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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第一章 第三節 動き始めた運命
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10 視線

 トーヤはシャンタルをじっと見つめた。


 初めて見た時はここよりもう少しだけ遠く、もう少しだけ高い位置から見た。

 なので距離はほとんど変わりないだろう。目のいいトーヤが見て(かろ)うじて表情が見えるぐらいの距離だ。


 あの時、広場に集まった民を見下ろしていた横顔が、今度はこちらを見下ろしている。

 謁見の間で見た、あの深い深い緑色の、ガラス玉のような瞳がこちらを見ているのだろう。

 あの空虚(くうきょ)(ひとみ)が。


「よう、あいつ、本当にこっち見てんの?」


 トーヤがマユリアに投げた問いかけに、その場にいた全員が戦慄(せんりつ)した。 


 マユリアを「あんた」呼ばわりして親しげに話しかけた時には凍りついた者たち。

 だが、今度は全体がざわつき、中には「ヒィッ」と小さく声を上げた者もある。


 マユリアの時には本人もその場にいて、笑ったり親しげにしていたので呆気にとられていた部分もあるが、さすがにさらに(とうと)唯一(ゆいいつ)の存在に対して「あいつ」とは……


 だが、マユリアはやはりまた笑って言った。


「シャンタルがご覧になっていたので、それでわたくしがここに来たのですよ」

「ほんとかよ……」


 そう言って、トーヤがマユリアから視線をまたシャンタルに戻した瞬間!


(な、なんだよ、これ……)


 トーヤの瞳の中に緑色の瞳が飛び込んできた。

 目と言うより脳髄(のうずい)を直接焼かれるような、そんな力が流れ込んでくる。


 トーヤの世界が2つの緑の瞳でいっぱいになる。


(見てる……こっちを見てる……)


 ガラス玉だと思っていた瞳が、距離を飛び越えてトーヤの瞳を焼き尽くす。


 トーヤは息もできず、金縛りにあったように動けなくなった。


(マジで、なんだこれは……なんだよこれ……これ……)


 時間が流れているのかどうかも分からない。

 一瞬のような永遠のようなその時間、トーヤはその瞳に縛り付けられ続けた。


 ふいっといきなり力が抜け、トーヤは辛うじて姿勢をその場に(とど)めた。


 背中一面に汗が吹き出しているのを感じる。

 全身の熱をその汗が奪っていったかのようだ。


(なんだったんだ、今のは……)


 ようやく戻った呼吸が肩を激しく上下させる。


「ご覧になっていらっしゃったでしょう?」


 何事もなかったかのようにマユリアが言う。


 気が遠くなりそうだ。

 ガンガン鳴る耳の奥にその言葉がこだまする。


「さあ、どうぞ続けてください。わたくしは戻ります」


 満面に笑みを浮かべて言うマユリアに、トーヤ以外の全員が頭を下げて見送る。


 トーヤは一人、激しい心臓の動きを押さえるべく、呼吸を整えるしかできずにいた。


(あいつ、あいつら、なんなんだ……)


 トーヤは怖気(おぞけ)だった。


 忘れようと思っても緑色の瞳が脳の中心に焼き付き、その周囲で優しい声が(うず)を巻く。


 気づけばシャンタルの姿はなく、(ひざまず)いていた人々も、次々と立ってはそれぞれの場所に戻っていった。


(誰も、誰も今のに気がつかねえのかよ……)


「トーヤ、トーヤ、よう、どうしたんだ?」


 ハアハアと肩で息をするトーヤにダルが話しかけた。


「え、あ、いや……」


 見れば額にも汗がいっぱいだ。


「どうなさいました」


 ミーヤも心配そうに覗き込む。


「いや、いや……なんでもねえよ……」


 とてもなんでもないとは思えない。


「なんでもないことはないでしょう、本当に何が……」


 つい先程まで、みんなが肝を潰すほど大きな態度を取り、みんなが憤慨(ふんがい)するのも忘れるほどの傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度を取っていたトーヤが、まるで(たましい)を抜かれたかのように真っ青な顔をして全身から汗を吹き出させている。

 ダルが、ミーヤが、フェイがどうしていいものかとひたすらトーヤを見ている。


 すると、


「さて、マユリアのお言葉もあった。修練(しゅうれん)するのに手伝えと言うのなら手伝わないこともないが?」


 皮肉そうに笑いながら、ルギが4人に向かってそう言った。


「どうするのだ?」

「い、いや、あの、今日はもうやめとくよ」


 あたふたとダルが言うと、ルギがさらに楽しそうに続けた。


「そうだな、もう一人の方も今日はそんな余力もなさそうだしな」


 悔しいがルギの言う通りであった。


 あの一瞬、いや一瞬かどうかも分からないあの時間を経験して、トーヤは全身から力を奪われてしまっていた。今はこうして立っているのがやっとの状態だ。


「……るせえよ……今度見とけよ……」


 その状態でも、負けん気でようやっとそう言い返すと、どしっと地面に尻もちをついた。

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