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 そして、マミの助けになればと、大した蓄えはなかったが、少し融通した。すると、お礼にと、ラブホテルに誘った。


「そんなつもりじゃ……」


「ええ、分かってるわ。でも、私がそうしたいの。……あなたのことが好きだから」


 マミはそう言って、すがるような目を向けた。そして、マミの弾むような乳房に触れながら、その若い肉体に溺れるのを感じていた。――



 マミを知ってからは、芳美を抱けなくなっていた。


「上司との徹夜麻雀で疲れた」


 そんな嘘を言い訳にして……。



 それで芳美が勘付いたのか、


「……母の具合が良くないの。暫く行けないわ」


 そんな電話を寄越して、来なくなった。


 俺はこれ幸いとばかりに、マミと頻繁にラブホテルで会った。そして、その度に、幾らかの金をやっていた。――そんな関係が数ヵ月ほど続いた頃だった。気が付くと、蓄えが底を突いていた。


 そんな時だった。開店して間もなく、矢田が血相を変えてやって来た。


「マミを知らないか?」


「来てないけど、どうしたの?」


 ただ事ではない矢田を、タヌキが心配した。


「……騙された」


 矢田が肩を落とした。


「騙されたって、何を?」


 矢田の肩に手をやると、座らせた。


「……金を」


 矢田のその言葉に俺は愕然(がくぜん)とした。心当たりがあったからだ。


「金って、いくら?」


 丸椅子のタヌキが、親身になって訊いた。


「百万ぐらい」


「百万?」


 タヌキが驚いた。


「老後の生活費にと、コツコツ貯めた金だった」


「どうして、そんな大切な金をやったの?」


「弟の学費と母親の入院費が必要だと言われて」


(!……)


 俺に言った内容と同じだった。……俺も騙されたのか?


「月末に少し払えるからと言うんで店に電話したら、辞めたって。行方を(くら)ましやがった」


「……そんな子に見えなかったけどね」


 タヌキがため息を()いた。


「俺だってそうだよ。清潔感があったし、(うぶ)な子だと思ってたよ」


 矢田は、ヘルプが作った焼酎のウーロン割りを一気に飲み干した。


 ……俺も、矢田同様に餌食にされたのか。深い失意の底に落とされた思いだった。



 それは、出勤前のコーヒーを飲みながら、テレビのニュースを観ている時だった。


「――詐欺の疑いで逮捕されたのは、クラブホステス、田淵浩子(たぶちひろこ)容疑者、23歳で――」


「アッ!」


 思わず声が出た。テレビに映ったその顔は、紛れもなく、マミだった。


「――調べによると、店の客を言葉巧みに騙し、相当の金銭を得ていたとのこと。他にも余罪があると見て、捜査しています」


 ……詐欺容疑?最初から金が目的だったと言うのか?あの微笑みも、あの涙も、すべてが演技だったと言うのか?


 初めて出会った時に抱いた、マミへの淡い恋心が、俺は、……悔しかった。




 それは、雨の夜だった。店の前で拾ったタクシーに客を乗せると、ビニール傘を差して見送っていた。走り去ったタクシーにお辞儀をしていると、後方から走ってきたバイクの音と共に、ヘッドライトが俺の背中を照らしていた。振り向いたそこには、俺を目掛けてくるバイクの(まぶ)しいライトがあった。――



 足に怪我を負った俺は入院を余儀(よぎ)なくされた。あの事故の時の俺の姿は滑稽(こっけい)だったに違いない。おかっぱのかつらは脱げ、唇からはみ出た口紅は、“おてもやん”のように頬紅になっていた。それにしても大した怪我じゃなくて良かった。それに、バイクの運転者の前方不注視による過失が認められ、治療費や失業補償などで当面の生活は保障された。



 見舞いに来た榎田から貰ったピンクのガーベラがある病室の窓からは、鰯雲(いわしぐも)が覗いていた。榎田に不釣り合いな可憐(かれん)な花を見た時は、その対照に失笑した。そんな、昨日のことを思い出していると、ノックがあった。思い当たるのは、榎田ぐらいだ。また来てくれたのかと思いながら、


「はい、どうぞ」


 と答えた。だが、違っていた。開けたドアのそこには、作り笑いをした芳美の顔があった。俺が驚いていると、


「大丈夫?お見舞いに来たわ」


 そう言って、手にしたオレンジ色のガーベラを肩口に上げた。


「……ありがとう」


「あら、ピンクのガーベラ、綺麗」


 そう言いながら、同じ花瓶に挿していた。


「……どうして、知ったんだ?」


「どうしてだと思う?」


「……さあ」


「一度、尾行したことがあるの」


「……」


「他に女がいると思って。そしたら、女装バーに入ったから、びっくりしちゃった」


 芳美は、窓辺から空を見上げていた。


「……言えなかった。馬鹿にされると思って」


「あら、どうして?立派な職業じゃない」


 顔を向けた芳美が微笑んだ。


「……えっ?」


 それは、意外な答えだった。


「だって、あなたが好きでやってるんでしょ?あなたの天職なのよ。きっと」


「……かな」


 思いもしなかった言葉が芳美の口から告げられていた。


「……母が死んだの。末期がんで」


「えっ?」


「で、東京に引っ越そうと思って。会社にも近くなるし」


「……」


「アパートでも借りるわ」


「な?」


「ん?」


「……一緒に暮らさないか」


「えっ?」


「……言うのが遅くなったけど、……結婚しないか」


「……本気なの?」


「ああ。……何が大切なのか、分かったような気がする」


「……あなた」


 芳美は傍に来ると、俺の手を握った。


「悪かった。気付くのが遅くて」


「ううん」


「時間帯が逆になるが、いいか?」


「ええ。これまでのように、休日にいっぱい甘えるから、大丈夫」


 そう言って、優しい目で俺を見つめた。






 大切なものが何かを教えてくれた芳美に感謝した。そして、俺を分かってくれていたのも芳美だ。少し遠回りしたが、芳美が三十歳になる今月の誕生日に籍を入れよう。芳美との新たな生活に、俺は大きな夢を膨らませていた。――







 完

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