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恋愛短編

高慢と偏見と予知能力〜貧乏令嬢のわたし、未来が見えるので仕方なく命を救ったところ、クソ傲慢公爵と結婚するルートに乗ってしまいました〜

作者: 白色矮星

「きみのような女性と結婚する男は、この世でもっとも不幸な人間となるだろうな」


そういったのは、ヴァーミントン公ジェイク・ヴァーミントンだ。

歳はわたしより七つ上の二十五歳、両親が早世したために莫大な財産と広大な公爵領を受け継いでいる。

堂々たる体格ながら、顔は甘く、黙っていればまさに貴公子としかいいようがない。


黙っていれば、だ。


いまさきほど、わたしが酒をかけたのがよほど腹にすえかねたらしい。


さきほどから、ちくちくと嫌味を言い続けている。


しかし、わたしだってかけたくてかけたわけではないのだ。


ここで彼の服を濡らさねば、彼の弟が死んだのだ。今日、彼はわたしより一歳歳下の弟を連れて、ここ、コヴェントリーホールでのダンスパーティーに現れた。


ダンスとは、つまるところ、年頃の貴族の子息たちが、自らの家格と釣り合いつつ、見た目もどうにか満足できる相手を探すためのものだ。


ヴァーミントンの二人はともに独身、今日のパーティーでは最高の家格と見た目の持ち主だ。兄のジェイクは女より武芸にばかり興味のある変人ともっぱらの噂だったが、弟のフェローは今日が社交会デビュー、女性陣はおおいに浮き足立っていた。


次男とはいえ、天下のヴァーミントン一族だ。下級貴族の女からすれば、最高の相手といって差し支えない。


とくに、ギュンター伯の次女ヴェリスタシアは本気も本気だった。フェローを口説き落とすために、なんとこのホールの地下の小部屋に〝愛の巣〟を用意してあるのだ。百本のろうそくで飾りつけ、真ん中に大きなベッドを置いてある。


はっきりいってバカだ。そして、実際にいまから二時間後にろうそくが倒れ、大火事となる。客のほとんどは問題なく避難できたが、フェローだけは屋敷から出てこれなかった。ヴェリスタシアが、フェローと愛を交わすために、彼をベッドにしばりつけていたからだ。


あわれなフェロー。


というわけで、わたしは彼を救うことにした。


助けられる命を救うのは、未来が見える人間の責務だ。


しかし、未来を変化させるのはなかなかに難しい。

運命には復元力があるのだ。

わたしが予知できるほどにまで確定した流れを逸らすのは、なまなかではない。


じっさい、わたしがためした大半の事柄は無意味に終わった。


わたしはまずヴェリスタシアに警告した。

「ろうそくに注意して」と。

彼女の返事は「なんのこと? そもそもあなただれ? ああ、貧乏貴族の五女ね」だ。

もちろん未来に変化はない。


続いて、別の女性と話していたフェロー本人を捕まえて「本日はお早めに帰られますよう」と、注意する。


フェローはきょとんとしていた。


少し離れて壁にもたれていたジェイクがじろりとわたしを睨んだ。


さて、予知はどうか。

だめだ。変わらない。


というわけで、三度目の正直。

わたしはジェイクに近づいた。

グラスを手に「こんばんは」と頭を下げる。


ジェイクは見向きもしない。

なに?女嫌いとは聞いていたけど、返事すらしないだなんて!無礼にもほどがある。


しかし、わたしは怒りを抑えた。

人ひとりの命を救うためだ。

イラついている場合ではない。

もう一度繰り返す。


「こんばんは。わたくしーー」


「放っておいてくれないか? わたしは君のような女性がいちばん嫌いなんだ。フェローがダミステ家のお嬢さんと仲良く話している邪魔をしてまで、自分を売り込もうとし、あいつがダメなら今度はわたしか? 君には君にふさわしい相手がいるだろう。身の程をわきまえたまえ」


怒りを抑えようとはした、が、さすがにこれほどの侮辱は我慢できない。


「わたしがあなたや弟さんの気を引こうとしたですって? 冗談じゃないわ。あなたみたいな傲慢な男と結婚するくらいなら、一生独身の方がましよ」


「では、なぜわざわざ声をかけた?」


「なにも死ぬことはない、そう思ったからよ。わたしは未来が見えるの」


ついつい本当のことをいってしまった。

酒が入っていたとはいえ、馬鹿だ。

未来が見えるなんて話、いままで誰も信じてくれたのとがないのに。


案の定、ジェイクは大笑いした。

まわりの人間が私たちを見る。


「はっはっは! これは傑作だな。身の程を知らんだけではなく、頭までおかしいとは。君の両親はいったいどんな人間なんだ? 本当に貴族なのか?」


わたしの怒りは限界を超え、わたしはグラスの酒を彼にかけた。


瞬間、未来が変わったのを感じた。

見える。彼はいまから10分後にフェローを連れてホールを出る。


ジェイクが懐から真っ白なハンカチを取り出し、濡れた服に当てる。


で、彼は散々嫌味を言い続け、いちばんはじめの


「きみのような女性と結婚する男は、この世でもっとも不幸な人間となるだろうな」


という台詞につながったのだ。


もう十分だ。酒をかけた分の非礼は十分に返してもらった。


わたしは「失礼」ということすらなしに、踵を返してホールから立ち去った。


フェローをはじめ、会場のみなみなは完全に頭がおかしい女だ、という感じでわたしを見送った。


翌朝、わたしがダイニングテーブルに着くと、家族の皆が大騒ぎしていた。


父さんーー我ら貧乏貴族一家の当主だ。世渡り下手、口下手な活字中毒だが、いつも家族のことを思っているーーが、新聞を手にいった。


「リリア、お前、昨日、コヴェントリーホールに行ったろう? お前がホールを出た後、何があったか知っているか?」


「なに?」わたしは紅茶を飲みながらいった。


父が興奮したように新聞を振る。

「火事だ!柱一つ残らず焼けた!」


「亡くなった人はいたの?」


「いや、怪我したものすらいないらしい」


もちろんそうだとも。わたしが予知した通りだ。


母さんがいう。

「まあ、ほんと恐ろしいこと。それで、夕べ、あなたがすぐに寝てしまったから聞かなかったのだけれど、どうだったの? 誰か素敵な殿方とお知り合いになれた?」


父さんが肩をすくめる。

「呆れたな。火事よりも結婚話か?」


母さんが目を細くして父さんをにらむ。

「当たり前でしょう? リリアは器量がよくないのだから、少しでも若いうちに結婚するしかないのよ」


いや、そこまで? わたしは気を悪くした。たしかにわたしの髪は霞んだ黄色だし、顔にはそばかすも散っている。でも、緑色の目はきれいだと言われることもあるし、足はけっこう長いのだ。


長女のカルミラ姉さんがいう。

「そうそう、わたしのように美しければ幾つになっても相手は見つかるけれどねえ。あんたは地味だから」


カルミラは今年二十四歳。かなり危険な年齢だが、たしかに派手な美人だし、選びさえしなければ相手もいる。選びさえしなければ、だが。


カルミラは家格がらつりあっていない大貴族の長男ばかりを狙うのが仇になっている。


次女のスカーレット姉さん、三女のアレクサンドラ、彼女と双子で四女のエレミアが頷いた。


スカーレットがいう。

「ほんと、地味よねえ」


大きなお世話だ。こう見えても、わたしには相手がいるのだ。まだ出会ってはいないけれど、来週のコヴェントリーホールでのパーティで出会う予定なのだ。ここから数マイル先の弱小領主の三男だ。


彼は小太りだし、覇気もないし、財産も少ないけれど、子供思いのいい父親になるのだ。わたしの趣味の読書にも口を出さない。わたしは彼と共におだやかな人生を送り、八十三歳で肺炎で亡くなる。


文句の付けようがない。


そのとき、突然、玄関の呼び鈴が鳴らされた。


母さんが「こんな早くに誰かしら」とつぶやきながらダイニングを出た。


十秒後、「リリア!リリア!いますぐいらっしゃい!」と金切声があがった。


父さんが、お気の毒様、という目で見てくる。

母さんがこういう声を出すときは、いつもろくなことにならない。


玄関に出てみると、驚くべきことにジェイク・ヴァーミントンが立っていた。


手に父さんと同じ新聞を握っている。


「探すのにずいぶん手間取った。君に聞きたいことがある」

彼が苛立った口調でいう。


瞬間、わたしは未来が変わるのを感じた。


ビジョンが見える。

いまから五年後ほどか。

わたしは結婚しているらしい。

とてつもなく立派なダイニングテーブルに座っている。明らかに弱小貴族の三男の家ではない。


長いテーブルの向こうに座っているのは、威圧するような大男、ジェイク・ヴァーミントンだった。


いま、そのジェイクが新聞を突きつけている。

「どういうことだ? きみはなぜ知っていた!?」


とんでもないことになった。

どうしたわけか、わたしの結婚相手は、この男に代わってしまったらしい。


この傲慢でいやみったらしい上流家族に。


こんな男と一生を共に過ごす?


冗談じゃない。


わたしは両手を握りしめた。

なんとしても、未来を変えてやるわ。




ふだんはハードSFを書いてますが、悪役令嬢ってある意味、超能力者だよなあ…と思ったので、ちょっと書いてみました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いやこれ面白いじゃないですか。中編化した方が良かったのでは? [気になる点] 今気が付きましたがこの手の作品って「転生」「純愛」「悲哀」が多くて「未来予知」作品って逆に新鮮なのでは? [一…
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