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 6 侍女たち

「なぜそんなことを? 一侍女見習いにこのような高価、いや、値もつけられぬような芸術品を……」


 戸惑いながら神官長が侍女頭に尋ねる。


「託宣について何故(なにゆえ)と問うなどそれこそ意味のないことです。当代があの棺を使うように、そうおっしゃったので使っただけのこと」


 にべもない言葉が返ってくる。


「ですが」

「いくらお尋ねになられても私どもはお返しする言葉を持ち合わせてはおりませんので」


 鉄壁の侍女頭には取りつく島もない。


「さようですか……」


 神官長は見た目と同じように弱々しくそうつぶやくと、もうその後は何も言うことができなかった。


「では、神官に運ばせましょう。どこへお運びすれば?」

「シャンタルの寝室へお運びするように、とのマユリアのご指示です」

「分かりました」


 そう言って頭を下げると、神官長は託宣の品々が収められた部屋から出ていった。

 キリエは表情を変えることなくその後ろ姿を見送る。


 間もなく6名の神官が部屋へ入ってきて、指示通りに黒い棺をシャンタルの寝室へと運ぶ。

 廊下に並ぶ侍女たちがみな涙を浮かべてその様を見つめていた。


 当代シャンタルは人形のように美しい、だが本当に人形のように意思をお持ちではない方であった。

 それが、亡くなる少し前からは人にお戻りになったように、お美しく、お可愛らしく、それまでは直接触れ合うことが一切なかった侍女たちにまで、あのお声で名を呼んだり、話しかけたりしてくださっていた。


 短い間だからこそ余計にそう思うのかも知れないが、本当に愛しいお方であったのに、どれほど素晴らしいマユリアにおなりになり、どれほどお美しく成長なさっただろうか、そのような思いで奥宮の侍女たちは自分の役目を果たしながらも、誰もが涙にくれていた。


 それは前の宮でも同じことであった。


「ねえ、ミーヤとリルは奥宮に出入りを許されるようになって、シャンタルにもお会いしたんでしょう?」

「奥宮の方がいかにシャンタルがお美しくてお可愛らしいかを聞かせてくださったわ、どんな方だった?」

「どうしてこんなことになったの? 何か知ることはないの?」


 溢れる涙を拭くこともせぬ同僚の侍女たちに取り巻かれ、色々と聞かれる。


「それは私たちも一緒……どうなっているのか分からないわ……」


 黙り込むミーヤの隣でリルが(うつむ)いてそう答える。


「ええ、一時的に奥宮に呼ばれてお手伝いには行ったけれど、すぐに客室係に戻ったし」


 ミーヤも精一杯そう答える。


 本当のことを知る2人だからこそ、下手なことは言えない。


「その客人の方々、月虹兵というお役目に就くんですってね。そして2人がその係に就くのよね、驚いたわ」


 シャンタルのことを外れてそのことも聞きたがる。


「ええ、客人お二人がその任に就かれるので、そのまま慣れた私たちがお世話をということになったみたい。お話によるとこれからまた月虹兵を増やすとかで、それに合せて侍女の数も増やされるみたいよ」

「じゃあ、私たちにもその機会があるかも知れない?」

「そういうことになるんじゃないかしら、そこまで詳しいことは私たちにも分からないけど」


 リルが含みを持たせてそう答えると、前の宮の、特に行儀見習いとして入っている侍女たちから、リルも選ばれたことで「もしかすると自分たちも役職に」と、わあわあと期待を込めた声が上げる。


 その騒ぎに紛れるようにして、リルがミーヤをそっと引っ張ってその場を離れる。

 客室世話係の控室に入り、ほおっと息を吐く。


「リルがうまく話をしてくれてよかったわ。私だけだったらどうなっていたか」

「そういうのは任せて」


 そう言っていたずらっぽくと笑う。


「これまではうまく予定通りにいってるようね」

「ええ」

「月虹兵のお二人はどうしてるのかしら」

「洞窟で待機しているのだろうとは思うけれど」


 まだトーヤはこの国に、この宮にいるのだがもう会うことは叶わない。そう思うとミーヤはまた胸をキュッと締めつけられたように感じた。


「いよいよ今日の夕刻ね……」


 リルの言葉にミーヤが言葉なく頷く。


 ここまではうまく進んでいる。「うまく」という言い方をすると語弊があるかも知れないが、仮死状態のシャンタルの死は侍医によって確認された。神官長も王宮からの使者もみんなが認め、国中の者も悲しみの中で本当のこととして受け止めている。「うまく」進んでいる、と言っていいのだろう。


「次はトーヤたちが無事にシャンタルを助け出してくれる、きっとうまくいくわ」

「ええ」


 それが一番大きな課題である。


(俺は、あの夢と同じことが必ず起きると思ってる)


 トーヤの声が頭の中で響く。


 これでいいのか、もっと他にやっておくことはないのか、安心できるようなことは、そう言ってうなだれていたトーヤの姿を思い出す。

 溺れるシャンタルの姿を思い出し、その感覚を思い出し、あれが実際に起きることだと確信しているトーヤの姿を思い出す。

 シャンタルの不思議な力を認めるがゆえに、あれが実際に起きたこと、それを過去のと言っていいだろう、トーヤに助けを求める声として送ってきたと認めるしかないと考えているトーヤの姿を思い出す。


「どうか、無事で……」


 思わずミーヤは両手を組み、頭を下げて祈っていた。

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