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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第一章 第三節 動き始めた運命
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 8 一触即発

 ダルの今回の滞在予定は5日であった。初日は移動、2日目、3日目、4日目が訓練、5日目が移動で帰宅する日である。


 2日目、訓練初日にひぃひぃ言いながら基礎の基礎をなんとかクリアしたダルは、訓練2日目は筋肉痛の上にもっとひぃひぃ言いながらも思った以上の上達を見せ、なんとかかんとか今回の最終日を無事に迎えることとなった。


「まだまだだけどさあ、おまえ、本当に素質あると思うぞ」

「そう、そうか? でももう体中ギシギシ言ってどうにもこうにも。3日にしといてよかったよー」


 訓練の合間にそんな会話をしているトーヤとダルを見ながら、ミーヤがくすくす笑い、


「大変でしたね、一休みしましょう」


 と、菓子とお茶が乗った盆を運んできた。


「ありがとうございます、助かったあ!!」


 小さいフェイも付いてきて一緒にくすくす笑う。


「フェイちゃんにまで笑われたよー」


 ふえ~と言いながら芝生の上に腰を下ろす。


 訓練をしている場所は「客殿」前の広場だ。

 花壇や小さな池もあるが、かなりの広さで訓練に使うことに許可をもらえた。


 この広場の向かい側、「前の宮」の前にはもっと広い広場がある。

 以前、初めてトーヤがシャンタルを見たあのバルコニーの下の広場で、「客殿」の広場との間は生け垣で仕切られている。


 物珍しさからだろう、前の宮からも客殿からもちらちらと侍女たちが様子を伺っているのが見える。侍女だけではなく衛士(えじ)(なが)めていることがある。


「ちょっとした見世物だよなあ」


 お茶を飲みながら楽しそうにトーヤが言う。


「最初は緊張したけどそのうち慣れちゃったな」


 ダルも楽しそうに言う。


「今度は俺がカースに行くよ、そこでもしごいてやるからよ」

「うへえ~お手柔らかに頼むよ~」


 そばで見ているとすっかり仲の良い友人だ。トーヤには計算ずくの部分もあるのだが、人の良いダルを気に入っているのも本心であろう。


「それにしてもあれだな」

「なんだ?」

「せっかく訓練して少しは動けるようになってるんだ、誰か他のやつと手合わせとかしても面白いかもな」

「いやいや、無理だって、トーヤが合わせてくれるからなんとかなってるんだからさ」

「それはそうだが、最初に言っただろ、俺のは我流(がりゅう)だって。せっかくこんだけきちんと訓練受けてる衛士の皆さんもいることだし、誰かに」


 そう言ってルギを振り返る。


「よう、ルギさんよ、あんた、ちょっと相手してやってくれねえかな?」

「ちょ、トーヤ、無理だって!!」

 

 体の大きな見るからに強そうなルギを見てダルが慌てる。


「いいだろ? ちょっと相手してやってくれよ」

「断る」


 即答。


「そう言わずにさ」

「私の使命は供をすることだけだ」

融通(ゆうずう)利かねえなあ、そのぐらいいいじゃねえかよ、どうせそうして暇してるんだしよ」

「断る」

「あんたさあ、そもそも気に入らねえんだよ」


 取り付く島もないルギの態度に、さすがにトーヤがいらついた顔を見せる。


「いつもいつもどこ行くにもだまーってくっついてきてさ、何するわけでもなく人のことをじろじろじろじろ見やがってよ、気分わりぃんだよ」

「私は供をするのが使命、それを守っているだけだ、そちらの気持ちや都合は関係ない」


 険悪なムードになってきてダル、ミーヤ、フェイの3人が顔色を変える。


「そんじゃマユリアに頼んできてやるよ、その命令なら聞くんだろ?」

「馬鹿なことを言うな」


 初めてルギが感情をわずかに表情に乗せた。

 不愉快そうだった。


「マユリアの命令なら何でも聞くんだろ? だからそう言ってもらうってんだよ」


 ルギは何も言わずギロリとトーヤを(にら)みつけた。

 大抵の者は身をすくめて退散するようなその目つきにトーヤはニヤリとする。


「初めて反応してきたな。いっつもいっつも何言っても何しても丸無視(まるむし)しやがってよ」

 

 また元通りに表情をなくして無視をするルギを、さらに刺激するようにトーヤが続ける。


「マユリアに言いつけるぞ、おら」


 小馬鹿にしたような言い方に、ルギの目に怒りが(ほの)見えた。


 慌ててミーヤがトーヤを止める。


「そのぐらいになさってください、ルギにはルギの役割があります」

「そのぐらい分かってんだよ、でもな、そんでもやっぱり気に入らねえ」

「トーヤもういいって、やめてくれよ、な」

「な、じゃねえよ、もうおまえの問題じゃねえんだよ、分かんねえのかよ、そのぐらい」


 ミーヤとダルが止めるのをトーヤが払いのけるようにそう言い、その様子を見てフェイが両手をギュッと握りしめたまま動けなくなる。


「なあ、いいだろ? なんだったらダルじゃなくて俺とやろうぜ、え?」


――じゃりっ――


 トーヤが足元の砂を音を立てて踏みにじり、模擬刀(もぎとう)を手に受け太刀の姿勢を取る。


 ルギは返事をせず、怒りをにじませた目をでトーヤを見返す。


「断る」


 それでも断固としてそうとしか答えないルギに、トーヤが(しび)れを切らしたように言う。


「そんじゃこっちは勝手にかからせてもらう。痛い目するのが嫌ならせいぜい避けるんだな」

「やめてください!」


 いつぞやトーヤが殴りかかろうとした時のように、ミーヤがトーヤにしがみついて止める。


「殴っても殴られたままになるって言うんだろ? けどな、今度はこれだ」


 模擬刀(もぎとう)をヒュンと振る。


 「下手に当たると死んじまうからな、避けるぐらいするだろうさ」


 真剣と同じぐらいの重さのある模擬刀である。

 刃を潰してあっても急所に当たると致命傷(ちめいしょう)にもなりかねない。


「さあ、構えないととっとと行くぞ。あんた、ケガするからどいとけ」


 そう言って、今までに出したことがない力で、それでも転ばないぐらいの力加減でミーヤを押しのけた。


「やめてください!」


 蒼白(そうはく)になって叫ぶミーヤ。


「どいとけ!!!!」


 トーヤが今まで見たこともないぐらい冷たい目でミーヤを目で(せい)した。

 もう一度トーヤにしがみついてでも止めようとしていたミーヤが思わず足を止めてしまうほどの視線。


 幼い頃から戦場を生き抜いてきた兵士の目。

 初めて見せるトーヤのもう一つの顔であった。

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