十一話:嵐の前に
区切りいいところで一回切りました
「あと三日、と言ったところか」
あくまでも冷静に、ネビアがコルヴォにそう言い放った。
~~
「ふー………」
『そう、それでいいよ、最低限で駄目ならもっと集めて一度出してしまえばいいんだよね』
右の手のひらだけに、魔力を集めているコルヴォと、それを指導するシルフ。
いま、コルヴォは始めての成功を納めようとしていた。
「コルヴォ、二匹行ったぞ!」
「はい!」
村長の声に反応するように、コルヴォはその右手の魔力を解放する。
「《風短刀/ウィンドダガー》」
それは、第二位階の風魔法。
その魔法によって産み出された不可視の短刀が、最下級の魔物であるゴブリン二匹の内、一匹の首を正確無比に貫き、絶命させた。
残されたゴブリンは困惑しつつも、目の前にいる自分よりも弱そうな人間に対して、そのボロの剣を振り上げる。
「『疾風斬り』」
が、驚くべき速度で振るわれたコルヴォの剣によってその首と胴が分断され、ゴブリンの命は終わりを迎えた。
少しはなれたところから村長のワッカが走ってくるのが見える。
「ふぅ………」
(今日は俺だけでもゴブリンを20匹は倒してる、村長が倒したのも含めたら60匹は倒してる筈だ。
それなのに………)
『あ、また南東の方に8匹走ってきたみたいだね』
まだ、こいつらは途切れない。
「わかった、だが余裕のある内に魔力の回復をしとけよコルヴォ。
指輪に魔力はあとどれくらい残ってるんだ?」
「まだ36000も残ってますよ。
村長こそ魔力大丈夫ですか? 魔法の練習中はずっと一人でやってもらっちゃってますけど……」
近くまで来た村長のワッカがかけてきた言葉にそう返す。
傷薬を塗りながら、俺はまだ大丈夫だとワッカは笑っていた。
「にしてもコルヴォ、随分と魔法が上手くなったじゃねぇか! もう第二位階か!」
「シルフにしっかり教えてもらいましたからね、感謝してますよ」
『風のことなら誰よりも詳しい自信があるよ、風の精霊だからね!』
誉められて気分が良くなったのだろう、シルフが無意識につむじ風を発生させていた。
それをワッカが何処か孫を見るような目で見ていた。
「よし! んじゃあ次いくかぁ!」
「はい!」
『おー!』
~~
時刻は夕暮れ、太陽が今日の役目を終えて刻一刻と帰宅する時間。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……ゴホッ! ゴホッ! あー……最近事務仕事ばっかりだったから……体力が落ちてやがるな……」
結局、俺達はこの時間になるまでゴブリンやらコボルドやらといった最下級の魔物を狩り続けた。
「何匹くらい倒したよ……ええ?」
「さぁ…どうでしょう。 でも200匹は倒してますよ。
そこから数えていませんから」
『二人合わせて386匹だよー』
「ああ、数えてたのかシルフ」
「そんなにか……昔は魔力さえあればいくらでも戦えると思ってたもんだが………実際にそうなると参るもんだな」
「ははは、でもずいぶん強くなった気がしますよ」
「そりゃああれだけ倒せば強くもなるさ」
お互いに疲れきっている状況、余り働かない頭を使っての会話は必然的に今日一番感じていたことになった。
「にしても本当に魔物も逃げ出すんだな……」
それは、今日狩った魔物全てが、住みかを投げ捨てて逃げてきていたことだ。
「ええ、正直俺も実際に見て驚きましたよ。
しかもあと二日でこれを起こした奴と師匠が戦うなんて………もう一生分驚いてますよ」
「でも嬉しいこともあるだろ?」
「え……?」
(師匠が負けるかも知れない事態になってるのに嬉しいこと?
そんな事あるわけ……)
「あと二日で、お前に取り憑いてる悪魔は死ぬんだ、めでたいことだろ?」
「…………ッ!!」
「違うか?」
「いえ、めでたいです………本当に」
「ま、魔女サマが心配なら悪魔をぶっ殺した後に助けに行きゃあいいのさ」
「…………ええ、そうですね」
「さあいくぞ、あと二日しかねぇんだ! しっかり魔物共を倒して強くなんねぇとな」
休息もそこそこに、ワッカが村へと歩き出す。
『私も一応ね? 体が間に合いそうだから戦えるよ』
「ありがとう………二人とも」
(三人でなら………アイツだって倒せる筈だ……!)
そう決意新たに、思い起こすのは昨日の夜、シルフが取り憑いた後のこと。
*
ネビア宅の居間に、三人の人が集まっている。
今日起きた出来事を師に話そうと呼び止めたコルヴォと、それを聞いているネビア。
それに、暇だからとネビアにチェスを挑みに来ていた村長のワッカである。
「……と、そういうことが起きました。
アイツの言葉が真実ならば、近い内に妖精すら撃ち破るような悪魔が強大であると、そう言った何かが来ます」
真剣に、されど突拍子の無いことを言うコルヴォの言葉を聴いて、ネビアはしばらく思い詰めるように黙っていた。
「それは………なんだ、判断が難しいな……魔女サマ一人で何とか出来るんなら皆を避難させる必要は無いんだが……?」
村長が何処か現実味を感じられていないような、そんな雰囲気でネビアに意見を求める。
「そう、だな……」
そして、ネビアが口を開く。
「………あと三日、と言ったところか?」
あくまでも冷静に、そう言い放った。
「それは………その何かが来るまでの時間か?」
「そうだ」
「なんでわかったんだとか、そんな事はもう聞かねぇよ、どうせ魔法だろ? 大切なことは一つだけだからな。
勝てるか?」
村民の命を預かる立場だと、そう深く理解しているからか、ワッカは淡々とネビアにそう投げ掛ける。
「…………そう、だな…………」
表情こそ変わらなかったが、その口調には明らかに、苦々しいものを含んでいた。
「わからんな」