五話:霊
青い、青いキャンバスが目の前に広がる。
白い塗料で描かれた雲はキャンバスを彩り。 飾り。記憶を写す。
狼。 熊。 猫。 虫。 亀。 鳥。 そして、龍。
それらは、人類が知りうる歴史の形。
語り継がれ、残った現在の形。
もしかしたら、違う角度で見ればもっと違うのかも知れない。
例えば忘れられた歴史。 例えば隠れて消えた未知の生き物。
それとも、もしかしたら今を視ているのかもしれない。
未だ見ぬ王国か? 深海に潜むと言われる水の大陸? はたまた群雄割拠の亜人の国々?
『イイヤ、オ前ダ』
声が響く。 重く、暗く、響くような声が。
キャンバスが黒く染まっていく。
『逃ゲラレルト思ウナ。 夢ハ終ワリダ』
*
「うわああぁ! ………はぁ……はぁ……夢…?」
不可思議な夢、見たこともない空の夢。 聞いたことの無い恐ろしい声。
しかしなんだ? この胸に飛来する感情は? まるで取り返しがつかない事をしてしまったような、とんでもない焦燥感は。
これではまるで………
━━━皆が死んだ日の様では無いか。
「コルヴォ、どうした!」
「あ……師匠……」
「怪我は無いようだな……良かった。 大丈夫か? 何か有ったのか?」
「いえ…ふぅー………何でもないです、ちょっと寝覚めが悪かっただけで」
興奮した体を落ち着ける様に、一息ついたコルヴォに何かが差し出される
「そうか……なら悪いが、これを着てくれ。 広場に行くぞ」
「え?」
ネビアが差し出したのは、喪服だった。
*
「あ……あぁ……あ………!」
葬式が、執り行われている。
辺りに居るのは村の住民達、皆一様に喪服を着ている。
だが、そんな事はもう目に入っていなかった。
ロッソ村の狩人、ウセが死んだ。
死因は、動物用の罠を回収しに行った際、何処からか来ていた魔物による攻撃。
皆が信頼していて、ネビアの家にも肉をお裾分けしてくれていた、実力の確かな狩人が死んだ。
ロッソ村、及び村が所属するキグリ王国での埋葬は概ね土葬である。
「うっ、うぅ……」
遺族が涙を流す間に友人達の手によって共同墓地に墓穴が掘られ。
「我らが同胞、ウセの魂は神の御座す始まりの舟へと還った。 故に、母なる大地へと肉体は還る」
僧侶の男によって死者の印を体に焼きつけられる。
「我らが同胞よ、神の舟、アークスフェリーより我らを見守りたまえ」
そして、故人の遺品を入れた棺桶に遺体は入れられ、埋葬される。
その作業が、否応にも死を告げていた。
「嘘………だ……こんな……ああ」
コルヴォは逃げたした。
葬儀はつつがなく進行している。
~
(なんで……! なんで……!)
「皆………死ぬんだよ……!」
コルヴォは走り出した。
村の外へ。 人の輪の外へ。 誰にも会わない所へ。
「やっと……普通に生活出来たのにッ!」
━━━絶叫。
少年、コルヴォはこれまで三度、住む場所を追われている。
一つ、維持できなくなった実家から。
一つ、引き取ってくれた母方の祖父母達の家から。
一つ、拾ってくれた孤児院から。
これらを追われた理由は、全て住民の死亡。
盗賊の侵入。原因不明の変死。自然災害の犠牲に。
それも、今日の様に、凄まじい喪失感を感じた日の朝。
「もう………沢山だッ!」
信じたかった、偶然だと。
だが、もう無理。 悟ってしまった。
あの夢の声が、葬式をした現実が、もう、誤魔化すことを許さなかった。
「俺が……何をしたッ! 何故俺なんだッ!」
まだ高かった日を黒い霧が覆う。
『貴様ノ父ヘノ報復ガ為ニ』
声が響く。 重く、暗く、響くような声が。
「父さん……?」
『逃ガサヌ。 許サヌ。 全テヲ奪ウ。 例エ貴様ガ知ラズトモ。 最早待ツ必要モナイ』
霧が集まる。 形作る。 蝙蝠の翼が、黒くガタイの良い体を、刃物のような切っ先の尾を。
「魔力ハ満チタ」
「あ………」
「死ネ」
その岩の様な拳が、振り下ろされる。
そっと、コルヴォは目を閉じた。
(あぁ、俺……死ぬんだ……)
━━━破裂音が、辺りに響く
辺りに、肉が付着した音が響く。
あまりの痛みに、痛覚も消えてしまったのだろうか、痛みはない。
見たくはない、自分の死ぬ姿なんて。
しかし何故か、気になってしまった。 怖いもの見たさで、目を、開けた。
━━━そこには、居た。
「人の弟子を………よくもまぁ痛め付けてくれたな?」
「マタ……貴様カッ! グ……クソッ……!」
悪魔が霧散する。
「……コルヴォ」
「は、はい!」
「この剣は常に持っておけと言っただろう」
先日貰った剣を投げ渡すネビア。
危うく落としそうになったがなんとか受けとる。
「師匠……アイツは死んだんですか?」
「腕を破壊しただけだ、死んではいない。 だがその剣には退魔の呪文を籠めておいた、それを持つ限り簡単には手出しできん……周囲にもな」
「………」
「だから………安心しろ」
今まで、見たこともない様な優しい顔をしたネビアをみて。
「はい………はいッ!」
涙が止まらなかった。




