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花浜匙  作者: 遠華鏡
プロローグ
3/8

第2話「招かれざる神」

 今回は少し長めに作りました。

 新しい登場人物もいます。楽しんで下さい!

「ちょっと驚かせたくって……」

「無慚が来たらコレやろうって2人で決めてたんだ」

「すっごく驚いたよ、2人とも」

「「ドッキリ大成功〜」」

「相変わらず仲良さそうで安心したよ」

 嬉しそうに話す焔と颪は、見た目は大人であるが表情はどこか子供のようだった。

 先ほどの感動シーンは何処へ行ったのかと言わんばかりの緩い空間に、無慚は少し安堵した。出迎えてくれるのは嬉しいし、跪く姿は格好良かった。しかしそんな事は初めてされたため、戸惑っていた。

 無慚はこの緩い空間が一番好きなのだ。

「さて、茶番はここまでにしよう」

 颪が緩くなった空間を、手を叩いて引き締めた。

「時間がないし、走りながらで良いかな」

「そうだな。無慚、俺達についてきて」

「え、うん!」

 大広場から走りながら3柱は去っていった。

 颪は無慚に走りながら話し始めた。

「無慚、わかっていると思うけどお前は不招神(まねかれざるかみ)だ。本来招神(まねかれたかみ)ならば案内役の神と共に天界を回り、他の神々へ挨拶をする。現在、この天界にいるのは招神だけ()()()。だが、無慚は不招神。7度目の異例が天界に起きた。天界は異例を嫌う傾向がある。このままじゃ、天主直属の軍がやってくる。そうなれば戦闘は免れない」

 招神というのは、人間界で大きな功績を挙げ、人々や神達に望まれて神になった者のことを言う。不招神はその逆で、人々と神達に忌み嫌われて、望まれずに神になってしまった者のことを言う。望まれずに神になるのは殆ど無理な話である。しかし、長年人々と神達から強い畏怖嫌厭の念を受け続け、人々や神達が無意識に邪悪な神と認識してしまうと、無慚のように不招神となってしまう。今まで天界に不招神が来たのは6柱、無慚で7柱目だった。

 無慚は生まれつき不幸を集めやすい体質で、集まった不幸は無慚とその周りの人々にまで害を及ぼす。それは神も例外ではなく、神々が最も恐れる、魂の消滅さえも最も簡単にできてしまうのである。魂の消滅というのは、書いて字の如く神や人の中に存在する魂が消滅してしまうことを指す。魂が消滅すると、輪廻転生の輪から外れ、永遠に転生ができなくなってしまうのだ。その様な力を持つが故に、無慚は人からも神からも恐れられているし、生まれた時から命を狙われているのである。

 本人としては、もう慣れてしまった事である。

 閑話休題

 この3柱にとって戦闘は慣れたものだ。天主直属の軍は、3柱が人間であった頃から容赦なく刃を向けてきた。今更遅れをとるような相手ではないが、できれば戦うのは避けたい。

「ということで、文神殿(ぶんしんでん)に今向かっているんだよ」

 優しげな表情を浮かべながら焔が言った。

 ドッキリの最中の焔の表情は、泣いてはいるものの揺るぎない決意が顔に滲み出るような強い表情をしていた。しかし、普段の焔は優しいお兄さんという言葉がよく似合う、暖かな表情をしているのだ。

「ぶんしんでん?」

 聞き慣れない言葉に無慚は戸惑う。

「文神殿って言うのはね、神々の人事や任務依頼を担当している場所でね、重要な資料とかを保管する場所でもあるんだ。そこで無慚の仕事が何なのかとか、色々説明してもらうんだよ。天界の法律で、神になった者は任務以外は原則天界で過ごさなくてはならないと決まっているから、無慚の住居が決まるまで居候させて貰う事になっているよ。資料を守るために文神殿には強力な結界が張ってあるんだ、だからすごく安全な場所なんだよ。文神殿の主には話を通してあるから、安心してね」

 焔が無慚に説明する。

「僕が行って、迷惑にならないかな」

 不安そうな表情を浮かべる無慚に、焔と颪ははっきりと告げた。

「「ならない」」

 その言葉は、不安に揺れていた無慚に前を向かせるには十分すぎる言葉だった。

「2人がそう言うなら、きっと大丈夫だね」

 


      ◇◇◇



「ところで、随分と小声で2人とも話すね。バレないように移動しなきゃならないのはわかってるけど、小声すぎない?」

 走りながら無慚が訊いた。

 実は、今までの会話は全て小声で話されていた。

 周りの建物に人の気配はない。故に、普通の声量で話したとしても先ほどの会話が聴かれている可能性はほぼないのだが、颪が横に首を振る。

「むしろ少し大きいくらいだ」

「ええ、そうなの? 僕は聞き取るので精一杯なんだけど」

「悪いな。軍に見つからないようにするにはこれぐらいしかできないんだ」

 軍という言葉に無慚は反応した。

「どういうこと?」

「軍の奴らが、異様に気配に敏感だったこと覚えてるか? あと、行き先に何度か先回りされたことも」

「ああ、あったね……嫌な思い出だよ」

 無慚はうんざりとした顔で頷いた。本当に嫌な思い出なのだ。何度先回りされて肝を冷やしたことか、そのおかげで無慚達3柱はかくれんぼが得意になった。

「あいつら聴覚が異常に発達しててな、俺達の会話内容全部聞かれてたんだよ。会話が聞こえてしまっていれば、たとえどんなに作戦を練ったところで意味はない。気配を消しても僅かな音で居場所がバレる。だから俺達はよく、先回りされてたんだよ」

「そうだったんだ……」

 経験から学んだ事を基に練った作戦が水の泡となったことが幾度となくあった、その原因を知れた無慚だったが理由が理由なため釈然としない気持ちになった。

 ふと、とあることに気づく。

「ねぇ、もしかしてなんだけどさ、文神殿にもう軍が到着してたりする?」

 今度は焔が首を横に振った。

「いいや、それは無いね」

「なんで言い切れるのさ」

「無慚が昇ってきた時さ、大勢の神が逃げ出しただろう? 彼らが向かった先には、天界を統べる天主の屋敷、天神殿がある。軍もそこに駐在しているから、今頃逃げてきた神々の対応をしていると思う。軍が動き出すのは、対応を終えたあとだよ」

 天主直属の軍は少数精鋭であるため、今回のような緊急事態が起こると人手不足となる。人員を増やそうと努力しているみたいだが、軍に入れるだけの実力を持つ武神はなかなかおらず、居たとしても断られてしまうのが現状だ。

 焔と颪は混乱で軍が動き出すのは遅れると考え、軍が動き出す前に無慚を文神殿に送る算段をつけたのだ。

「ほら、文神殿が見えてきたよ」

 焔が指差す方向を見れば、白い巨大な四脚門がある。瓦も柱も、屋敷を囲む塀さえも白く染めてあり、荘厳かつ神聖な雰囲気を放っている。

「全部真っ白だ。雪像みたい」

 踏み荒らされる前の新雪の如き美しさを持つ門や塀に、無慚は興味津々だ。

「俺達も初めてここに来た時同じこと思った」

 颪は自分達が昇ってきたばかりの頃を思い出し、懐かしそうにしている。

「早く中に入ろうか。(しき)様も待っているだろうし」

 焔がそう言いながら門を開ける。

「しき様って誰?」

「文神殿の主のことだよ。天界にいる文神達の頂点に立つ神なんだ」

「すごい神様だ」

「凄くて偉いんだよ」

 門を抜けると、門と同じく白く染まった寝殿造の屋敷が見えた。地平線の彼方にまで塀が続く広大な土地には芝生が生い茂り、鳥や猫、鹿といった様々な動物達が放し飼いになっている。池や滝、築山で構成された庭園に無慚はどこか懐かしさを感じた。

「ひっっっっっっっっっっっっっろ!」

 文神殿の屋敷は通常の寝殿造の屋敷より数十倍広く造られてある。なぜなら、文神殿のほとんどが日々増える資料を保管するための保管庫であると同時に、千を越える文神達の居住地であるためだ。

 無慚は広大な土地と神殿の広さに驚いて、口が開いたままになってしまった。

「いつ来ても驚くよな、この広さ」

「神殿の広さは天界一だからね」

「ひぇぇぇぇ」

「最近また資料室を増設したんだったか?」

「そうそう、今年に入って3回目の増設だね。文神達が大衆食堂で愚痴ってたよ、増設しまくったおかげで神殿内が迷路で資料一つ探すのに1日かかるって」

「あばばばばば」

 焔と颪の会話内容から文神殿の広さが理解できてしまった無慚は、自分がここで無事過ごしていけるかが心配になった。

「し、失礼しまぁす」

 焔を先頭に屋敷の中を進んでいく。微かに香る墨の匂いが、不思議と無慚の緊張を和らげた。

 御簾を下ろした部屋が殆どであり、中の様子はよくわからない。長い廊下を右へ行ったり左へ行ったりと進みながら歩いていくと、御簾が上がった広い部屋に行き着いた。

「失礼します、識様。炎神殿第一神官、焔です」

「風神殿第一神官の颪です」

「え、えと、無慚です、ってうわ……」

 颪の背に隠れながらチラリと見た部屋の中は、まさしく惨状だった。

 冊子も巻物も途中まで開かれたものが床に置いたままになっており、それが無造作に重ねられて幾つもの山を形成している。中には木簡や竹簡が混ざっており、一枚一枚の板をつなぐ糸は今にも千切れそうだ。屋根を支える板には何枚もの布が掛けられており、目を凝らせばそれに文字が書かれてあることがわかる。

 整理整頓なんぞ知らんと言わんばかりの部屋が、そこにはあった。

「ああ、はいはい、少しお待ちを……」

 部屋の奥で書類と睨めっこをしながら男神が力無く返事をした。

 黒髪を短く切り揃え、眼鏡をかけている男神は、紺の着物に屋敷と同じ白の羽織を羽織っている。理知的な雰囲気ではあるものの、いかんせん(くま)がひどい。1週間は寝ていないと言われても頷けるほどの濃い隈が目の下にあり、顔には疲労が滲み出るどころか氾濫した川のように溢れ出ている。

 通常であれば美しいと称されるであろう黒曜石の瞳は、何も映す気がないと言わんばかりの濁り様だ。

「焔、颪、この人は大丈夫なの?! 闇落ちとかしかけてない?!」

「平気だぞ」

「通常運転だね」

「この状態が?!」

 あまりの惨状に墨の匂いで落ち着いた心がどこかへ飛んでいった無慚は、気づけば大声で叫んでいた。

「部屋がこの状態なのは?」

「「いつものこと」」

「この人が死にそうな顔してるのは?」

「「いつものこと」」

「じゃあ死んだ魚のような目をしているのも?」

「「いつものこと」」

「なんてこった!」

 惨状は通常だった。

 別の意味で過ごしていけるかが心配になった無慚だった。



      ◇◇◇



 無慚達の前に、氷の入った茶が置かれる。

「いやはや、お見苦しいところを見せました」

 そう言って朗らかに笑う男神の顔は、先ほどと変わらず疲れが出ていた。

「仕事熱心なのは良いことだと思います。寝てください」

「応援してもらったからあと3週間は寝ずに頑張れそうです」

「やっぱり仕事にばかりかまける人はかっこ悪いと思います。寝てください」

「なるほどこれが俗にいうツンデレというものですね」

「もう何を言ってもダメな気がする……寝てください」

 イカれた思考のまま話しているためか、男神は物事を全て前向きに捉えているようだ。

 語尾に「寝てください」をつけている無慚としては3歳児がクレヨンで力の限り塗りつぶしたような真っ黒な隈を、力加減を覚えた8歳児が色鉛筆で程よく塗った濃さの隈にしたい一心なのだが、その想いが届いているかどうかはお察しである。

「まぁ茶番もここまでにしましょうか」

「茶番ですかね。死活問題だと思うんですけど」

「大丈夫です。神様は死にませんから」

「死なないからって何しても良いわけじゃないと思います……」

 泣きそうになりながら無慚はそう言うが、男神には届いていない。

「……………………?」

 全くもってわからないと言う表情をする男神に対し、無慚は言葉の限界を知った。

「あ、もう良いです。説明お願いします」

 想いが届かない辛さをこんな事で体験したくなかったと後に無慚は語った。

「説明に入る前に自己紹介ですね。無慚様、この度の天雷(てんらい)の送りおめでとうございます。私は識と言います。天界の文神達をまとめ指揮する役目、文主(ぶんしゅ)を務めております。文神殿は人事と任務依頼を担当していますので、何か問題があれば私たちにご連絡ください。またここには世界中の資料が保管されています。資料が必要な際は、担当の文神に連絡してください。すぐに対応いたします」

 説明書を読むように話し始めた識の目は未だ虚で、無慚はそちらに気が取られそうになる。

「本来であれば、私が案内役として無慚様と共に天主様と先達の神々に挨拶をする予定でした。しかしあなたは不招神。挨拶なんてしていたらあっという間に首を取られてしまいます。ですので、恒例の挨拶は省き、これから天界についてご説明致します。よろしいですね?」

 虚な目に気を取られ震える無慚を、緊張しているのだろうと思い識は笑顔を見せた。しかし疲れているからだろうか、多分とびきりの笑顔を識は見せてくれたのだろうが薄ら笑いにしかなっておらず、無慚はそれを見てさらに震えた。

「はひ、おねがいしましゅ……」

「おや? さらに小刻みに」

「「文神殿に預けるの不安になってきた……」」

 文章が変だなと思ったり、説明がわかり辛いなと思ったら、教えてください。

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