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10 残されたものたち

「シャンタル……シャンタル……」


 ラーラ様はいつも座っている椅子にかけ、寝台に伏せるようにな姿勢で、ただただその名前を繰り返してはしとどに涙に濡れていらっしゃる。


「ラーラ様……」


 ネイは、どうしてさしあげればこの涙を止めることができるのだろうと考えながらも、何をしてさしあげることもできない。


 シャンタルは本当には亡くなってはいない、仮死状態になる薬を飲まれただけだ。

 その事実をもちろんラーラ様はご存知だ。だがやはり形だけでも命を失った状態であること、無事に助けられるのかの不安、それにシャンタルがこのまま自分の元を去るという事実だけでも耐えがたいのかも知れない。


「ラーラ様」

 

 シャンタルの寝室に入ってきたマユリアが声をかける。


「たった今、無事に終わったようです。キリエが報告に参りました」


 それを聞いてさらに激しく泣き出した。


「ああ、シャンタル……今頃、冷たい湖に……」


 その様子を見て、マユリアが美しい(かんばせ)に憂いを乗せる。


「ラーラ様、お気持ちは分かりますがしっかりなさってください、本日よりは次代様が当代シャンタルになられたのです。そしてラーラ様はシャンタル付きの侍女なのですよ。お役目がございます」


 言葉を聞き、ラーラ様が涙も言葉も止め、信じられないという顔でマユリアを見る。


「ラーラ様のお子様は先代だけなのですか?」


 そう言われても言葉が出ない。


「少しばかり(とう)が立ってはおりますが、わたくしもまたラーラ様を母とも姉とも慕うものです。どうぞそれはお忘れになってくださいますな」


 そう言ってラーラ様の傍らに膝をつくと、その膝に軽く手を置いて下から見上げた。


「どうぞ母として強くおありください。それがシャンタルの、いえ、先代の望みでもあるとわたくしは思います」


 ラーラ様はじっとマユリアを見下ろしていたが、


「分かりました」


 しっかりとそう言うと、


「わたくしのお務めを務めさせていただきます。次代様、いえ、シャンタルの元へ参ります」


 そう言って椅子から降りてからマユリアに跪き、シャンタルの寝室から出ていった。


「ネイ」

「あ、はい」


 マユリアがネイを見て言う。


「これからもラーラ様をお願いいたしますね」

「はい、もちろんでございます」


 ネイもそう言うと跪いてから出ていった。


 マユリアは主を失った寝室を見渡すと、誰に向かってか頭を一つ下げてから2人の後を追うようにして出ていった。




 キリエはシャンタルの埋葬から戻ると自室で濡れた服を着替え、すぐにシャンタルの私室へと足を運んだ。そして無事にすべて終わったことをお伝えする。


「お疲れさまでした。では次はルギが戻ったら教えて下さい。それまではおまえも少し休みなさい。疲れたでしょう」


 マユリアにそう(ねぎら)われ、執務室ではなく自室へ戻り、少し体を横たえた。


 沈んでいく棺、いくら見せかけだけ、中ではシャンタルが眠っておられるだけ、トーヤたちが引き上げてくれるのだと思っても、叫びだしそうになるのを我慢するには鉄の意思を必要とした。


「疲れた……」


 思わずそうつぶやく。


 今頃、湖では無事に引き上げ作業が終わっているはず。


「ご無事なはずです、ええ……」


 そう自分に言い聞かせながら、少し休もうとキリエは目をつぶった。




 客室係の控室で、ミーヤとリルはじっと黙ったまま報告が届くのを待っていた。


「さきほどキリエ様がお帰りになったようよ」

「ええ、そのようね」

「ということは、無事に、と言っていいのかしら? 棺は沈められた、ということよね?」

「ええ、そうだと思うわ」


 そう答えながらもミーヤもリルも不安で胸がいっぱいだ。


 無事に沈められたまではいい、果たして無事に引き上げられ、無事にシャンタルは息を吹き返されたのだろうか。


「お気がつかれたら、その後はもう大丈夫よね」

「ええ、そう思うわ、大丈夫のはず」


 誰かに聞かれるはずはないと思いながら、はっきりと誰がどうと口には出さずに何回も2人で繰り返していた。




 マユリアは、ラーラ様の後を追うように、今はシャンタルとなられた次代様の部屋へ入った。


「どうされていますか?」


 にこやかに乳母にそう聞く。


「はい、さきほどお乳をたくさん飲まれて今はお休みになられています」

「そう、よかった。お疲れさまです」

「あ、ありがとうございます!」

「シャンタルもお休みですし、おまえも少し休みなさい。ここはわたくしたちで見ていますから。子の元へ行ってあげなさい」

「ありがとうございます」


 そう言ってシャンタルについていた乳母は控室へと下がっていった。


 乳母として上がる時、望めば女の子限定ではあるが、自分の子を連れて宮へ入れる。そして他の乳母と交代した時には共に過ごせる。そのために乳母にはそれぞれの個室も与えられている。もちろん、共用のスペースもあり、そこで他の乳母たちと話したり、お互いに子の面倒を見合ったりもする。そうして個々に長さは違うが、任期を終えたら十分過ぎる報酬を受け取って家へと戻っていくのだ。


「静かにお休みですね」

「ええ」


 マユリアとラーラ様が静かに眠るシャンタルを見つめる。


「この方が十年の月日を健やかに平和に過ごせますように」


 マユリアの言葉にラーラ様とネイが黙って目を伏せた。

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