもが腑抜けちまったよ」
「アタシたちは夜も眠れないってのに、こういう時にしっかりしてくれないとねぇ?」
井戸端会議をする女たちの顔は青白く、眠れていないのが明白だった。
「なぁ昨日襲われた子、無事家に帰ったんだって?」
「そうそう、良かったよなぁ。運良く逃げ出せたんだってよ。でもなぁ、その代わりあんな髪になっちまって」
「ありゃ惜しかったよな。綺麗な黒髪だったのに……」
街を歩けばそんな会話で溢れていた。
随分と任務に役立ちそうな会話がそこらから聞こえてくる。
一刻も早くあの人だかりから無慚を連れ出したかった篝は、たまたま行き着いた中大通りが任務的に良い場所であったため丁度いいと機嫌良さげに微笑んだ。
「ここなら十分な情報収集ができそうだ。どうする? 一緒に行動するか? それとも二手に別れる?」
「僕、街の人にどうやって話しかけて良いかわかんないから、篝と一緒にいる」
「わかった。じゃあこれから情報収集を始めるぞ。俺たちは祓屋の兄弟ってことにしよう。祓屋って言っておけばこの不思議な形状の服も違和感なくなる」
祓屋とは、羅刹から怨念を取り祓うことを生業としている者たちの総称で、インパクトのある服装をしていることが多い。
自分の服を指差した篝に、「不思議な形状だとは思ってたんだね」と無慚が言った。
「当たり前だろ。どこの国や地域にこんな折衷案でできましたみたいな服があるっていうんだ。着るの難しすぎて慣れるまで三年くらいかかったぞ」
「そんなに……? いやでも結構難しかったからなぁ、それくらいかかるか」
昨晩と今朝方、篝に服を着させてもらっている時のことを思い出しながら、無慚は呟いた。
詰襟を模したシャツの上に、丈の短い着物を着て、袴を穿く。昨晩はこれだけで済んだ。
しかし今朝はこれに、鉤爪を収納した籠手と袖なしの上着、取り外し可能な袖を上着に取り付け、袴はたっつけ袴の形状にしなければならなかった。
折衷というにはあまりにも着物の要素が強い。
細々とした作業が多く着終わるのに時間がかかるため、着物を着る習慣のない地域から昇ってきた者は篝以上に慣れるまで大変な思いをするのだ。
実際無慚は篝の説明を聞いても着ることができず、袴の形状を変えている途中ですっ転んだ。
「祓屋って、変な服装の人多いよね。僕、山とか森とかでたまに見かけたから知ってるよ」
「本当か! 何故それを着ようと思ったって言いたくなる服、あいつら着てるよな!」
「そうそう! 直径何メートルなのってぐらい長いツバの帽子被ってたり、スッケスケの布何枚も重ねた服着てたり、逆に何も着てなかったり!」
「変態的服装のやつが多いんだよな!」
嘘だと思うだろうが本当のことである。
祓屋は世界人口の一割にも満たない数しかおらず、怨念を取り祓う力――祓徐の力と呼ばれている――を正しく扱える、つまりは自分や他者を傷つけずに扱える本当の祓屋はさらに少ない。祓徐の力は正しくコントロールしなければ、凶器や毒になりうるものだからだ。常に祓徐の力をコントロールし、怨念を取り祓うことを仕事として一定の収入を得られている祓屋はずっと少ないのだ。そのため比較対象が少なく、実力や経験がモロに収入として反映されるため、とにかく印象を残さなければならないのだ。実力があっても印象が薄ければ知名度は低いまま、故に祓屋はインパクトのある、ある意味不思議な服を着ていることが多いのだ。
まぁ、全裸の祓屋はそうそういるわけではないが。
「っと、祓屋談義に花咲かせてる場合じゃなかったな」
「そうだ、任務しなきゃ」
あわや任務放棄になるかと思いきや、そこは真面目な二柱。しっかり軌道修正をした。
「とりあえず、店で聞き込みするか」
「うん!」
篝は無慚の手を引きながら、先ほど逃げ延びた女性がいることを話していた男たちがいる店へと歩き出した。
その店は団子屋だった。外に置かれた縁台に腰掛けている男たちは、未だに逃げ延びた女性の話をしている。
「すみません。少しよろしいですか?」
篝は人好きの笑みを浮かべて男たちに話しかけた。
無慚は篝の一挙手一投足を見つめている。一人で情報収集をしなければならなくなる時がくると分かっているからだ。その時、要らぬ諍いを起こさないように、自分よりも遥かに人と関わってきた篝の真似をしようと考えたのだ。
「なんだ?」
「アンタら、ここらじゃ見ない顔だな」
訝しげにこちらを見つめる男たちに、無慚は無意識に戦闘態勢をとりそうになる。篝が強く手を握ってくれたお陰で、男たちに気づかれることなく殺気を抑えることができたが、この癖ばかりは抜けそうにない。
しかし初っ端から計画を頓挫させてしまう可能性があった。無慚は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
(ごめんね、篝)
(問題ない。これまでの経験から、そうなってしまうのは仕方のないことだ。むしろそういった反応を即座にできるのは良い事だぞ。気に病むな)
あまりにも善性が強すぎる篝の回答に、無慚は涙が出そうになる。
「俺たちは祓屋です。あちこちを旅していて、この街には昨日着いたばかりなんです。街の人たちが随分と元気のない顔をしていたので、どうしたのかなと思いまして」
「そうか、アンタたちは祓屋なのか!」
「変な服装してる奴らがいるなと思ったら、そうだったのか!」
嘘を交えて篝が聞き込めば、男たちはこれ幸いといった顔で縁台に無慚と篝を座らせ、団子屋の店主に大声でみたらし団子を四本注文した。まだ解決するとも言っていないのにこの喜び様、随分と切羽詰まっていたようだ。
蓬初慕に着いて初めて見た人の笑顔に無慚は、人間とはこんな顔もするものなのか、と驚愕していた。
「この街はな、三十年ぐらい前まではすげぇ活気のある街だったんだよ。女もたくさんいてな。活気の九割は女たちの強さと明るさが占めてたんだ。だが、俺らが二十歳になるぐらいの頃だったな、この気味悪い事件が初めて起こったのは」
「ああ、八百屋の若女将が髪を抜き取られた状態で死んでてよぉ」
運ばれてきたみたらし団子を頬張りながら、篝は男たちの話す内容に耳を傾ける。無慚は未知の食べ物に警戒心を抱きながら、同じく耳を傾けていた。
男たち曰く、八百屋の若女将の事件から今日までずっと同じ事件が続いている、被害者は全員二十代から三十代の女性である、この三十年で五百人以上の女性が犠牲になった。前日に確認した資料と変わりない内容だ。
男の一人が大きくため息をついた。
「邪害神、早く出ていってくんねーかなぁ」
「…………………………………………え?」
団子を食べる無慚の手が止まった。
「本当にな! さっさとここから出ていってもらいたいもんだぜ!」
「存在してるだけで迷惑なのによ、こんなに長く滞在されちゃあ、たまったもんじゃねーよ」
困惑する無慚をおいて、男たちの悪態は止まらない。
曰く、彼は死者の魂を操る術を持っている。曰く、羅刹や妖、鬼は彼が生み出した。曰く、彼は世界の滅亡を企んでいる。曰く、曰く、曰く………………………………。
無慚にとっては全く身に覚えのないことだ。
「今回の事件も絶対こいつのせいだ! 許せねぇ!」
風評被害も甚だしい。
「ほんとだほんと! 人の命を何だと思ってやがる!」
命だと思ってる。
「アンタたちも、そう思うよな?!」
「え、ええと……」
鼻息を荒くして顔を近づける男たちに、無慚はどう答えたものかと悩んだ。
誤情報はできれば修正したい、そもそも誰がそんなことを言い出したのか知りたい、しかしここで下手に反論すれば怪しまれるのは目に見えている。もしくは頭の出来を疑われる。最悪、街を追い出されるかもしれない。
邪害神もとい禍津日神を擁護するような発言は、この世界にとってあまりにも考えられないことなのだ。
(どうしよう篝……)
(…………)
少し考え込んで、篝が答えた。
「お二人が邪害神と呼ぶ神は、神名を禍津日神と言います。この神は厄災や凶事を知らせる神でして、人に危害を加える神ではないんですよ。羅刹も鬼も妖も、人から生まれるだけで、彼が生み出しているわけではないんです。これは擁護ではなく、歴とした事実なんです。ですので、今回の事件に邪害神は関係ありません」
「…………………………何だって?」
篝の答えに顔を歪める男たち。望んだ答えではなかったのがどうにも気に食わないのか、先ほどまでの和やかな雰囲気が嘘のように消え去った。
「そんなこと、俺たちゃ知らねえな」
「ならば調べてみてください。中央図書館に行けばすぐに分かりますよ」
中央図書館とは、この世界の全てが本として集結しているところだ。
どこにあるのか誰もわからないが、望んだ時に現れるこの不思議な図書館は毎日多くの利用者で賑わっているらしい。
「………………」
「知らないまま罵倒すれば、それはただの暴力になります。誰だって痛いのは嫌でしょう。自分が加害者になることだって、誰しもが嫌がることです。知れば少しはそこから離れられる。だから、禍津日神について、よく調べてください」
「……ちっ、わかったよ」
沈黙。
不機嫌になった男たちと、それを意に返さないまっすぐな篝。なまじ篝の言っていることが正論なため、空気は戻らない。
無慚は焦った。
この空気は一体どうすれば改善するのか。
人と極力関わってこなかった無慚にはこの空気を変える言葉など思いつかない。
そもそも今は任務の途中。任務を遂行することが第一優先。
(なら今僕にできることは……!)
「あの! しゃっき、らしぇちゅにおしょわれたけどいにょちはたしゅかった人のはなちしてましたよね?! その人のこと教えてくだしゃい!」
(訳:あの! さっき、羅刹に襲われたけど命は助かった人の話してましたよね?! その人のこと教えてください!)
「なんて?」
情報収集の続きである。
しかし噛みまくる。
悲しいかな、ここにいる誰も無慚の言葉を理解できなかった。
「ごめん僕今なんて言ったの?」
本神でさえも理解できていなかった。
「なんで本人も理解してないんだよ! アンタが言ったんだろ?! アンタだけは理解しててやれよ! 可哀想だろ! いや言葉が可哀想ってよくわかんねーけどさ!」
全くもってその通りだ。
「ごめんなさい………」
失敗した。下手に手を出すべきではなかったと、無慚は後悔した。
しかし、落ち込む無慚とは反対に険悪だった雰囲気は和らいでいた。
「まぁったくよー! でも面白い奴だな!」
「そっちの、お兄さんかい? さっきは悪かったな。アンタの言った通り、ちゃんと調べてみるよ」
「ええ、そうしてみてください。私もすみませんでした」
男たちは朗らかに笑っている。篝との仲も直ったようだ。直るほどの何かがあったわけでもないが。
無慚は何故雰囲気が和らいだかわからない。けれどもそれを追求することはしなかった。ここでもし下手を打てば、情報が入らなくなると考えたからだ。
ただしこれは建前で、本音は噛みまくったのが恥ずかしくてもう何も話したくないのだ。
旅の恥はかき捨てとはよく言うが、そんな諺知らない無慚。おそらく一生引き摺るだろう。
「それで、先ほど件の羅刹から逃げ延びた方の話をされてましたよね。詳しく聞いてもよろしいですか?」
篝が話の軌道修正に乗り出た。
無慚は思う。どうして先ほどの自分は篝の様にうまく話せなかったのだろうかと。
単純に他者との会話に不慣れであるからなのだが、そんなことわからない無慚は篝に羨望の眼差しを向けていた。
そんな無慚を置いて話は進んでいく。
「もちろんだ! 昨日のことだからな、街のみんな知ってるぜ!」
「襲われたのが、この街で一番大きな呉服屋の娘さんだからってのもあるけどな」
男たち曰く、その娘は呉服屋を営む社長夫婦の一人娘であり次期社長候補。黒曜石の如く美しい長髪の持ち主で、顔立ちも整っているため呉服屋の看板娘として有名であり街の人気者。現在は実績を積む為に積極的に商談を行なっており、昨日も昼から商談に出かけていたようだ。
娘が羅刹に襲われたのは、商談が終わり帰路に立った時だった。
「娘さんは髪を掴まれたらしくてな、護身用に持ってた小刀で髪を切り落としてそのまま逃げてきたらしい」
「確か、髪をよこせって言われたんだっけか?」
「さぁ? そこまでは知らねぇ」
男たちの会話はそこで終わった。昨晩の件はこれ以上知らないようだ。
篝は食べ終えたみたらし団子の串を皿に置き、頷きながら男たちに尋ねた。
「なるほど、逃げ延びたのは彼女だけですか? それと、彼女以前に誰か逃げることができた方はいらっしゃいますか?」
識から渡された資料には、生存者の記述はなかった。しかしそれには無慚と篝が街に着くまでの期間での情報は更新されておらず、呉服屋の娘のような事例があったとしても記されていないのだ。
もし当事者がいるのならば、話を聞かない手はない。事例が多い方が、逃げることのできた被害者の共通点を見つけるのは簡単だ。
しかし、世の中上手くいかないことが常である。
「いや、呉服屋の娘さんだけだよ」
「残念なことにな」
「……そう、でしたか」
呉服屋の娘は、本当に幸運だったのだろう。
美しい髪と引き換えに、自らの命を救うことができたのだから。
篝は礼を言い、呉服屋の場所を聞くと無慚を連れて歩き出した。
◇◇◇
『よこせ』
やめて。
『よこせ』
やめてよ。
『よこせ』
髪を引っ張らないで。
『よこせ』
痛い、痛いの。すごく痛い。
『よこせ』
誰か助けて。
『髪をよこせ!』
「姉さん助けて!」
誤字脱字等ございましたら、教えてください。




