十五話:豪風と幸運
「シルフッ!」
思いもよらぬ登場に、思わず駆け寄ろうと走り出す
───直前でワッカが腕を出した。
「ワッカさん……?」
「シルフ…お前さん本物か?」
この人は何を言っているのだろうか、どこをどう見たってこれはシルフだと言うのに。
そう考えていたのを悟ったのか、ワッカが小声で囁く。
「居るんだよコルヴォ、魔物にも悪魔にも。
そういう奴がな」
「え……?」
下がっていろと言わんばかりに背後に下げられる。
「で、どうなんだ? 本物だって証明出来るかい?」
「………そっか、信じられないか、そうだよね」
「シルフ……」
悲しげな顔をするシルフ、だが、すぐにそれは決意に満ちた表情へと変わった。
「分かった! じゃあちょっと見ててね、もう時間が無いから早く倒さないと………もし信じられるって思ったら守って欲しいかな?」
「シルフッ!」
一瞬、笑顔を見せて、シルフは悪魔の元へと飛び出した。
*
凄まじい風が吹き荒れる。
それは恩人の仇を討たんとするシルフの心情か。 それともその小さな体から溢れ出した怒りと魔力の影響か。
いずれにせよ、相対するものは身の危険をひしひしと感じることだろう。
『人間ハ愚カダナ……』
それでも尚、悪魔は強者であるという態度を崩さない、魔力を温存しながら戦わねばならないとしても、それでも貴様1人には負けないと。
「忠告してあげよっか? 今から君はその愚かな人間にも愚かだって言われるんだよ」
『フンッ、戯言ヲ………』
そして悪魔はその自信の源である必殺の技を使い、姿を消す。
「全く……ネビア様様だよね、《風精の舞/シルフィダンス》」
───ダンス。 そう銘打たれたそれは、使用者であるシルフが踊る様なものではなかった
ただ、立つ。
それだけ、だが、その効果は絶大だった。
『ヌグゥッ!?』
不可視の技。
今まで、発動出来なかったネビアとの戦いとも言えなかったあの時を除き、悪魔に勝利をもたらし続けたその技は、ただ立つだけ、そんな技に呆気なく破られた。
『馬鹿ナ……』
「普通にかかってきなよ、一応先に言っとくけどね、コルヴォ達を襲おうとしたら私のこの肉体を犠牲にしてでもその場から動く前に殺すよ」
悪魔は恐怖した。
決して破れぬ筈だったあの技が、あっさりと破られた事に。
確かに原理は単純なものだった、故郷である魔界、そこへと体を移動させ、相手のいる場所まで座標を合わせてこの現世に戻す。
ただそれだけ、だが………
それを破るとなると、話は別だ
求められる能力は1つ、だがそれは別の世界にまで攻撃を届かせるという無理難題。
それを実現された以上、もうあの攻撃は使えない。
(否、ソレドコロカ逃走経路マデ奪ワレタ二等シイ……)
先程までとは一転、絶望的状況。
だが、悪魔は不敵に、ただ悟られぬ様に、笑みを浮かべた。
*
「つ、強い……」
そう、思わず口に出た。
以前に戦った際には手加減していた。
その事実はもちろん知っていた、だが……
「本当に強い……」
それでも感嘆してしまう程に、それは衝撃だった。
それはワッカも同じだったようで、こちらを止めるために突き出していた手がいつの間にやら下がっている。
「確かにありゃすげぇ…………だがなんであんなに焦ってんだ? あのままいきゃ勝てるだろうに………」
そんな彼が、何やらおかしなことを言い始めた。
「え?」
その言葉に反応し、シルフの顔を見れば、確かに普段の彼女からは想像も出来ないほどに鬼気迫る表情をしていた。
間違いなく有利、それどころか圧勝。
何故あの状況で無事だったのかは分からないが、誰一人欠けることなく、勝利はもう目前に迫っている筈なのだ。
「やっぱおかしいな……精霊はその辺の自然から魔力を持ってこれる種族で滅多なことでは消耗しないはず………なぜあんなに焦ってる?」
「ワッカさん……俺」
「あぁ、加勢するぞ、ありゃ本物だ………最ももう決着は着いちまいそうではあるが……」
「それでも俺は行きます。
守って欲しいって言われたから」
「…………ああ、俺もあの娘に謝っとかねぇとな」
そうして駆け出した瞬間。
確かに悪魔の体はシルフの風邪によって粉微塵にカットされた。
それを見て2人は歓喜に足を止め、また走り出そうとした瞬間。
───粉微塵は、瞬く間に元通り新品に戻った。
*
(今の私なら形状を変えるくらいなら出来そうかな?)
『貴様ハ我ニハ勝テンッ! 絶対ニ、ダ!』
そんな事を考えていると、粉微塵からの再生を果たした悪魔が自分のこの小さな体に向けて、その爪を突き立てんと突撃を敢行する。
それを……
「《蜈ュ繝朱「ィ》」
風の大槌で、押しつぶす。
『グオォッ!?』
「知ってるよ? そんな仮の体を壊した所で死にはしないのはね。
でも魔力には限界があるでしょ? 1から全部体を作るなんて今の君のその魔力の量じゃ出来て2回が良い所だもんね。
ほら、魔力を使って早く立ちなよ、体を作り直すよりかは魔力を消耗しないで済むでしょ?」
『ヌゥ………グオオオオッ!!』
「《蜈ュ繝朱「ィ》」
そうして立ち上がった悪魔の顔を、風の槍で破壊する。
『何故ダ………貴様二ハソコマデノ戦闘能力ハ無カッタ筈ダッ!』
「《蜈ュ繝朱「ィ》、喋っている暇なんて無いよね?」
再び、その頭を破壊する。
「《蜈ュ繝朱「ィ》………あと1回」
そして、すかさず全身を切り刻む。
「? ………諦めたのかな?」
先程までは瞬時に再生していたそのミンチは、ゆっくりと集合しようと蠢いているのみとなっている。
『答エ……ロ……何ヲシタ』
「その状態でも喋れるんだね」
『答……エロッ!』
「何もしてないって言ったら?」
『巫山戯ルナッ!』
「おっと」
瞬時の再生の後に行われた、爪による切り裂きを避ける。
「私は、本当に何にもしてないんだなこれが……《蜈ュ繝朱「ィ》」
そしてその突き出した右腕と両足をまた、粉微塵にした。
『グオォッ!?』
芋虫の様に転がっている悪魔に、右手を突き出し
『マ、待t』
「待つわけないよね、《蜈ュ繝朱「ィ》」
また、粉微塵にした。
「はい、0………ほら、早く起きなよ、じゃないと……────ッ!?」
その時、凄まじい熱風が辺りを覆った。
「し………自然が大量に……消えた……?」
その時、シルフは目の前の悪魔から目を逸らしてしまった。
接近しつつあるコルヴォも、ワッカも、等しく足を止めた。
だが、どんなに小さな活路にも飛びつかんと、死にものぐるいに生きようとした悪意だけは、そのあまりにも唐突すぎるチャンスを掴み取った。
『死ネェッ!!』
「グッ!」
その恩恵は、予想していた事実とは大きく違ったとしても。
『馬鹿ナ……ッ!!』
「危なかったよ……もし君が1回、身体を再生せずに魔力を温存していたら逸らせなかったよね」
その小さな体の、さらに小さな右腕が、すっぽりと無くなっている。
「《蜈ュ繝朱「ィ》」
もう、本当に魔力が枯渇しかかっている守りの無くなった四肢をもぐ。
「これだけやっても君は死なない、実体も、魔力も無くなっても、まだ生きれて、また魔力を貯められる。
だから……」
ペタリと、気の抜けた音が辺りに届いた。
「コ……コレハ………何故ッ!?」
「霊体封じの札、ありがとうねワッカ、まさかすり替えて持ってるとは思わなかったからすごく助かったよね」
霊体を、魂を、仮の肉体に定着させる。
そんな効果を発揮された悪魔の体は、その四肢から青黒い血を、流し始めた。
「あ!? あいつ………いつの間に……」
そんな声をバックに、私は宣言をする。
「これで君も死ねる」
圧倒的な、勝利宣言を。
「ソウカ、デハ我ハ負ケタノカ………」
「うん、私の勝ちだね」
「屈辱的ダナ………」
「ならよかった、あの人の仇なんだから………
出来るだけ苦しんで死んでね。
確実に殺すために、肉の1片すら残らぬように、辺りの風を残った左手に全て集める。
「本当二屈辱的ダ………」
「《蜈ュ繝朱………」
───まさカ人間のヨうに、幸運なンぞに頼って勝つ羽目になるとはな
そこから数秒の間、私の意識は消えた。
何故か前方から聞こえてきた、『頑健』という言葉を最後に。