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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第一章 第三節 動き始めた運命
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 7 ダルの訪問

 あの事件があった翌日から、ミーヤの態度が少しばかり変わった。気をつけて見ていなければ分からないぐらいだが、トーヤとの距離を少し開けている感じがする。

 

 トーヤは了承していた、多分、距離を開けているように見せているのだと。

 信じてくれとミーヤは言った、どんな態度を取ろうとも、トーヤを思ってやってくれているのだと。


 だがフェイには分からない。見ようによっては今までと変わらないようにも見えないことはない。だがやはり微妙に距離を感じる。

 自分がキリエに報告をしたせいなのではないか、と一人密かに苦悩(くのう)をしていた。


 そんな頃、以前からの約束の通りダルがシャンタル宮にやってきた。


「すげえな、トーヤ……」


 トーヤが過ごしている最上級の客室に通され、どこに身を置いていいものやらと落ち着くことができない。


「すげえ部屋だよなあ、本当。目が覚めていきなりこれだったんだぜ? 俺がどんだけびっくりしたか分かるってもんだろう、な?」

「うん……」


 トーヤが話しかけても上の空なのは仕方がない。

 そわそわと忙しく周囲を見渡しながら、自分がそこに近寄っていいのかと迷うように色んな場所に行っては何にも触りもできずに戻る、を繰り返していた。


 トーヤはダルの夢を覚ますのは申し訳ないなと思いながらも、


「でもな、おまえが帰ったらもっと小さい部屋に移ることになってんだよ」

「え、なんで? トーヤなんかやらかしたのか?」

「失礼なやつだな~、違う違う、広すぎんだよ、立派過ぎんだよここはよ。だからもっと小さい部屋に移してくれって頼んだんだ」

「そ、そうか、そうだよなあ、こんな部屋、一人じゃとっても持て余すよなあ」

「だろ? やっぱりダルは話が分かるってもんだぜ。ミーヤなんかな、そう頼んだら何か不満か? って聞いてきた」

「これで不満なんてそんなこと言う人間があるはずないよね」

「そうそう、そうなんだよ、さすがにちょっとずれてるよな、ミーヤのやつはよ」


 2人でミーヤを(えさ)に話をしていると本人がやってきた。


「誰がずれてるんですか?」

「おあ、聞かれたあ!!」


 トーヤがふざけてベッドの上に転がりダルが笑った。


「お久しぶりです」


 ミーヤも笑いながらお茶の乗った盆をテーブルの上に置く。


「お、お久しぶりですミーヤ様!」

「ミーヤでよろしいですよ、私は一介(いっかい)の侍女ですし」

「いやあ、じゃあミーヤさん、で」

「じゃあそれで結構です。私もダルさんで構いませんか?」

「いいっすよ! あ、いいですよ!」


 慌てたように言い直すダルに、またミーヤがくすくす笑った。


 ミーヤは本当によく笑う。

 久しぶりに屈託(くったく)なく笑うミーヤを見て、トーヤも楽しくなった。


 久しぶりにトーヤの客室に笑い声が戻った。

 フェイも小さな胸を撫で下ろしていた。


「おっ、ちび来たか、こっち来いよ。ダル、こいつが俺の第2夫人のフェイだ、よろしく頼む」

「第2って、じゃあ第1は?」

「私ではございませんからね?」


 ミーヤがそっけなくそう言う。


「つれねえな~そんじゃちびが第1に決まりだな。ほら、ダルおじさんに挨拶だ」

「フェイと申します、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします、って、誰がおじさんだよ、トーヤ」

「そりゃそう言われて返事したやつだな」

「おい」


 トーヤとダルの軽口の応酬(おうしゅう)にフェイがくすくす笑った。


 楽しい、とても楽しい。

 フェイは心からそう思ってもっと笑った。

 その日は一日中楽しかった。

 この宮に来て初めてだとフェイは思った。


「そんじゃ明日から訓練するぞ、きびしいが泣かずに付いてこいよ」

「了解です」


 ダルがドンと胸を叩いた。


 明日からも楽しければいい。

 フェイはそう思ってさらに笑った。


 翌日、朝のうちは少しゆっくりしてダルに宮の中を案内した。

 ダルはどこを見ても口をぱかーんと開けて感心するばかりで、


「おまえ、口閉じろよ、そのうちゴミだらけになるぞ」


 と、トーヤに突っ込まれていたが、


「宮にはゴミなどございません」


 と、トーヤはさらにミーヤに突っ込まれていた。


 昼食後(これがまた豪華でダルは噛むことを忘れたように口を開けて見とれていた)、ついに訓練が始まった。


「なあに、訓練ったってな、おまえは剣を持ったことすらないんだから、基礎の基礎からだ」


 そうは言うものの、トーヤ自身はそれこそ本当の訓練なんぞほとんど受けたことがない。大部分は子供の頃からの戦場稼ぎで目で見て覚えたもの、我流(がりゅう)無手勝流(むてかつりゅう)だ。

 多少は傭兵の時、正規の訓練を受けた仲間からやその時属した軍で訓練の真似事のような物は受けたことがあるが、それも自分流の補足と言っていいレベルだった。


「ってわけでな、偉そうに言ったものの、俺が教えられることってのはそんなに多くない。それでもな、ガキの頃から戦場を走り回っても今まで生き残ってきた腕だ、おまえが自分で身を守れるぐらい、多少鍛えるに役に立つぐらいのことは教えてやれると思ってる」


 最初に正直にそう告白すると、ルギが用意してくれた模擬刀(もぎとう)を握るところからダルを指導する。


 ルギが用意してくれた訓練用の武器は、トーヤの憶測を外れてかなり本身に近い物であった。刃がないだけでほぼ真剣だ。


「大丈夫か、いきなりこんなん持って。あんたさあ、初心者相手だって分かってんのか?」

「私も最初はそれぐらいのものから始めた。教える方が間違いさえしなければ問題はない」

「つまり、ダルがケガとかしたら、この剣を選んだあんたじゃなく俺のせいってことだな?」

「そうなるな」


 トーヤが文句をつけると表情も変えずそう言い(はな)ち、


「それに、そのぐらいの方がいざと言う時に使いやすかろう」


 と付け加えた。


「そりゃどういう意味だ? いざって時ってどんな時だ?」

「それは自分で考えるといいだろう」

「あんたのそういう物言いはほん好かねえが、まあいいやとりあえず準備してもらってありがとな」


 トーヤはむっとしながら一応礼を言う。


「ってわけでな、おまえがケガしたら俺のせいになるから気をつけて持てよ」

「ええっ!」


 ダルはいきなり重い真剣みたいな模擬刀を持たされておたおたする。


「重い……」

「そりゃ真剣みたいなもんだからな」

「大丈夫かな、俺……」

「知らんが気をつけろ」

「トーヤあ~」

「まあなんでもいい、とりあえず構えてみろって。筋肉つけたいんだろうが」

「うう、がんばってみる……」


 両手で剣を持つが、へっぴり腰でぐらぐらと揺れている。


「おまえー(かり)にも漁師だろうがよ、もっと腰入れろって」

「ううー」

「しょうがねえなあ」


 トーヤが近寄って手を()え、持ち方を修正する。


「な、こうして持つんだよ、指はここにこう。な、少しは持ちやすくなったろ?」

「本当だ」

「そんじゃ構えて、そう、そうだ」

「うん」


 なんだかんだ言いながらトーヤはなかなか教えるのがうまいようだ。理屈ではなく体で教えるタイプだが、ダルもなかなか飲み込みが早い。

 

「そうだ、そうそう、うん、うまいじゃねえかよ、やっぱおまえ剣の素質あるわ」

「そ、そうか、うん、なんかちょっと分かった気がする」

「そんじゃその型で100回振ってみ」

「え、100回!? 無理だって!」

「無理無理言ってたら上達しねえぞ。とりあえず100回目指してやってみ」

「うう……分かった、やってみる」


 と、がんばって振ってみるが、元の筋力がないもので10回も振るとふらふらになってきた。


「しょうがねえなあ。まあ無理しても続かねえし、ちょい休め」

「助かった……」


 そういう感じで休んでは少し動き、少し動いてはまた休むを繰り返しながらも、少しは形になっていく。


 そうして訓練初日は過ぎていった。

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