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花浜匙  作者: 遠華鏡
蓬初慕編
5/8

第4話「最初は誰でも失敗ばかり」

 長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。夏休みに入って少しドタバタとしていました。

 楽しんでいただけると嬉しいです。


2025年5月14日

前話に続き書き直しました。よろしくお願いします。

 文神殿に居候を始めて一晩が経ち、無慚は朝日が差し込む部屋で目を覚ました。

「お布団で寝ると、体痛まないんだ……疲れも取れてる……お布団ってすごい!」

 山の中で過ごしてきた無慚にとって、布団は革命品だった。山での生活はとにかく痛みが伴う。山の至る所に仕掛けられた動物用の罠や、軍との戦いで傷を作るのは常であった。また、険しい山で寝なければならない時、安定した体勢で寝ることなどまず不可能なため翌日は必ず筋肉痛になる事が普通であった。疲れなど癒やしない。

 しかし、布団は違う。シーツの中に詰められた綿と掛け布団の綿が体を包み込み、自然と体をリラックスさせる。疲れを癒し、筋肉痛にもならない。正しく、革命品だった。

 布団の効果に感動していると、結界の外から声をかけられた。識の声だ。

「無慚様、起きていらっしゃいますか?」

 無慚は慌てて布団から出ると、結界の外に顔を出した。

「はい! 無慚起きてます! おはようございます!」

「はい、おはようございます。朝から申し訳ないのですが、貴方に任務が入りました。支度ができたら私の部屋に来てください。昨日、私が仕事をしていた部屋です。場所はわかりますか?」

「大丈夫です!」

「それはよかったです。ではお待ちしておりますね」

 そう言うと識は仕事部屋へ戻って行った。

 布団をしまい、髪を結んで黒の長袍に着替えた無慚は狛犬の面を顔に掛けて部屋を出た。

 部屋から遠ざかれば、寝殿造の屋敷を風が吹き抜ける。無慚が着る長袍が風に靡いてパタパタと音を出す。無慚は少しも走ってはいないのに、その音だけを聞くとまるで無慚が走っているかのようだ。

 無慚は風のある日が好きだ。風が運んでくる匂いで敵が何処にいるか知れるからだ。また、普段は鳴らない音が鳴って、それを聞くのが楽しいからだ。

「んふふ」

 風が運んできた墨の匂いを無慚は吸い込んだ。ご満悦の表情だ。

 気分よく廊下を歩いていると、広い文神殿の中でも一際広い部屋が見えてくる。識の仕事部屋だ。遠くから見ただけでも資料が散乱しているのがわかる。今日は風が強いようだが、資料は吹き飛ばされていないのだろうか。

「失礼します、無慚で、す?」

 部屋に入ると、識と別の男神が1柱いた。

 赤を基調とした、着物と軍服を掛け合わせたような服を着ているその男神は、無慚の方を振り返った。

 濡羽色の短髪に宝石のような赤い瞳。腰には瞳と同じ美しい赤色のチェーンと2丁の拳銃が下げてある。15、6歳の程の見た目の男神の顔を見た無慚は、あまりの衝撃に腰を抜かした。

「ちっちゃい焔だ!」

 そこには10代半ばにまで若返った焔がいた。

「違いますよ無慚様。こちらの方は焔第一神官直属の配下、(かがり)殿です」

「俺小さいですかね。身長、185はあるんですけど」

「そう言う意味じゃないですよ。無慚様、尻餅ついてないでこちらに来てください。お仕事の話をしますから」

「若返りの薬でも飲んだの焔?!」

「おや? 先程の話聞いてない感じですか? 篝殿だって言ってるでしょう?」

 腰を抜かした状態で頓珍漢なことを言う無慚を、「やれやれ」とため息を吐きながら識が部屋の中へ引きずり入れた。

 無慚と篝を座らせ、識は一つの巻物を開いた。

「明朝、人間界の通信所から連絡がありました。人を喰らう羅刹がここ30年高頻度で目撃されているようです。既に500人以上の人が犠牲になっています」

「500人も?!」

 無慚は犠牲者の数に驚いた。篝は顔を顰めている。

「無慚様、篝殿、今回貴方達は事件現場である北東の街、蓬初慕(ほうはつぼ)へ行き件の羅刹を退治するのが任務です。こちらも新しい情報が入り次第すぐに連絡をします。御二方とも、ご武運を」



      ◇◇◇



 今、無慚と篝の周りは木々が生い茂っている。鳥の囀り、川のせせらぎ、鹿や馬の蹄の音、狼や熊の足音が静かに響き、混ざり合い一つの音楽になって彼らの耳に届く。

 彼らは現在深い森の中にいる。

「篝くん、ここどこだかわかる? 森の中ってこと以外で」

「わからないです」

「あはは、僕も」

「詰みですね」

「「アッハッハッハッハ!……笑い事じゃない!」」

 時は数分前に遡る。

 識から任務の資料を受け取った無慚と篝は、任務地である蓬初慕へ行くため大広場に来ていた。

 大広場には開錠門と言われる、世界各地にある通信所へ繋がる門がある。数万年前、大工の神と大地の神が共同で製作した門で、行き先を書いた札を門に貼り付け開けば目的地の通信所に着くようになっている。

 山で育った無慚は文字が書けない。そのため篝に札を書いてもらい門を開いたところまでは良かったのだが、一歩踏み出した彼らの足が地面につくことはなかった。

 彼らの足は空中にあったのだ。

 すでに歩き出してしまった彼らはなす術もなく地上へ落ちて行ったのだ。

「「ギョエェェェェェェェェェェェェ!」」

 汚い悲鳴が、少しの間世界中に響き渡った。

 そして現在、風に煽られあわや離れ離れになりそうになりながらも懸命にお互いを抱きしめ合って仲良く地面に突き刺さった無慚と篝は、任務地から遠いのかそれとも近いのかすらわからない森の中にいた。

「篝くん、開錠門ってああいうこと起きたことある?」

「俺が天界に来てからは聞いたことないですね」

「じゃ僕のせいだなごめん!」

 生まれつき不幸を集めやすい体質の無慚は、開錠門の件は自分のせいだと考えた。

 焔からその体質のことを知らされていた篝は必死に首を振って否定する。

「いやいや、きっと偶々ですよ。それにたとえそうだとしても、俺は全然気にしません」

「えーん。すっごいいい子」

 篝の眩い善性に、無慚は涙を流した。

「それに、ああ来た来た」

「ん? あ! 八咫烏(やたがらす)!」

 一羽の烏が篝の腕にとまった。3本足のその烏は、文神殿で育てられている多種多様な動物達のうちの一種だ。

 任務の際は必ずこの八咫烏が一羽ついてくることが必須となっている。天界の神殿に連絡を入れることができる通信所以外で、何か連絡をする必要があればこの烏に伝えてもらうためだ。

「この子に現在位置を教えて貰えば、蓬初慕までどれくらいかかるのか分かりますから」

「そっか、そうだね。すっかり忘れてたよ。ありがとう篝くん。君もここまで飛んできてくれてありがとう」

「俺も、助かったよ」

 無慚と篝が感謝を込めて撫でれば、八咫烏は気持ちよさそうに目を細めた。

「ここがどこか教えてくれるか?」

 篝が八咫烏に訊いた。

「ココハ蓬初慕ヨリヒト月ホド離レタ森。東ニ向カッテ行ケバ着ク」

 八咫烏は鋭い嘴をパクパクとさせながら、簡潔に答えた。その後、開錠門の件を識に伝えるように篝が命じ八咫烏は空へと飛んでいった。

「ひ、ひとつき」

「だいぶ、遠いですね」

 思いの外離れた場所にいることを知り、無慚と篝は一瞬気を失いそうになるが、なんとか踏ん張った。

「走ろう」

 どちらがそれを言ったのか、それともどちらともそれを言ったのかよくわからないが、2柱はお互いの顔を見つめると、同時に小さく頷き東へ駆け出した。

 駆け出した直後に無慚は落とし穴に落ちた。

「何でこんなとこに落とし穴がー?!」

「分かりませーん! 無慚様怪我してませんかー!」

「身体中が痛いー!」

「すぐに引き上げますからちょっと待っててください! 蔦か何か探してきます! あ、」

 無慚が落ちた穴の近くで、何かが地中に落ちていく音が響いた。

「かがりくーん? どうしたのー!」

「俺も落ちましたー!」

「何でこんな近距離に落とし穴2つもあるんだー!」

 前途多難な任務は、まだ始まってもいない。



      ◇◇◇



 秋の冷風が街を通り抜け、枯葉を舞い上げた。夕日に照らされた枯葉は、紅葉の如く赤く染まっている。夕日に染まった枯葉が落ちたのは、北東の街・蓬初慕。その入り口には、疲労感満載の男が2人いた。そのうちの1人、着物と軍服を掛け合わせたような服を着る男は、服は所々破れ土や木の葉がついているが傷は見当たらない。しかし、もう片方の()()()()の男は、服も体もボロボロな酷い有様だった。

 この男達は、ひと月かけて蓬初慕まで来た無慚と篝である。

「や、やっと着いた……着いたよ、かがり」

「ようやくだな……こんなに長く感じたひと月は、久しぶりだ」

 ひと月の間に親しくなった無慚と篝は、無慚の現在の立場が実質配下なこともあり、お互いタメ口で話すようになった。

「ねぇ篝、僕の変化解けてない? 大丈夫?」

「大丈夫だぞ。でも傷だらけだ。通信所ついたらまた薬塗ろう」

「わかった、ありがとう」

 無慚は今、頭髪と目の色を変化の術で変えている。

 いつ命を狩られるかわからない生活をしていた無慚は、山や森の中にいても目立つ頭髪と目の色を変えなければならなかった。染料などなかったため、変化の術を覚えるのは必須だった。別人に変化できれば良いのだが、無慚の実力では色を変えるのが限界だった。

 今回は、街に要らぬ混乱を生まないために変化したのだ。

 無慚と篝は街の東側を目指しながら歩いていく。

「ここの通信所は東の大通りにあるって識様が言っていたから、ひとまずそこまで行って休もう。このひと月、毎日がハプニングでろくに休めてない」

「罠にハマったり動物に追いかけられたり道に迷ったりしてたもんね。早く行って休もうか」

「任務は明日からだな……」

「もう夕方だもんね……」

 通信所は、人間界で起きた怪事件を天界へ報告するための場所であると同時に、任務で訪れた神々を宿泊させる為の場所でもある。

 満身創痍なお互いを支え合いながら、無慚と篝はゆっくり歩いて行った。

「しかし、人はいるが活気がないな」

 人通りの多い通りを横切り東の大通りを目指しながら歩いていると、外にいる人の多さに比べ街全体の活気がないことに篝が気づいた。

「そうなの?」

 街に来たことがない無慚はいまいちよく分かっていない。首を傾げながら周りを見渡すが、やはり何も分からなかった。

 静かだと思うだけだ。

「ああ、皆沈んだ顔をしている」

「うーん、僕にはよく分からないや」

「そのうち分かるようになるさ。焦ることじゃない」

 篝は、人の表情が分からないことを気にする無慚の頭を優しく撫でた。

「ありがとう。あでも、あんな顔をする理由は分かったよ」

「羅刹だな」

「うん。ひと月も遅れちゃった分、絶対に倒さないと」

「そうだな」

 無慚と篝が話しながら歩いていると、東の大通りについた。この通りも人は多いが活気はない。

「あ、赤色の屋根」

「ほんとか!」

 無慚が指差す方向を見れば、赤色の瓦屋根を持つ屋敷がある。無慚と篝が目指している通信所だ。

 目的地が目と鼻の先になったことにより、幾分か気分が良くなった2柱は、先ほどまでの重い足取りはどこへ行ったのかと思うほどの軽やかさで通信所へ駆けて行った。

「「ついたーーー!」」

 通信所の門の前でお互いを抱きしめ合いながら、2柱は喜びを分かち合った。

 沈んだ雰囲気の街の中央でそんな事をしているものだからとても目立つが、それに気づかない2柱は相当疲れている。

 笑顔で門を潜ると、三階建ての広い屋敷が無慚の前に広がった。

 文神殿は規格外の広さを持つ、それに比べれば小さな屋敷だが一般的な感覚で言えばとても広い屋敷だ。

 玄関で靴を脱ぎながら、変化の術を解いた無慚は興奮冷めやらぬ表情で周りを見渡していた。

「ちょっと待っててな。宿泊手続きしてくるから」

「うん!」

 篝が受付で宿泊手続きをしている間、無慚は玄関で足踏みをしながら待っていた。文神殿以外の屋敷をまともに見たことがない無慚は、好奇心のまま屋敷を見て回りたい気持ちをぐっと抑えて篝を待っていた。

「ただいま!」

「おかえり!」

「俺達の部屋、2階の奥だって」

 手続きを終わらせた篝が戻ってきた。部屋の場所を教えてもらい、2階へと上がっていく。

 階段を上るごとにギシリと音が鳴る。通信所がいつ頃から蓬初慕にあったかは分からないが、相当長い年数あったことが軋み具合から伺える。

 しかしそんなことはわからない無慚は、文神殿には階段がないため、音の鳴る階段を楽しみながら上った。

「ここが俺達の部屋だ」

「おー! 綺麗!」

 篝に案内された部屋は、畳が敷き詰められた文神殿とはまた違った趣のある部屋だった。机も本棚もない。生活するのに最低限のものが置いてあるだけの部屋だが、それがどうにも新鮮なものに見えた。

 畳特有の匂いが鼻をくすぐる。文神殿にある無慚の部屋にも畳が敷き詰められているが、無慚はそことは違う匂いであるような気がした。始めて感じる自分の部屋の畳とは違う匂いに、蓬初慕についたのだという自覚が芽生えた。

 ウキウキとした気持ちで部屋に入ると、篝が重々しげに口を開いた。

「ところで無慚、俺達は休む前にやらなくちゃいけないことがある。分かるか?」

 先程までの嬉しそうな雰囲気とは打って変わって、篝の表情は暗いものとなっていた。質問された無慚は蹲って答えを考えた。篝はひと月の間に、変な体勢で考える癖がある無慚を何度も見たため動じない。

「蓬初慕には無事、ではないけど着いたし、任務も明日からにしようってなったし、あ、でも細かい方針とか決めてないなぁ。明日の予定を立てるとか?」

「それもやんなきゃだけど違う」

「え、じゃあ何?」

保護者達(焔様と颪様と識様)、特に識様への連絡だ」

「……………………………………ハッ!」

 無慚と篝は一つ忘れていたことがあった。それは、識達への連絡である。

 開錠門の件を八咫烏に識へ伝えるように頼んだ際、蓬初慕に着くのが遅くなること、また任務もそれに伴い遅れることを伝えて貰えばよかったのだが、八咫烏の言った蓬初慕へはひと月かかるという言葉の衝撃ですっかり伝え忘れてしまったのだ。

 八咫烏は文神殿以外の神殿でも育てられており、軍とは別に天界の治安維持や何かしらの事件、事故が起きた時の伝達係として活躍している。八咫烏は体に物をつけることを嫌う性質があるため、どの神殿の八咫烏かを見分ける目印となるものがない。名前も付けられることはないため、ますます見分けがつかないのだ。八咫烏は全が個であり個が全であるため、たとえ育った環境が違えども皆同じ姿の同じ声同じ性格になるのだ。故に、たとえ開錠門の件を識が聞いたとしても、伝えに来た八咫烏が任務について行った八咫烏かどうかは分からないのだ。

 長い間面倒を見ている者でさえも見分けがつかない、それが八咫烏なのだ。

 そして無慚と篝の任務について来た八咫烏は、なぜかあれ以降帰って来ていない。そのためもう一度連絡を頼むことができていない状況だ。

 そしてそれを今思い出した無慚と篝。

 現在彼らは絶体絶命の危機に瀕している。

誤字脱字がありましたら教えてください。

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