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花浜匙  作者: 遠華鏡
蓬初慕編
8/9

第7話「任務開始前夜」

大変遅くなりました。

前話と同じく書き直しました。

「別の問題が発生するが?」

「ええ! いい案だと思ったのに!」

「どこがだ!」

 本当にどこがいい案なのだろうか。そもそも話をちゃんと聞いていたのだろうか。そんな疑問が頭を飛び交うほどに、無慚の発言は突拍子もないことであった。

 流しかけた涙が引っ込んだ。

「どうしてそういうことになったんだ?」

 無慚の素っ頓狂な言葉で落ち着きを取り戻した篝は、納得できないといった顔の無慚に問いかけた。

「篝がそんな暗い顔をしてるのはその神官が原因なんでしょ? 嫌な事されたみたいだし、僕の服を燃やそうって提案したのもその神官みたいだし、じゃあ殴れば解決だなって」

「理由聞いても意味わからん……」

 俗世から離れて生きていた無慚だけが分かるのであろう思考回路は、篝にとってはやはり意味不明なものだった。

「えー」

「えーじゃない」

 本当にわからない? とでも言いたげな表情で首を傾げ篝を見つめる無慚の目は、なんの陰りもなく、むしろ太陽の光を反射する真夏の海のようにキラキラと輝いていた。

 つまり無慚は本気で、殴れば解決すると思っている。

 無慚がこれまで生きてきた環境を考えれば、力こそ至上のような考えになっても致し方ないがそれでも突拍子がなさすぎる。

 とにかくまずはその思考を理解しなければ、篝は無慚の言葉を思い出しながら頭を回転させた。

「あー、無慚は、つまりその、なんだ? 俺が暗い顔をしていたってことと自分の服を燃やされたことに怒っているのか? それで殴ると、そう言いたいのか?」

「うーん、ほぼ正解で一部不正解だね」

 無慚の回答に今度は篝が首を傾げた。

「一部不正解って、何が間違ってるんだ?」

 篝は自分の言葉を振り返るが、特に間違ったことを言っているつもりはなかった。

「えっとね、僕は自分がどうなろうが正直どうでもいいんだよ。服を燃やされようが、何をされようがね。さっきも言った通り、僕が怒っているのは篝にあんな暗い顔をさせた人にたいしてなんだ」

 篝は無慚の思考をようやく理解できた。

 無慚は篝に暗い顔をさせた人物、つまりはデェアに怒っているだけなのだと。

 それは、自分のことなどどうでも良く大事なのはきみだと言われているようなものだった。

 面と向かってそんなことを言われた篝の顔がじわじわと赤くなっていく。無慚としては当たり前に言えるそれが、篝にとっては嬉しさもありつつ恥ずかしさもあるものであることを無慚は知らないのだろう。

 まっすぐな好意というのは、長い時を生きる神にとっても、そして人間にとっても最も身近で最も伝わりづらいものだ。

 篝は冷め切っていた自分の心が温かくなるのを感じていた。

 デェアに会ってしまった後は、いつも心が冬のように冷たくなっていた。何も考えたくなくなって、自分の部屋に引きこもっていた。焔はそんな篝をいつも心配していたが、篝にとってはその心配さえも心苦しいものだった。癇癪を起こす子供のように、突き放してしまったこともあった。そうしてしまったことも悲しくて、感情が一つに定まらなくなり、誰かそばにいて欲しいのに誰にもいてほしくない状態になって結局部屋に引き篭もるのだ。

 いつも申し訳なくなって、弱い自分が情けなくて、何度も何度もひとりで泣いてようやく普段通りに戻るのだ。その間、焔は何も言わずただ篝を待ってくれている。

(きっと焔様も、無慚と同じ気持ちだったんだろうな)

 天界に帰ったら、今までの非礼を再度謝って感謝を述べよう。篝はそう心に決めた。

「無慚、ありが――」

「だからね」

「うん?」

 自分のために怒ってくれたこと、大切なことに気づかせてくれた無慚に礼を言おうとした時、言葉が遮られた。

 遮った張本人である無慚は、「その人に会ったこと、僕の服が燃やされたことで篝がそんな顔になったのなら、」と前置きをしてから言った。

「そういうことする人には、全身の骨が砕けるまで殴って反省させてもう二度と近づきませんって言質取らないと、気が済まないんだよ」

「やっぱそこだけ理解できん!」

「えー! そんなぁ!」

「なんでそんな暴力的になっちゃうんだよ! デンジャラスがすぎるわ!」

 無慚の思考を理解するには、まだまだ時間がかかりそうだと思った篝だった。



      ◇◇◇



 デェアを殴りに行こうとする無慚をなんとか引き留め、煤だらけの手を洗った篝と無慚は情報の整理と明日の予定を立てていた。

 篝の炎が部屋を明るく照らした。

 篝が識から渡された巻物を開いた。

「それじゃあ整理するぞ。まずこの北東の街、蓬初慕は30年間羅刹の被害に遭ってる。被害者数は500人以上。被害に遭った人は全員20代から30代の女性で、髪を抜かれて死んでいる。それ以外に目立った傷はない。このことから今回の羅刹は100年以上生きた羅刹である可能性が大きい。資料に書いてある情報はこれぐらいだな」

「100年以上生きた羅刹はなまじ知恵があって頭の回転も早いから狡猾で戦いづらい、気をつけてくださいって、識様が言ってたよね。その羅刹に初任務で当たるなんて、不運だ……」

 任務に行く前に言われた言葉を思い出した無慚は、絶望を体で表現するかのように畳に突っ伏した。篝も頷いている。

「生まれたばかりの羅刹ならな、興奮状態の熊と同じだから戦いやすいし行動も読み解くのは簡単なんだけどなあ、まぁこればかりはしょうがない」

 巻物を見ながら篝がそう溢すと、沈んでいた無慚も渋々顔を上げた。

「それにしても、不思議だね。髪を抜くなんて。髪に何か執着のある人の怨念でも入ったのかな」

 読めなかった部分を指でなぞりながら、無慚が呟いた。篝はまた頷いた。

「まぁ、そう考えるのが妥当だろうな。羅刹の行動原理は基本、人の魂を食べることだ。生まれたばかりの頃は人の魂だけを食べることがができず、人間を直接喰らっている。だが、100年以上生きる羅刹は魂だけを抜き取って喰らうことができる。その頃には十分知恵をつけることもできているから、一番強く入り込んでいる怨念に従って、食事も兼ねて人間を襲うことが多くなる。今回のもそうだろう」

 初任務だと言うのに面倒な予感がしてならない篝と無慚は、深いため息をついた。

 無慚はブリッジをして頭を回し始める。篝も腕組んで考え始めた。

 20代から30代という比較的若い世代が襲われていること、髪を抜くという謎の行為、情報があまりにも少ない。髪を抜くことに執着をしているのは確かなようだ、そこを突けば何かわかるか、否髪を抜くこと()()に執着しているのなら男も抜かれていないとおかしい、ならば羅刹は若い女性の髪に執着しているということか。しかしいったいなぜそれに執着するのか。怨念となるほどだ、よっぽどの事があったのだろうがその『よっぽど』がわからない。

 いくら頭を捻っても答えが出ない。

「うむむむむむ、わかんない」

「女性の髪に並々ならぬ執念があるのは確かだ、だがなぜ女性だけなんだ? 世代が限定されてるのも謎だ」

 首を傾げながら再度思考するが、結局何もわからなかった。

「……さっきの通信で識様は何も言ってなかったから、こっちで情報を集めなきゃいけないよね」

「……そうだな、じゃあ明日は件の羅刹についての情報収集をしよう」

「よし! 頑張ろう!」

「おう!」

 そうして明日の予定が決まった。

 予定が決まり、さあ明日に向けて寝ようとウキウキとした表情で無慚が押し入れに向かおうとすると、篝が肩を掴み言った。

「無慚、脱げ」

「唐突なセクハラ!」

「違う」

 無慚が突然の脱衣命令に驚いていると、篝は懐から小さな蓋つきの壺を取り出した。蓋も壺も漆塗りされているそれに、無慚は見覚えがあった。

「あ、薬壺(やっこ)!」

「そうだ。傷だらけなんだから、塗らなきゃだろ。そら、ちゃっちゃと脱げ。着替えは手伝ってやるから」

 傷薬を塗るから服を脱げという意味であることを、無慚はようやく理解した。初めからそう言ってくれればいいのにと思いながらも、そういえば篝はたまに言葉を省略するのだったと思い出し、素直に服を脱いだ。

「お願いしまーす」

「はい失礼します」

 傷に薬が塗られていく。

 実は無慚、傷薬を塗ってもらう時間が好きだったりする。

 静かで、暖かで、篝が自分の味方であることを再度認識できる時間。優しさに満ち溢れた時間。だから好きだ。まるで『あの頃』に戻ったような気持ちになれる。

 神も人も知らなかった、自分の存在すらわからなかった、ただただ幸せで()()で笑い合えたあの日々に戻れたような気持ちになる。

「ほら、終わったぞ」

 好きな時間はすぐに過ぎてしまう。そこが無慚は気に入らないが、すぐに過ぎてしまうからこそ大切にしたいと思えるところでもあるのだ。

「ありがとう、篝」

「どういたしまして」

 篝に手伝ってもらいながら、服を着ていく。途中、服の裾を折り曲げて不恰好にならないように調整をした。

「おお! 裾を折れば転ばないで済むんだ!」

「悪いな、足が長くて」

「うわ全然思ってなさそー」

 ちょっとふざけ合いながら、今度こそ布団を敷く。

 真っ白でふかふかの布団は、文神殿の自室を思い出させた。ひと月の間、身体の休まらない森の中で過ごしていた無慚と篝はすぐに布団に吸い込まれた。

「はへぇぇぇぇぇ、久しぶりの布団だぁ」

「あー、布団に触れただけで眠い」

 瞼を閉じれば、すぐに寝てしまいそうだ。それほどまでに二柱の疲労は限界値に近く、すでに篝は眠りに片足を突っ込んでいる。その証拠に、篝の出した炎は消えている。

 突然、無慚が慌て出した。

「はっ! いけないいけない! 篝、僕きみに言いたい事があるんだよ! 一言だけだから! 起きてー!」

「んあ?」

 篝の体を揺らし、起こそうとする無慚。微睡に入りかけていた篝は、呂律の回っていない返事をした。

「なんだ? トイレいきたいのか? ついてってやろうか? ろうかはくらいから、ころばないようにてをつなごうな。だいじょうぶだぞ、こわくないからな。おばけがでてもとっちめてやる」

「たとえトイレに行きたかったとしてもきみのことは起こさないよ! 静かに行くよ! お化けなんて怖くないし! そうじゃなくて、僕はお礼が言いたいんだよ!」

「おれい?」

 寝ぼけている篝は、起こそうとしてくる無慚の言うお礼の意味がよくわからなかった。何かお礼を言われるようなことをしてあげたことなどないからだ。

「なんの?」

「今までのだよ」

「いままで?」

 理由を聞いてもよくわからない。出会ってひと月、感謝されるようなことは何もしていない。そう篝は認識している。

 無慚は篝の布団の横で正座をすると、頭を下げながら言った。

「僕が引き寄せる不幸に巻き込まれて、大変な目にあったでしょ? なのにきみは僕を見捨てず、そばにいて助けてくれた。きみがいたことで、どれだけ助かったか。それだけじゃない、怪我をすれば薬を塗ってくれたし、文字も教えてくれた、服のことだってそうだよ。僕のために、嫌な事があったのにさ、灰をかき分けてでも探してくれた。ありがとうございます。僕は君に出会えて幸運だ。焔や颪に出会えたことと同じくらい、きみに出会えてよかったと思っているよ」

「………………」

 篝は無慚の言葉に目を見開いた。入りかけていた眠りなどとうに吹き飛んで、ただじっと、頭を下げている無慚を見つめていた。

 篝にとって無慚の言っていることは当たり前のことだった。

 不幸に巻き込まれるから遠ざけるなんて篝は考えたことがなかった。本人が意識して操れるものではないのに、それにどうして文句が言えるのだろうか。

 薬を塗るのだってそうだ。怪我をしている者がいれば治療するのが当たり前だ。無慚は他の神とは違い再生能力を持っていない。ほんの少しのかすり傷だって油断してはならないのだ。

 文字を知らないなら誰かが教えなければならない。特殊な事情の無慚はゆっくり読み書きの練習をしている暇がない。本当なら充分な読み書きができるまで練習させて、それから任務を任せようと思っていたと識が言っていた。しかし、主になることは認めていないくせに神としての義務は果たせと言ってくる天主がわざわざ識に勅命を出してまで任務に行かせたのだ。ならば実践で覚えるしかない。誰かがそばで教えるしかないのだ。その誰かがあまりにも少ないから、せめて少しでも読めるようにと教えたのだ。

 篝にとってそれらは当たり前の行動だった。

 服を探したのだって、そうなのだ。

 けれど、遠ざけられ奪われる事が当たり前だった無慚には心の底から感謝すべきことだらけだった。

 何も知らず、不幸を引き寄せるだけの自分に手を伸ばしてくれる存在など、焔と颪以外今までいなかった。天界に昇るまでは。

 無慚は篝と識に出会えた。

 彼らは無慚に居場所と知識を与えてくれた。奪われるだけの無慚に、かつての焔と颪がしてくれたことをもう一度与えてくれたのだ。与えてくれたことが有り難かった。だから無慚は感謝を述べたかった。

 無慚の言葉に呆けていた篝が、徐に話し出した。

「俺、そんな感謝されるようなこと、してない。服なんて、燃やされてたし。俺がしっかりしなきゃいけなかった時に、しっかりできなかった……」

「それは僕も同じだよ。お互い様さ。それに、服のことは気にしてないよ。篝の方が大事だし。あ、なんなら今から主犯の神さま殴ってこようか?」

「それはやめろ」

 凄惨を実現しようとする無慚を止める篝。それはつい先ほどもやっていたことだった。

「…………ははっ」

 突然篝が笑い出した。その笑顔は、つきものが取れたような爽やかな笑顔だった。

「…………んふふ」

 つられて無慚も笑い出す。

 何かが面白かったと言うわけではない。ただ、笑いたい気分だったのだ。

「ありがとな、無慚」

「僕のほうこそ、ありがとう、篝」

 そう言って笑い合う二柱は、いつの間にか眠りの底に沈んでいた。



      ◇◇◇



「あれ、ここどこだ」

 無慚は暗闇で目を覚ました。辺りを見渡せど、何もない。そばにいるはずの篝もいない。

 体の感覚がはっきりしない。ぼんやりとしていて、若干の気持ち悪さがある。まるで真夏の日差しを浴び続けているような気分だ。暑さは感じないが。あの、命が大地に吸われる感覚は何百年経っても慣れたことがない。あれは危険なものだ。最終的には、自分が今息をしているかどうかも忘れてしまう。それで何度も無慚は窒息しかけた。

「なんだか気味悪いなぁここ。はやく出ようっと」

 出る、という表現であっているのかどうかわからない。だが、無慚が先程までいた部屋とは内装が違うことは確かなため、出ると言ってもいいのかもしれない。

 足を動かしているというのに、歩いている感覚も足が動いている感覚もない。それが殊更恐ろしくて、無慚は恐怖で泣いた。

「わぁん! これちゃんと出れるのかな?! 僕またちゃんと篝たちに会えるのかな?! さみしいよぉ! こわいよぉ!」

 べそべそと泣きながらがむしゃらに走っていると、後ろからペタペタと音がした。

 もしかしたら篝かもしれない。

 そんな淡い期待を持って、後ろを振り返った。

 しかしそこに篝の姿はなく、代わりにあったのは巨大な無数の手だった。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 驚いた無慚は走り出した。巨大な手は無慚を追いかけてくる。

「何アレ気持ち悪いよぉ! 誰?! 誰の手なの?! なんで右手ばっかりなの?! やめてよ! 暗闇でおっきな手に追いかけられるなんてこと経験しちゃったら、夜のトイレひとりで行けなくなっちゃうじゃん! 篝起こす羽目になっちゃうじゃん! ていうかさ、さっきからずっと走り続けてるのに全然進んでる気がしないんだけど! おっきな手は確実に近づいてるのに僕は進んでないんですけど! 何なの?! 何がどうなってんのこれぇぇぇぇぇぇ!」

 全力で走る無慚を追いかける巨大な手は、もう少しで無慚を捕まえてしまえるほどの至近距離にまでその手を伸ばしていた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 巨大な手が無慚を覆い尽くすその瞬間、無慚の視界が暗転した。



      ◇◇◇



「うわぁ!」

 叫び声をあげて飛び起きた無慚の目には、朝日に照らされた部屋が映っている。

 無慚の心臓は破裂してしまいそうなほど早く脈打っている。冷や汗が全身から噴き出ており、頭はここが現実であるかどうかも理解できていない。

 無慚は手元を恐る恐る見た。手は布団を握りしめている。だというのに握っている感覚がない。体の感覚もはっきりしていない。

「え……そんな……僕あそこから出れてない……?」

 瞳に映る部屋は篝と泊まった部屋であるというのに、暗闇にいる時と同じ感覚がそれを幻だと言ってきている。

 無慚は不安に駆られた。

「えっと、どうやって出れば……手のヤツ、また襲ってくるのかな……逃げて、どこに、どこか、いやでも、ああどうしよう!」

 まとまらない思考がさらに不安を駆り立てた。

 震えながらうずくまって、何とかおかしな空間から出られるように頭を回転させる。しかしいくら考えてもいい案は浮かんでこない。

 うんうん唸っていると、徐々に自分の命が大地に吸われていく感覚が無慚を襲った。

 時間がないことは明白だった。

 無慚はさらに震えた。頭に浮かぶのは焔達のことばかり。それが余計に不安を募らせた。

(みんなに会いたい……一体どうすればまた会えるのかな……僕まだ識様に感謝も言えてないよ)

 頬に涙が伝うが、その感覚さえないため無慚は自分が泣いていることさえもわからなかった。

 そして、周りの状況もわからなかった。

 無慚にとってこの部屋は、もはや暗闇と同じ存在だった。

 突然、無慚の背中に温かいものが触れた感覚がした。

「うわぁ!」

 驚いた無慚が飛び引けば、心配そうな顔をした篝がいた。

「あ! かがり! かがりがいる! やったぁ! ようやく会えた!」

 篝がいることに安心した無慚は、子供のようにはしゃいだ。

「わぁい! ひとりじゃない! ひとりじゃないよぉ! うれしいなぁ! うれしいなぁ!」

「無慚、ちょっと落ち着け、大丈夫だから」

 興奮する無慚を落ち着けようと、篝は無慚を抱きしめた。

 無慚は興奮するままに話し続けた。

「あのねあのね! ここね、部屋だけどね、部屋じゃないんだよ!」

「ここは部屋だ」

「ほんとは暗闇でね!」

「怖い夢見たんだな」

「大きな手がね、追いかけてくるんだよ!」

「怖かったな」

「だから早く出ないと!」

「もう大丈夫だ」

 目に見えて不安定な無慚の背を、篝は優しくさすりながら聞いた。

 その手つきが随分と優しくて、そこでようやく無慚は暗闇では感じられなかった感覚があることに気づいた。

 おずおずと篝の背に腕をまわせば、触覚が正常に働いていることがわかる。意識して息を吸えば、ここひと月で随分と嗅ぎ慣れた篝の匂いがした。命が大地に吸われる感覚はなく、自分が大地の上で生きていることがわかった。

 感覚は此処が現実であると言っていた。

 そう認識すると、無慚は全身の力が抜けるほどに安堵した。全身の力が抜けた拍子に篝の膝に頭を打ちつけてしまったが、その痛みさえ無慚にとっては喜びだった。

 ダバダバと流れる涙が篝の服を濡らすが、篝は何も言わなかった。ただ優しく背中をさすり続けている。

 無慚は泣き叫びながら篝に話しかけた。

「かがり!!!!!!」

「どうした」

「ぼくがよるトイレいくときついてきてください!」

「分かった」

 無慚が泣き止んだのはそれから一時間後のことだった。

誤字脱字などありましたら教えてください。

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