七話:妖精
「ねぇねぇ! そこの君! ちょっとお水をくれない?」
籠の中に、いつの間にか小人が居た。
「えっと…君は……?」
「あ、先に自己紹介するね!私は……!」
━━━曰く、魔力の豊富な森にはイタズラ好きな妖精が居ると言う。
*
「ワッカさーん! 来ましたよー!」
ネビア邸の客室に、コルヴォは向かっている。
「おう、来たか!」
客室に入ると椅子に男が座っている。
筋肉質な、いわゆる細マッチョな中年の男だ。 待っていましたとばかりにコルヴォに声をかけてくる。
「お待たせしました。 それで、御用はなんですか?」
「ああ、村長として、お前に仕事を頼みたいんだ」
村長のワッカが、ネビア邸に来ていた。
~
「では、俺に森に入れと?」
茶を飲みながら話すこと数分、村長の話を要約するとこうだ。
・ウセが死んで人手が足りなくなった。
・狩猟班の方はネビアに任せたが木の実等の採集は異様に得意で狩猟ついでに大量に採っていたがウセが居なくなった以上、誰かかまその役割を担わないと行けない。
ここに来た、ということはつまり、俺にやって欲しいって事だ。
「そういうことだ、魔女サマからの許可は取ってある。 まぁまず魔物はでない場所を探索してもらう予定だから安心してくれ」
(にしてもウセさんが死んだから………か、確証は無いけど、アイツが殺ったんだろうって、確信は出来る。 なら、せめて俺が尻拭いしないと……)
「わかりました。 それは今日から?」
覚悟は決まった。
(例え魔物が出たとしても、あれだけ鍛えたんだ、何とかなるだろう。)
そんな保身的な考えも、あるにはあるのだが。
「いいや、簡単に忠告して、今からだ、荷物とかメモは準備してある」
その思惑を知ってか知らずか、肩に提げるタイプの籠を手渡そうとする村長は、待っていましたとばかりに良い笑顔を向けてきた。
「あはは………━━んじゃあ、頑張りますか!」
「おう! んじゃあまず……」
そして、諸々の説明を聞き終えたのち、意気揚々とコルヴォは出発した。
~
「ここがカスタニャの森かぁ………」
コルヴォが森に入り、辺りを見渡す。
(すごい数の木だなぁ……それに、日光だってろくに入ってこないくらい葉だって茂りまくってる。
唯一の道は何かそこそこ大きな動物の……熊辺りかな? の足跡がついた獣道だけか………)
自らを餌と出来得る存在を確認し、コルヴォは村長のワッカから渡されたものを取り出す。
(鈴、ねぇ………本当に効果あるのかなぁ……)
なんでも、先日死んだウセの遺品の1つで、町でウセが買ってきた物……らしい。
遺族の好意により本来はボロい鈴になるところを持たせてくれた。
「けどどうみても普通の鈴だよなぁ………」
何か仕掛けが有るわけでもない、ただの造りの良い鈴。
(こんなんで魔物避けになるのか……?)
そんなことを考えながら、ワッカに聞いた裏道を通っていく。
(ま、そんなこと考えてもしょうがないか)
そして、少し開けた場所に出ると多種多様な木の実のなる木を発見した。
━━━━所までは良かった。
「わ、わかんねぇ……」
素人には、森の恵みを見分けるのはそれはもう、大層難しかった。
「赤い木の実だってワッカさん言ってたよな………これかな? なんか葉が赤くて所々黒くて不安を感じる見た目だけど………」
とはいえ、それでも、わからないなりに色々な木の実を採集はしておく。
数撃ちゃ当たるのである。
(ま、まぁ毒でも動物相手には使えるだろうから良いよな………大丈夫。大丈夫。)
「でも、これも見分けられるようにならないとな………はぁ、出来ないと行けないことばっかり貯まっていくなぁ………」
実は剣以外にも色々と、それこそ戦闘に関するほぼ全ての事で存在する『スキル』も、自分の属性だけは頭に直接魔法陣を詰め込めるからやっとけと、ネビアに言われてもはや頭に魔方陣を思い浮かべて魔力を通すだけで発動できる筈の《魔法》も、あまり成長具合は芳しくない。
「あーいや、スキルの方はまだ進んでるか。 最近いちばん基礎のスキルは使えるようになったんだし………まぁまだまだ貧弱って言われたけど……」
たった一人での作業、それも木の実を採るだけという単純作業。
それに伴ってついつい出てしまう一人言。
「そう言えば、これだけ木の実が有るのに動物も魔物も本当に居ないんだよなぁ……ほんと、よくこんなとこ見つけたよなウセさん」
危険も無い、それどころかひとっこ一人も、動物すらもいない自分一人の空間。
「降りるのめんどうくさいな……飛び降りるか!」
必然、少し行動が大胆になる。
例えば。 実を採るために登っていた樹から、派手に音をたてることを知っていながら飛び降りてみたり。
シャンッ!!!
「おォッ!? 結構デカい音が鳴るんだなこの鈴」
例えそれが原因で思っていた以上の大きな音が鳴ったとしても。
(……それでも何も反応無し……か)
ただでさえ静かな森に、たった一人。
そこに何のアクションも無かったのならば。
『ここまでは大丈夫』
そう………変換される。
「ちょっとだけ……魔法の練習するかな、早く第一位階の魔法くらいは使えるようになりたいし」
そこに、師に報いたいという気持ちがあるならば、なおさらに。
木の実でかなりを満たされた籠を側の樹に置いて、それを始めた。
「ふぅ━……………」
仁王立ちをしながら、大きく深呼吸。
(集中するんだ。 )
丸く、ボール状に開けた両手のひらの空間。
━━そこにイメージするのは、鉄をも断つ風の刃、その術式。
(過程は、あくまでも丁寧に行う事。 )
じわじわと、湯気が立つように全身に纏わせるのは数値にして10の魔力。
そこに、周囲に存在する魔力を纏わせる。
「もっとだ……師匠がやってたみたいに………」
手本は、つい先日に見た。
まるで磁石に砂鉄が吸い込まれるように、球を形成するように、魔力が集中していく。
大きく。 大きく。 大きく。
「はああぁ!」
通常、人が制御できる魔力は、何も持たぬ状態では、その中心として、いわばコアの役割をしている己の魔力のおおよそ10倍程度と言われている。
(そして、今回使う魔法の術式は発動に最低限100の魔力を必要とする………つまり)
MAXまで貯まれば必然的に使える。
(よし! 多分貯まった! これを一気に………手にッ!)
集まる、全身の魔力が、己の左手に。
体全体に纏うことをもって形成されていた魔力の球は、凝縮され、展開した術式に満たされた。
━━━━出来たッ!
そして、放つ。
「風球/ウィンドボールッ!!」
コルヴォは感じていた。 いままでに無い手応えを、確実に発動したと、そう言いきれる感覚を。
(これで俺も、魔法使いだッ!)
そして師に一歩近づけた喜びを。
そうして、手から魔力が飛び出していく感覚を、しっかりと確認したのち、いつのまにやらつぶっていた目を開けようとして……
━━━ポスン…………と、気の抜ける音を聞いた。
鉄をも断つ。 どころか、木の葉を揺らすことすら満足に出来ない、そんなそよ風の音だった。
「…………いや、で、出来たのは出来たし………ほら、まだ出てるだけマシだから……」
手応えを感じておいて、これ。
コルヴォは周りに人がいないことを、心の底から感謝し、安堵のため息をついた。
「俺、ほんと弱いよな………」
思い返すのは、あの悪魔のこと。
(負けることすら、戦うことすら出来なかった……。
俺は………いつかアイツに勝つことが出来るのだろうか……?
師匠の話じゃ周りで人が死ぬ度に強くなるらしいし………俺がいくら強くなっても……)
「いや! この剣のおかげでもう出てこないんだ! ……だから…………」
放置していいのか……?
「強く………ならなきゃな………」
「なんか……遠慮気味かなぁ……?」
「ッ!? 誰だ!」
突如、声をかけられる。
急いで剣を握り、鞘から抜きながら振り向く。
「やー!」
(小人………?)
そこには、小さな人形の生き物が居た。
(緑だ………!)
髪の毛。 服。 靴。 それに………頭飾り? その全てが緑系統の色で統一されている。
(師匠の靴みたいな色だな……いや、それよりもなんだ? この子は?)
「むー! この子だと~? 失敬だぞー!」
がおー! と、威嚇するように推定小人は不服を表す。
それを見ながら、コルヴォは更に考える。
(誰も居なかった筈だ………! 音も、気配も、無かった。 見て確認だってした……!
…………………まさか………魔物?)
確かめなければならない。 自分ではまだ人の言葉を解するような高位の魔物には敵わない。
何とか、何とか穏便に。 いきなり襲われないように対応しなければならない。
(ま、まずは状況整理だ…………!)
「まあいいや! ねぇねぇ! そこの君! ちょっとお水をくれない?」
樹の横に置いていた籠の中に、いつの間にか小人が居た。
「えっと…君は……?」
「あ、先に自己紹介するね!私は……!」
活発な子供を思わせるように、籠から飛び出し、浮遊しながらその小人はコルヴォに迫る。
(………あれ? なんか浮いてる? ………もしかして………?)
━━━曰く、魔力の豊富な森にはイタズラ好きな妖精が居ると言う。
*
「んっ………んぐっ……ぐっ…んっ………っぷはぁ!」
「それくらいで大丈夫?」
「うん! 十分! 私は小さいから!」
シルフと、そう名乗った妖精は渡した水を飲み干した。
「……妖精も乾くんだね、喉」
妖精など見たことは無い……無いが、勝手に妖精、という存在に対して、絵本に出てくるような神秘的な存在をイメージを持っていたコルヴォはついつい、興味深そうにシルフを観察している。
「うーん………普段は乾かないんだけどね? 最近なんか暑いし、空気が異様に乾燥してるから……空気の水分だけじゃ足りなかったの」
「へ、へぇ………?」
(空気の水分? なんだそれ………? 最近なんか暑いって言うのはわかるけど……)
「いつもはあの人がくれるんだけど………あ! そうだった!」
シルフが突然、すっとんきょうな声をあげた。
「ど、どうしたの?」
えへへ、忘れちゃうところだった、ねえねえねえ! あなたのその鈴……どうやって手に入れたの?」
頬を撫でるように、嫌な風が吹いてきた。
「そ、それは……!」
「嘘はつかないでねー……私はわかるよ?」
ゆっくりと、しかし確実に心臓を掴まれているかのような感覚を覚える。
喋っている間にわずかながら来ていた周囲の鳥達が一斉に飛び立った。
それを受け、コルヴォは考える。
元々、この鈴を持っていた人物。 それは………
(それは……ウセさんだ……)
何故このシルフという妖精がウセのことを知っているのだろうか?
何故こんなにも怒っているのだろうか?
(いや………違うか)
本当に疑問に思うべきは………
(狩猟の合間にどうやって木の実を採っていたのか、という点…………)
「ウセさんが……魔物に襲われて死んだから遺品として遺族に化して貰った……貰いました」
「魔物に襲われて………? おかしいね、あれは魔物なんかじゃなかったよ? あれは………」
━━━悪魔だ。
「ッ!?」
「おかしいよね? あんな大きな傷、この辺の魔物じゃそうそうつかない……でも君ははっきり言ったよね? これってどう言うことなのかな、君はわかるのかな?
だってきみには……悪魔と死体の匂いが染み付いてるもん」
更に濃くなった緑の瞳がこちらを貫く。
(…………ここでも………アイツのせいで………!)




