7 聖なる湖
「そもそも先に魂を入れ替えたのはシャンタルだ」
「そうか、先に新しい体に入ったわけだからな」
「そういうことだ。だから空っぽになったのもシャンタルが先だ」
「えっと、魂だけが赤ん坊に入ったから、ってことだよな?」
「そうだ、そして空っぽになったシャンタルの体が残った、まずはこっちだ」
「うん」
「その体はな、シャンタル宮近くの森にある『聖なる湖』に眠ってるんだそうだ」
「え、そこに沈めたってことか?」
「簡単に言えばそういうことだ」
シャンタル宮の「奥宮」のすぐ西に深い森がある。
そこは聖なる森として選ばれた人間しか足を踏み入れることを許されてはいない。
そしてその森の中央に「聖なる湖」はある。
「この世界に残って穢れを受けて病気になったシャンタルが次の入れ物として選んだ赤ん坊に入り、空っぽになった体はその湖の一番深い底に眠ってる、って話だ」
「二千年もずっとかよ……」
いつもは冷静なアランがゾクッと身を震わせた。
「ぞっとしねえな……」
「まあな。でもまあ、あの国だったらそういうことがあっても不思議じゃねえな」
「おれ、なんだか怖くなってきた……」
さっきまで話を聞いてトーヤをからかっていたベルの顔色が青ざめているように見える。
「なんだいまさら、最初から不思議な話だっつーてたろうが」
そう言ってトーヤが笑った。
「そうやってまずシャンタルの体を湖に沈めた。そして十年後、シャンタルがまた新しい体に入る時、もう十年がんばっていたマユリアがその体をもらって空っぽになった。その体は『聖なる湖』から流れ出た水が流れ着いた海岸に沈めるようにと言ったらしい。その場所がカースのすぐ西の『マユリアの海』にあたるそうだ」
アランもベルも答えない。
時刻はもう深夜をとっくに過ぎている。
いわゆる丑三つ時に近い時刻、一番あの世に近い時刻。
闇が、今まではなんとも思っていなかった闇が、すぐ後ろから肩を叩くような、そんな気配を背後に感じる。
「本当ならね、今頃はまた私の中にマユリアが入っていたはずだったんだけどね」
意外なほどあっけらかんとシャンタルが言葉を発した。
「おいーやめてくれってーなんか怖い……」
ベルが隣にいるアランの腕にギュッとしがみついた。
「大丈夫だよ」
シャンタルがくすっと笑う。
「どうのこうの言ってもね、やっぱり一番強いのは生きてる人間なんだよ。特にベルみたいに生命力の強い人間にはあの世の者は手出しなんてできないよ」
続けてくすくす笑う。
「あ、あ、あの世の者っ、でえ~ドーヤア~ごわいいいいいいい!」
アランの腕にしがみついたままのベルの両目からぶわっと涙が溢れ出てきた。
その顔を見てトーヤが吹き出し、大笑いし始めた。
「なんって顔してるんだよ、おまえ、なんだよそれ、ぶっさいくだなー」
「るせえええええ、うわあああああああ」
「るせえなあ、手出しできねえって女神様が言ってるだろうがよ、泣くなって、おら、涙ふけっての」
トーヤがポケットからハンカチを出し、斜め前に手を伸ばして涙を拭いてやる。
ベルがそのハンカチをひったくり思いっきり鼻をかんだ。
「きったねえなあ、もうそれ返さなくていいからな!」
ベルは目や鼻をハンカチでこすりながら、段々と落ち着いていった。
「ごめんごめん、怖がらせるつもりはなかったんだけどね、でもそういうことなんだよ」
シャンタルが優しく、だがしっかりとした口調でそう言った。
「そうなんだよな、本当ならシャンタルは今頃マユリアだったんだよな」
アランがぼそっとそう言った。
「今、そのマユリアってのはどこに入ってるんだ? また誰か他の人に交代してんのか?」
「いや、それはないだろう」
トーヤがきっぱりと言う。
「なんでかと言うとな、入れるのが特別な選ばれた体だけだからだ。だからそのへんの誰に入っていいってもんでもないらしい。このシャンタルに入ってないってことは、多分そのまま前のマユリアに入ったままだろう」
「ってことは……」
アランが腕を組んで少し考える。
「それ、ちょっとヤバイんじゃねえのか?」
「かもな」
「ちょ、なんだよ、またなんかわかんねーこと2人で納得してんじゃないよ」
やっと立ち直ったベルが文句を言う。
「あのな、なんでシャンタル十年マユリア十年なのかおまえも聞いてただろ?」
「聞いてた」
「なんでだ?」
「それは、えっと確か……そうそう、穢れるんだよな、うん、そうだ。そんで穢れで病気になる、体がもたない……って、それ、つまり」
「そうだ」
トーヤが頷いた。
「もうおまえらも俺たちがどこに行こうとしてたか分かってるとは思うがな、目的の一つはそれだ。もしもマユリアに助けが必要なら助ける。なんだかんだ言って結局は全部あいつにおっつけて逃げてきたようなもんだからな」




