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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第六節 旅立ちの準備
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 4 最悪の想定

 マユリアの言葉を聞き、トーヤが驚くほど大きな声で思い切り笑う。


「そうか、なーるほど、最初っからそういう腹だったんだな……いやあ、あんた、やっぱり食えねえわ……」

「トーヤ、何がだよ」


 ダルがトーヤが笑う訳が分からず聞く。


「いや、な、えらくすんなりと後宮入りの話を受けたもんだと思ったら、そうだよな、どっちに転んでもマユリアはあんたしかいなくなるもんな、そりゃそうだ」


 そう言ってさらに笑う。


「つまりな、このお方はさいしょっから後宮へ行くつもりなんかなかったんだよ、なあ?」

「え?」


 3人が驚いてマユリアを見る。


「どうでしょうね」


 にっこりと笑うその笑顔がそうだと言っているようにしか見えない。


「これも天の配剤です、わたくしはそれに従うのみ……」

「そんで、なんか聞くところによるとルギがなんだっけ、なんか官職に就いたんだろ?」


 それは宮での噂話としてトーヤたちの耳にも入っていた。


「すげえな、あんた……自分は指一つ動かず忠実な臣下にご褒美までやっちまってよ、いや、ほんと、大したもんだ」

 

 トーヤがそう言ってもマユリアは(あで)やかに笑うだけだ。


「役職についてもう一つ話があります」


 マユリアがにこやかに続ける。


「月虹兵の発表の時、トーヤもダルと一緒にその任に就いてもらおうと思っています」

「へ?」


 トーヤが気が抜けたような声を出す。


「トーヤも月虹兵ということです」

「いや、いや、それはどうなんだ?」


 トーヤが困った顔をする。


「仮にも託宣の客人を兵として扱うというのはどうかと思わぬことはなかったのですが、ダルが兵として宮に雇われるという形を取ったように、トーヤにも何か形を取ってもらいたかったのです。迷惑でしたか?」

「いや、迷惑とかじゃなくてだな……」


 うーんと腕組みをして考える。


「もちろんお約束の報酬は別にきちんとお支払いいたします」

「へ?いやまあ、そりゃそうだろ、それを給料とチャラにされちゃたまんねえよ」


 それを聞いてまたマユリアがころころと笑った。


「これはもしもの時のため、なのです」

「もしもの時?」

「ええ、この先何が起こるか分かりません。例えばシャンタルとトーヤがこの国に戻ってきた時、何も形がなければそれこそトーヤが勝手にシャンタルを(かどわ)かしたとなることも。それは困るでしょう?」

「困るなんてもんじゃねえよ!」


 冗談じゃないとトーヤが声を上げる。


「そんなもん、しっかり言っといてくれよ」

「何があるのか分からぬのは誰しもが同じです。その時にわたくしが、ラーラ様が、ちゃんとそのことを話せる立場にいられるかどうかも分かりませんし」


 その言葉にラーラ様も目をつぶって頷く。


「物事はすべて最悪を想定して動くもの、ってことか……」

「ええ、そうです」


 トーヤも忘れていたわけではない。いつもそうして生きてきたからこそ今がある、それをちゃんと分かっている。


「分かった、形だけでいいなら俺もダルに並べといてくれ」

「ええ」


 そうして形だけトーヤも月虹兵となることが決まった。


「そんでその初仕事が神様の誘拐かよ。月虹兵ってのはなんでもやるんだな」

「ええ、そのための役職です」


 マユリアの言葉にトーヤがくすっと笑った。


「そんじゃおれも一つ最悪を想定して、ってのを見てもらっとくか」

「なんですか?」


 トーヤがゴソゴソとズボンのポケットから何かを取り出し、


「ほれ」


 と手のひらに乗せて差し出した。


 それは金属でできた何かの部品のようであった。


「それ、あれじゃねえの? あの、シャンタルの……」

  

 ダルには心当たりがあった。

 あの、例の、シャンタルを入れて沈める棺、あのフタを留めるための金具である。


「なんで外してんだよ、それ」

「うーん、まあ色々考えたんだよ、俺も。元々はシャンタルが人形みたいなやつのまま沈めるって想定してたんだが、今はまあ、よーくしゃべるし動くし、なんとかいっちょ前の人間っぽくなっただろ?」


 えらい言い方である。


「だからな、少し考え直してみたんだよ俺も、『最悪の想定』ってやつをな」


 トーヤの言い分はこうであった。


「あの湖、聖なる湖って言うけどな、あれは普通の湖じゃねえ。あの森もな。俺は、その恐ろしさをよーく知ってる」

「そうでしたね」

「もしも、俺があの湖に飲み込まれるようなことがあったらな、俺がいくら助けたくてもシャンタルを助けるってことはできない、これ分かるよな?」


 トーヤの言葉にみんな黙り込む。


「そんなことがあるのでしょうか」


 ミーヤがやっとのように言う。


「あんたが一番よく分かってるだろ? 何しろ俺の状態見てるしな」

「ええ、それはそうですが……」

「まあ、何があるか分かんねえってことだよ、そんだけのことだ、そんな顔すんなって」


 トーヤは軽く言うがもしもそんなことがあったらどうなるのか想像もつかない。


「そうなった時には、もしも、もしもだぞ? 俺になんかあった時には、シャンタルには自分で自分を助けてもらわなくちゃいけなくなる。その時に棺桶のフタがしっかり閉まってたら逃げることもできねえだろ?」

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