十四話:開始
獣の息遣いのような、そんな乱れに乱れた呼吸が、最早殆ど人の居なくなった村に木霊していた。
「6回目、それが限界か? コルヴォ」
返事は、無い。
「ふむ……とうとう明日がXデーだなコルヴォ?
この数日でなかなか強くなったじゃないかコルヴォ。
だかその技は乱用するなよ、負担が大きすぎる。
体の事を考えるなら使っても日に4回、それ以上は止めておけ。」
都合四度、コルヴォの技を受けながらも、傷どころか、埃一つ立てさせなかった彼女が、倒れ伏した自分の顔を持ち上げて言う。
「コルヴォ、あの本は読んだな? なら……
~~
「どうしたのコルヴォ? そんなに考え込んで」
そんな、昨夜の事を思い出していると、シルフがこちらを覗き込んでいた。
「いや、大丈夫だよシルフ。
ちょっと昨日の事を思い出してた」
「ははーん? さては私の体、思い出しちゃってたね?」
右手を口に当て、悪戯っぽく笑いながら。
小さな少女の姿をしたシルフが言う。
そう、先日の夜にやっと、体の修復が終わったのだ。
とはいえ、彼女に言わせれば。
『君のスキル………強撃だっけ? あれも耐えられないような間に合わせの体だけどね』
とのことだが。
「ははっ、そうだって言ったら?」
「そうだねー……そこまで魅了しちゃったのなら、君が死ぬまでずっと取り憑いてあげるよね」
「じゃあ違うって言ったら?」
「それなら……私の魅力がわかるまで取り憑いてあげるよね」
さも当たり前だと、そう言わんばかりに宣言するシルフ。
そんな姿を見て
思わず、笑ってしまった。
「お? ちょっと笑いすぎだよね? 私取り憑いちゃうよ?」
「ははっ、ごめんごめん、でもそれならさ」
「ん?」
「勝たなきゃな」
「…………そうだね!」
(こんなことを思うのは半ば俺のせいで死んだウセさんとシルフには心外かも知れないが………俺とシルフは結構似てる)
ただ生きているだけで、何かが起こって、日常の中の何かががあっという間に変わってしまう。
そんな経験をした二人だからか、共通して、ある思いを抱いていた。
【一緒にいると何処か安心する、やり遂げたい事をする迄は、絶対に変わらないで居てくれるから】と。
だからこそやれるだけのことはやったし、自分は幸運にも見舞われて、技のような物も身に付けられた。
「お前らな……いちゃつくのも良いがもう始めるぞ?」
「「いちゃついてないです(よ)!」」
(だから、これはいちゃついているのではなく、この安心感を捨てたく無いだけの、共依存)
それを二人ともわかっているから、敢えてだらだらと日常を堪能したがっている。
「はいはい……んじゃあコルヴォ、剣を出せ」
だが、何かしらの区切りとなる出来事は、あの悪魔との戦いは、もうすぐそこに迫っていた。
そして、コルヴォは言われるがままに、剣を付き出す。
「霊体封じの札、これを剣に貼れば良いんだったよな?」
「ええ、お願いします」
シルフが風を集めて、あの切り札を何時でも出せるようにしている。
ワッカが片手で大剣を重そうに持ちながらも、普段通りの口調とは裏腹に魔力を集めて、何時でもかかってこいと、そういわんばかりに真剣な顔をしている。
自分も、剣を差し出しているのでせめてと剣を持っていない左手に魔力を集めて魔法を何時でも打てる準備を欠かしてはいない。
つまり、あの悪魔がノコノコと剣から出てこようものなら、一瞬で叩きのめされるような、気迫、体調、等々等が完璧で、準備万端。
━━━━だった。
「…………ん? 貼ったが何にもならねぇぞ……?」
「あれ……?」
あの悪魔が、出てこないのだ。
「あ………」
人は、いや知性あるものならば、過ぎ去った事をどうしようもないタイミングで、嫌になるほどに鮮明に思い出すものだ。
例えば、必死に一夜漬けをして、全て覚えたつもりになっていただけで散々だったテストが終わった後、友達と談笑しているときに20分は悩んだ問題の答えを思い出すように。
旅行に行こうと車に乗り、目的地に着く5分前、家に財布の入った鞄を忘れたことに気付いてしまう様に。
シルフは、とある事を思い出した。
あの時、何もわからぬままにこの肉体を壊されたが 、それでも、その手口のほんの一端を、理解出来ていたことを。
「コルヴォ! ワッカ! そいつは……ッ!」
そして、それを伝えていなかったことを。
~~
その時、背後で風船が破裂したような音がした。
「なんだ!?」
慌てて振り向くワッカを他所に、自分は何も出来なかった。
(今の音……ちょうどシルフが居たところから聞こえた)
そんな疑念を感じたから。
現実を直視したくないと、子供が駄々をこねるように、頭からの命令を無視し、頑なに何も無い前を向き続けた。
覚悟は決まらなかった。
だが、それは否応なしにやってくる。
「馬鹿野郎! 避けろッ!」
突き飛ばされ、上からワッカが降ってくる。
そして見てしまった。
シルフが、何処にも居ないという現実を。
『避ケタカ……マァイイ、コレサエ無ケレバ我二負ケハナイカラナ』
そう言いながら霊体封じの札を破り捨てているあの悪魔がいるという現実を。
見てしまった。
「コルヴォ、立てるか?」
「………許さん…」
「コルヴォ……?」
乗っかっているワッカをやや乱暴にどけ、立ち上がる。
もう札の着いていない剣を、しっかりと握りしめる。
『来ルノカ? 我ノ姿ヲ見タダケデ怯エテイタ子供ガ随分ト勇マシイジャナイカ』
「もう誰1人……命を奪う事は俺が許さんッ!」
「コルヴォッ! 戻れーッ!!」
『フンッ、ドウ許サント言ウノダ?』
なんだかんだお前はこの中で1番弱いのだから、1人では無理だから戻れと、ワッカは言う。
「こう……するんだッ!」
だが、その声は彼には届かない。
(馬鹿野郎ッ! シルフは、精霊は体を壊された位じゃ死なねぇってお前が1番よく知ってんだろうがッ!)
冷静にそう思っていても、万が一、シルフが不意打ちを狙っている可能性を捨てきれないワッカは、それを口には出来なかった。
「『剛撃』ッ!」
先日と同様に、創造した動きを、スキルを使った。
師であるネビアからは一日に5度、その後も戦いたいなら4度迄に抑えておけと、キツく言い含められた切り札とも言える技を、早々に切った。
(その首をたたき落としてやるッ!)
『フム………ハァッ!』
頭を狙い、振り下ろされるそれを、あろう事か、悪魔は拳で殴り返した。
「な………!?」
あまりにも無謀な行動、その代償は……
『流石二無傷ト言ウ訳ニハ行カンナ』
その握り拳に深々と突き刺さった剣。
そして
『ムゥンッ!』
「………ッ!?」
「更に握って止めた………!?」
格上に無謀にも戦いを挑んだ己への代償は。
『ハァッ!』
手痛すぎる、反撃。
(ゆ……揺れる……)
『マダアノ強大ナ魔力ノ持チ主ハ来テイナイ様ダガ……マァ良イ、ソレヲ待テル位ニハコノ体ヲタ保テル』
そう言いながら、悪魔は1歩、また1歩と倒れた自分に近付いてくる。
『モウ貴様ハ用済ミダ、惨タラシク殺シテヤルゾ、我ガ一族ノ仇、ソノ息子ヨ』
(仇……?)
聞き慣れない言葉を疑問に思ったその時。
「『剛撃』ッ!」
『ムウッ!?』
ワッカが悪魔に斬りかかった。
しかし
『素晴ラシイ威力ダナ? 魔力ハ温存シテオキタイト言ウノ二………』
頑健の要領だろうか、魔力を込めた手にあっさりと受け止められていた。
「本当に化け物だな……悪魔は金級の冒険者が推奨レベルだと言うが…明らかにそれ以上だ」
『世辞ヲ言ッタ所デ死ヌコトニハ変ワランゾ?』
「そいつぁ残念だ、ま、こいつは返して貰うぞ」
そう言うと、ワッカは拳に刺さったままになっていたコルヴォの剣を抜き取った。
『ム?』
「ほれ、持っとけコルヴォ」
「あ、ありがとうございます」
投げ渡された剣を受け取り、構える。
『ソレデドウスルノダ? 貴様ラ二人ナラ勝テルトデモ言イタイノカ?』
「どうだろうな、でも1人でやるよりゃマシだろ」
『無駄ナ事ヲ……大人シク死n……』
その時、聞き覚えのある声が響いた。
「でも三人なら勝てるね 《蜈ュ繝朱「ィ》」
そして、悪魔を凄まじい風が吹き飛ばした。
「シルフ………ッ!!」
「まだ気を抜いちゃ駄目だよね? 大丈夫、一緒にあんなやつ倒しちゃうよ!」
そこには、頼もしい仲間がいた。