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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第六節 旅立ちの準備
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14 水先人 

「おお~」

「まあ」


 トーヤはニヤニヤと、ミーヤはニコニコしてそれだけを言った。


「いや、あのな、まあ、な……」


 そう言いながら真っ赤になって頭をかく。


「よかったじゃねえか!」


 そう言ってトーヤがダルの背中をドンッとどやしつけ、


「おめでとうございます、本当によかった」


 ミーヤがそう言って目を潤ませる。


「あ、ありがとう」


 照れくさそうに頭をさらにガリガリとかく。





 遠くからでもダルがアミを抱きしめているのが、そしてどうやらアミがタオルを顔に押し付けて泣いてるのが見えたのだろう(漁師やその妻たちは目がいいのだ)、浜にいた女たちが駆けつけ、事の顛末(てんまつ)を知って大騒ぎになった。


「おまえ、いきなりなんてこと!」


 ナスタが目を三角に釣り上げてダルの頭をはたく。


「ほんっとに情緒ってもんがないんだからこのバカ息子は!」

「そうだよねえ、こういうのは好きだって言ってからそれからだよね」


 他の女たちもそうだそうだと口を揃え、ダルが細長い身を縮こませる。


「おばさんたち、許してやってよ。ダルはこういうやつだってみんな知ってるじゃない」

「そりゃまあ、そうだけどさ」


 まるで他人事(ひとごと)のようにアミが言う。

 なんだか誰がどんな立場なのか分からないような感じだ。


 そうして、そうなったからにはとっとと夫婦にしてしまおうと、村ぐるみで結婚式の準備が進められているそうだ。


「でな、来月式挙げることになった」

「早いな!」


 何しろ村中がダルがアミを子どもの頃からずっと好きなこと、そしてアミもそうだということを知ってジリジリとして見ていたのだという。


「もうこれ以上待っていられないよ、ねえナスタさん」

「そちらさえよければこちらはいつでも」


 アミの母とそう言ってとっとと話を進めてしまう。

 その日、漁から男たちが帰ってきた時にはもうほぼ話は決まってしまっていた。






「すげえなかあちゃん……」


 トーヤが豪快なダルの母、ナスタを思い出して恐れ入る。


「でもそれってあの翌日ってことは二十日ほど前のことだろ? そこまで急げ急げってのなら今すぐにでもって言い出しそうなのにな」

「うん、そこなんだよ」


 ダルが姿勢を正して言う。


「リルさんのお父さん、アロさんから伝言があるんだ。キノスから西の端の港までオーサ商会の船に乗っていかないかってさ」

「え?」


 聞くところによるとリルのところに父のアロから手紙が届き、知り合いの船までオーサ商会の船で送っていきたいとのことらしい。


「ちょうどアロさんもそこまで行く予定があったのを少し早めて送ってくれるって」

「って、いいのかよ、おい……」

「俺、元々何がどうなっても、トーヤと一緒に西の端の港まで一緒に行こうとは決めてたしな」

「え?」

「だから、かあちゃんたちがすぐにでもって言ってたのを伸ばしてもらってたんだ」


 アロの話ではキノスから外を回るので陸路と同じぐらいの日数はかかるらしいのだが、どうせならそこまでお送りしたいそう言い出したらしい。


「トーヤが言ってた定期航路の話があるだろ? そういうの含めてもっと話をしたいと思ったらしい。それとリルさんも思い付いて聞いてみてくれたみたいだ」

「リルが」

「うん」


 今はもうすべての事情を知るリルが、少しでも力になれることがないかと船を出す予定がないかを聞いてみてくれたらしい。


「明後日、シャンタルを引き上げたらそのままキノスまであの船で渡る。その日は一日どこかに泊って、翌日オーサ商会の船に乗せてもらうってことになった」

「いつの間に……」

「まあ2人でそういう話をしたのはちょっと前なんだけど、今その返事が来たからさ」


 そう言ってダルがにっこりと笑った。


「それと、俺もこれから定期航路のこととかお手伝いできたらいいなと思ってそれも言っておいた。あっちまで送って帰ってきたら……」


 ダルが一瞬言葉を止めて、


「俺、アミと結婚するから!」


 そう言ってまた真っ赤になって下を向いてしまった。


「ダル……」


 トーヤがそれだけ言うとしっかりとダルを抱きしめた。


「おめでとうな……」

「うん、ありがとな……」


 泣き虫のダルがまたじわっと涙を滲ませる。


「おめでとうございます」


 ミーヤも一層潤んだ目でダルを見る。


「うん、ありがとう」


 そうして、本当なら交代が終わったらすぐにでもと言っていたのを「宮の役目があるから少しだけ待って」となんとか押し留め、それが一段落したらと約束がなされたらしい。


「そんで、ちょっと心配なことがあるんだが、リルはどうだったんだ?」

「うん。何しろリルさんに勇気もらったし、一番に言わないとと思ってすぐに言ったんだ。何しろトーヤはあんな具合だったし、ミーヤさんは奥宮に行って戻ってこないしどうしようかなと思ったんだけどね」


 ダルはカースから戻った翌日、リルが部屋に来た時に一番に報告をした。


「まあ、よかった……おめでとうございます」


 リルはそう言ってダルの手を握り、


「不思議だわ……もっと悲しいとかさびしいとか、もしかしたら悔しい、憎らしい、そんな気持ちになるかと思ったのにうれしい、幸せです。お友達が幸せになるのってこんなに幸せなんですね」


 そう言って涙を浮かべて喜んでくれたそうだ。

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