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花浜匙  作者: 遠華鏡
蓬初慕編
7/8

第6話「初任務③」

「あ、神器忘れた」

「そんなことってある⁇⁇⁇」

 一難去ってはまた一難とはこの事である。

 篝が脱衣所に神器を忘れたと言うので、無慚は一足先に自分達の部屋に戻って来た。

「オカエリ!」

「うん、ただいま」

 部屋では2羽の八咫烏が待っていた。

 片方は無慚ので、もう片方は篝のである。

 篝の八咫烏は、無慚達が風呂に入ってた時に帰って来たと、無慚の八咫烏が伝えた。

(なんで僕の八咫烏だけこんなにしゃべるんだろう? いやまだ僕のだけがしゃべるとわかったんじゃない。篝の八咫烏が無口って事もある。まあ今はそんなこと考えてる暇ないか)

「そうだったんだ。夜遅くまでありがとうございます。篝は脱衣所に忘れ物したらしいから、もうちょっとしたら帰ってくるよ」

 無慚が篝の八咫烏にそう伝えると、了解、とでも言うように、カァー、と鳴いた。

 八咫烏から目を離し、無慚は今回の任務について書かれている書物を畳の上に広げた。一行一行丁寧に読んでいく。そして、一通り読み終わった後、少し微笑み言った。

「文字が読めん」

(マジカコイツ!)

 無慚の八咫烏は開いた口が戻らなかった。

 実は無慚、字が読めないのである。

 理由は単純明快。

 彼に文字を教えてくれる人、或いは教えられる人がいなかったからである。

 無慚が焔と颪に出会って間もない頃、3人とも幼く、年長者であった焔でさえまだ9歳であった。その様な子供がろくに文字を教えることはできない。また、彼らが育ったのは森や山といった字とはほとんど無縁の場所であり、住んでいた場所も深部だった為に、人も寄り付かなかった。

 意図的に寄り付こうとする者は、大半が無慚の命を狙う刺客だけだった。

 ちなみに、無慚の服は森や山の比較的人が訪れやすい場所に落ちていた硬貨を3人で少しずつ集め、街によった時に買ったものだ。

 閑話休題

 畳の上で蹲り、眉間に皺を寄せながら考え込む無慚。変な姿勢で物事を考えるのは幼い時からの癖だ。

「うーむ。どうしよう。ただでさえ迷惑をかけてるのに文字も読めないって知られたらさらに迷惑をかけてしまう。どうしようかな…何か……策……………うんよし決めた! 篝には文字が読めないこと内緒にしておこう!」

「神様が嘘をつくのはだめなんですよ?」

「チクショウ! バレた!」

 1秒もしないうちにバレた。早すぎる。

 無慚が後ろを振り向くと、どこか不機嫌そうな顔をした篝が襖のそばに立っていた。

「どうしたんだい? そんな、歯と歯の間に食べ物が挟まって必死に舌で取ろうとするけど全然取れなくて悔しがってる焔みたいな顔して」

「具体的すぎる。てゆうか焔様の顔と同じ顔してるんですか⁈」

「うん。すっごい似てる。その顔もそうだけど普通の時の顔もすごくそっくり。親子かなって思うくらい」

「お父さんお母さんこの顔に産んでくれてありがとうございます! でも俺なんかが一緒の顔してるなんて烏滸がましすぎる………」

「秒で意見変えるじゃん………大丈夫だよ。焔はそんなの気にする子じゃないから。むしろ踊り狂うぐらいに喜ぶよ。だから篝も気にしないでいいんだよ」

 無慚がそう言うと、篝はどこか納得したように頷いた。

「ああ、だから俺が焔様の配下になったときあんなに部屋がぐちゃぐちゃになるまで踊っていたんですね。何の儀式してんだろうって思ってました」

「言って後悔した! ホントにやってたとは思わないのよ!」

「でもそういうことなら、気にしません♪」

「笑顔が太陽光だぁ……」

 篝は美しいかんばせを太陽光の如く眩い笑顔にし喜んだ。罪悪感に見舞われた真っ青な顔など何処にもない。

(相当慕われてるなぁ焔。いや、これはもうほとんど信仰に近いか?)

 大大大大正解。

 篝は焔のことが大好きである。しかし、『大好き』と言う言葉で括れるほど温かな感情ではなく、それはほぼ信仰に近いものである。何故そうなったかは後々語るとして、篝にとって焔は唯一神と言っても過言ではなく、篝は自らの命は焔の為にある、と堂々と言える程に敬愛しているのだ。敬愛しているからこそ、たとえどんなに微妙な評価を受けている表情だとしても、『似ている』もしくは『同じ』と言われて嬉しくないわけがないのだ。

 しかしそれとは裏腹に、敬愛しているからこそ、自分の様ないち配下が神と同じ表情をしているのが烏滸がましいと思ってしまうのだ。

 まぁ、そんな感情も無慚の言葉で消し去ってしまったが。

 無慚は篝の笑顔も見つめて問うた。

「ねぇ、篝。」

「はい?」

「何かあったでしょ」

「何もありませんでしたよ?」

「嘘だ」

「本当ですよ。本当に何もなかったですよ」

 『何もない』そう言い続ける篝の顔は、嫌な事があったのにそれを少しも悟らせないよう必死に笑う、昔の焔にそっくりだった。

「……神様は、嘘を吐いちゃいけないって、篝が教えてくれたんだよ? 教えてくれた人が嘘をつくの? 僕そんなのとっても悲しいよ。ねぇ、篝。お願いだよ。何があったの?」

 音を立てない様に、ゆっくりと篝に近づく無慚。

「………………怒んないですか?」

 不安そうに手を震わせ無慚を見る篝に、優しく無慚は笑いかけた。

「怒んないよ。」

 無慚の細く冷たい手が、篝の無骨で暖かい手を包み込んだ。




〜数分前〜




「良かった。ちゃんとあった」

 赤色のチェーンを握って、篝は安堵の息をこぼした。チェーンを腰につけ、今度こそ忘れ物はないかチェックし終わると、篝は脱衣所を出た。

(しかし、無慚様の服は何処へ行ってしまったんだ? 脱衣所をを隅々まで見たが何処にもなかった。あれしか服を持ってないって言ってたし、早く見つけてあげたいが、通信所は広いし、すぐに見つかるかどうか……………)

 悶々と考える篝に、声がかけられた。

「あら、そこにいらっしゃるのは焔第一神官が寵愛する、篝殿ではありませんか?」

 少女の様に甲高く、そして何処か聞き馴染みのある声だった。

 篝に声をかけたのは、赤いサリーに身を包んだ女性神官だった。

 彼女の名前はデェア・フェアファル。繁栄を司る神であり、階級は第一神官である。女性らしい細くしなやかな体に、100人中100人が美人だと称する、美しいかんばせ。きめ細かい褐色肌には傷ひとつなく、黒く艶やかな長髪に癖はない。

 篝は後ろから声をかけてきたデェアの方に向き直り応えた。

「焔様は私のことを寵愛などしておりません。それで、何の御用でしょうか。デェア・フェアファル第一神官」

 篝の瞳は、瞳の色とは反対にとても冷たいものだった。

「うふふ、そんな怖い顔をしなでくださいまし。言葉の綾と言うものですわ」

 口元を手で隠し、上品に笑うデェアはさながら聖母の様にも見える、が、篝はそんなの知らんとばかりに再度質問した。

「そうですか。それで、何の御用でしょうか」

「まぁまぁ、そんなに急かさないでくださいまし。私は貴方とお話がしたいだけですのよ」

「お誘い大変嬉しくありますが、私は今急いでいますのでまたの機会に」

 そう言ってさっさと部屋へ戻ろうとする篝に、デェアは近付きながらまた声をかけた。

「今日は、通信所にいる『誰かさん』のお陰で、皆んな部屋で息を潜めてる。いつもは煩いくらいの場所なのに、足音ひとつ聞こえない。私、静かなの苦手ですの。何か出るんじゃないかって思って、とても怖いの。胸が騒めくの。ねぇ、この騒めきを、貴方に消してもらいたいのだけど。お願いしても、良いかしら?」

 篝の大きな手にデェアの小さな細い手が触れた。さらに、篝の腕に惜しみなく擦り付けられる豊満な胸。普通の男であったら即座に了承するだろうが、篝は違かった。

「先程も申し上げました通り、私は今急いでいます。『その様な』相手を探しているのでしたら、他をお当たりください」

 篝は別にデェアに何の興味もなかった。豊満な胸も、美しい顔と身体もきめ細やかな肌も、何の興味もないものだった。むしろ煩わしいとさえ思っていた。故に、デェアの、他の男から見れば魅力的なお誘いも、篝にはただベタベタ触られて不快だとしか思えなかった。

「あら、残念。でも貴方も怖くはなくて?」

「何がでしょう」

「あの邪害神のことよ」

 その言葉に篝は顔をしかめる。瞳はさらに冷たくなっていた。

「私はあの神を怖いと思ったことは一度としてありません。今までも、これからも」

 篝は怒りを抑える様に手を握りしめた。

「そんな無理をしなくても大丈夫よ? 手が震えているわ。可哀想に」

 篝の手の震えはデェアに対する怒りによるものだったが、デェアは気にする様子もなく話し続けた。

「貴方、焔第一神官と颪第一神官と同じく洗脳されているのね。しかもそれに気づいていない。本当にかわいそう。ねぇ貴方だけでも私は助けてあげたいの。私の気持ち、わかってちょうだいな」

(絶対に解りたくない‼︎)

 篝の思考回路は完全に拒否の方向に向いていた。

「お言葉ですがデェア・フェアファル第一神官。私も焔様も颪様も洗脳など受けてはおりません。貴方の、いや、貴方達の勘違いです。あの神は、無慚様は、そんなことしません。言いがかりはよしてください」

 青筋を立て睨みながら話す篝。そんな篝を見て、デェアはにちゃりと微笑んだ。

「…………そう、貴方がそっちを選ぶなら、私はもう何も言いませんわ」

 デェアは篝から離れた。

(ようやく部屋に戻れる)

 そう思い部屋へ帰ろうとした篝に、デェアは薄気味悪い笑顔をしながら言った。

「そう言えば今日ね、お風呂から上がった男神達が、大きな真っ黒いゴミを脱衣所で見つけたって言っていてね、余りにも汚いから燃やしたの」

「……………………………………は?」

 篝には、デェアが何を言っているのかわからなかった。否、解りたくなかった。

 デェアは困惑する篝を無視して話し続けた。

「黒い布で出来ていてね、不吉だわ! って思ったの。だってあの邪害神の着ている服と同じ色だったから。こんなものがあっちゃみんな消えちゃうかもしれないって思って、中庭にみんな集まって燃やしたの。布だからよく燃えたわ」

「……………………」

 篝は何も言えなかった。怒りで言葉が出なかった。

 デェアは篝の顔を見て、クスリと笑った。

「お顔が真っ赤よ。上せちゃったのかしら。涼しくしてお休みなさい」

 そう言ってデェアは部屋へ帰っていった。

 静かな廊下に、篝だけが残された。




〜篝と無慚の部屋〜




「……と言うことがありまして、あの女神の言葉が本当か調べたくて中庭まで行ったら、本当に燃えた服があって、だから、その、無慚様の服は……」

「篝、ありがとうございます」

「え?」

 無慚に感謝された篝は驚いた。自分は何も感謝される様なことはしていない、そう思っているからだ。

 無慚は、今にも涙を溢しそうな篝の赤い瞳を真っ直ぐ見つめた。

「僕のために怒ってくれてありがとうございます。僕の傷を心配してくれたり、それだけじゃなくて、服のことも気にかけてくれて、本当にありがとうございます。君は本当に良い子だね。優しくて、とても暖かい。君みたいな人に出会えて、とっても嬉しい!」

 無慚は笑っていた。本当に、嬉しそうに笑っていた。

「っ! でも、服は、もう」

「ああ、あれ、焔と颪が僕の誕生日になけなしのお金を叩いて買ってくれたものだったから、大切に着てたけど、もうなくなっちゃったから、残念だけど、諦めるしかないね」

 残念そうに眉を下げる無慚に篝は言った。

「っあのっその、階級や種類が違うとは言え、他の神が、勝手に、無慚様の服を燃やしてしまい、申し訳ありません!」

 篝が頭を下げると、無慚は目を大きく開いた。そして、慌てて篝の顔を上げさせた。

「そんな事、君が言わなくて良いんだよ? 大丈夫! そりゃ確かに燃やされたのは悲しいけど、今回の任務を無事終わらせて、お給金貰ったら買うさだから、もうそんなに泣かないで、目が溶けちゃうよ?」

「ゔぅぅぅぅぅぅ!」

 溢れる涙は止まる気配を見せず、小一時間ほど篝は泣いていた。その間、無慚はずっと、ありがとう、と言い続けた。




〜風神殿・颪の執務室〜




「あ"ぁぁぁぁぁ! じんぱいだぁ!」

 来客用に用意してあるテーブルに拳を叩きつけ泣きながら、焔は何度目かの尋常ならざるため息を吐いた。いやもうこれため息じゃないな、初めてのおつかいに行く我が子を心配する父親もこんな風になったりはしない。

「あぁもうそんなに泣くなよ焔! 男前な顔が台無しだぞ‼︎」

 颪が焔の顔を拭きながら言っても焔は泣き止まない。

「でもっでもっ‼︎ もう1週間経ったんだぞ! なのに全然全く音沙汰なし! 殿下は昇ってきてすぐ文神殿に避難して俺たちも身動きが取れなかったし、仕事が入ったから俺の連絡先知らないのはしょうがないけど、篝は! うちの子は! 俺の連絡先知ってるだろ! 1日目に『無慚様が来ないので、来るまで蓬初慕に滞在しますね』って言う連絡があったのを最後に今日に至るまで一件も連絡なし! たとえ今日合流したとして! 連絡ないのは! おかしくないか⁈ きっと何かあったんだ! 殿下か篝に何かあったんだ! それか両方に何かあったんだ! きっと今頃泣いてるよ! わんわん泣いているよ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎あ“ぁ"ぁ"ぁ“ぁ“ぁ“ぁ“ぁ“‼︎‼︎ じんぱいだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」

「だとしてもそんなに泣くな‼︎」

 カオスである。

 焔は大口を開ける虎の様に言った。

「じゃあ颪は心配じゃないのか⁈」

 颪の何かが切れた。

「心配してるに決まってんだろ頭おかしくなったかこの野郎。見ろあの俺の机。殿下が出かけた日から心配で心配で力加減ミスりまくって穴だらけだよ。奇跡的に立ってんだよ。それから見ろ、この部屋の惨状を。壁という壁に穴開いてるだろうが。心配のしすぎて仕事に手が回らなくなったから一旦落ち着こうと思って壁に頭打ち付けたらこの惨状の出来上がりだよ。ちょー痛えよ。たんこぶ何個できたと思っとんだ。何回頭から出血したと思ってんだゴラァ‼︎」

「ごめんなさい。後で薬塗ろうな」

「ゔん‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 もう一度言おう、カオスである。

 未だに泣きながら、心配だ、大丈夫かな、怪我をしたんじゃ、と言い続ける焔を慰めながら、颪は溜息をついた。

 コンコン、と執務室のドアを叩く音がする。

「颪様、凪です。入ってもよろしいでしょうか」

「ああ、大丈夫だ」

「失礼します、ってゔわぁぁぁぁぁ! 何⁈ 顔がモザイクだらけですよ焔様‼︎ 何があったの⁈ 何があったらそんな風に顔がぐちゃぐちゃになるの⁈」

「すまないな、凪。焔の心配ゲージが天元突破してしまって、この状態に至るんだ」

「いや何も分からないんでけど!」

 入ってきたのは、凪と呼ばれる少年だった。

 凪は、深緑がかった長髪を一つに結んでおり、瞳は翡翠色で、背は余り高くない。190ある颪より約30センチほどの小さい背である。体の線は細く顔つきは女子と見紛う程で、緑を基調とした軍服を着ている。

「いや本当にすまないな、凪。こんな見苦しいのを見せて」

 申し訳なさそうに謝る颪に、凪は焔をチラチラと見ながら応えた。

「いえ、別に大丈夫ですが、あの、一体何があったんですか?今のところ焔様が誰かを心配して泣いてると言うことしかわかってないのですが……」

「いやもう9割あってるぞ」

「あ、そうですか」

「ゔぁぁぁぁぁぁぁ! かがりー! でんかー! 大丈夫かー! 何かあったら言ってくれぇー! 何もなくても連絡が欲しい!」

「「うるさい! 面倒くさい彼女か!」」

「すいません」

 大事なことなのでもう一回言おう。

 カオスである。

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