16 かっこよく
「ちょおーっとまったあ!」
トーヤが慌てたように大きな声を上げる。
「隊長、それはずるいだろ!!」
「何がだ」
ルギがいつものように表情を変えずに言う。
「それはおまえの報酬だろう! シャンタルの路銀じゃねえだろが!!」
ふっとルギがいつものように皮肉な笑顔を浮かべる。
「おまえは言わなかったか? 受け取った後はどう使おうが俺の自由だと」
「それは……」
言った。
トーヤは確かに言った。
『まあ受け取った上でどうするかはあんたの自由だからな、そのへんに投げ捨てようが貧乏人に分け与えようが好きにすりゃいいさ』
トーヤがぐっと言葉に詰まる。
「だから俺はシャンタルの御為にとマユリアがご用意した金として受け取った。それをお渡ししただけのことだ。何か問題があるか?」
「この……」
何か言い返そうとするが言葉が出ない。
「ず、ずるいぞ……」
負け惜しみのようにもう一度そう言うがルギはどこ吹く風だ。
「トーヤ……」
さきほどまで泣きじゃくっていたダルがトーヤの肩にポンっと手を置き、
「諦めろ、トーヤの負けだって……」
そう言って横に首を振る。
「この……」
またルギの悔しそうな顔が見られると楽しみにしていたのに、逆にトーヤが悔しい顔をさせられてしまった……
「ま、まあいい……一度でもあんたのあんな顔見られたからな。まあせいぜいタダ働きがんばってくれよな!」
「トーヤ、言えば言うほどかっこわるいから、な?」
もう一度ダルが首を振りながらポンっと肩を叩く。
「トーヤ、かっこよくなりたいのにかっこわるいの?」
シャンタルが不思議そうな顔でそう聞く。
「お、おま……」
「かっこよくなりたいのよね」
もう一度きょとんとした顔で聞く。
次の瞬間、吹き出すようにして大笑いしたのは誰あろうルギであった。
「そちらも、まあせいぜいかっこよくなれるようにがんばるんだな」
そう言うと苦しそうに腹を抱えて笑う。
つられたようにミーヤとリル、その上キリエまで我慢できないように笑い出す。
「どうしておかしいの?」
シャンタルだけが目をぱちくりとしてトーヤを見上げる。
トーヤは言葉がない。
「トーヤは、本当にトーヤは楽しいですね……」
まだ床に座り込んだままのマユリアもそう言って涙を流しながら笑い出し、ラーラ様もくすくすと笑い出した。
「大丈夫だって、トーヤは十分かっこいいって。まあ今はちょっとあれだけどな」
「おま……」
ダルだけが気の毒そうに慰めるように両手でトーヤの両肩をポンポンと叩いてから押さえる。
「もういい! もう用事が終わったから俺は部屋に帰るからな! 仕事の話はまた今度、だ!」
そう言って乱暴に部屋から出ていこうとして、
「忘れてた……」
そう言って戻って金袋をやはり乱暴に引っ掴んでぷりぷりと怒りながら部屋から出ていった。
ダルが急いで頭を下げてトーヤの後に続く。
ネイとタリアだけはその状況に戸惑うように立ってはいたが、表情は固くはなく、主たちの和やかな様子にホッと胸を撫で下ろしていた。
「はあ……ああ、楽しかった……でもトーヤには気の毒しましたね、後でちゃんと謝っておきましょう」
マユリアが目元の涙を、今はもう喜びの涙か安堵の涙か笑いの涙か分からなくなったそれを拭いながらそう言う。
「ええ、本当に気の毒なことを」
そう言いながら、まだしっかりとシャンタルを抱きしめたままのラーラ様も笑う。
「マユリア、ラーラ様、そのままでは体を冷やされますよ」
座り込んだままの2人にそう声をかけながら、キリエもまだ笑っていた。
「トーヤ様に、気の毒な……」
そう言ってプフっとまだ吹き出すリルに、
「ええ、まあ、でも自分も悪いですから」
ミーヤも笑いながら答える。
わざとなのだろう。
ミーヤはそう思った。
ルギの金のことは思ってもみなかったかも知れない。だが乱暴にシャンタルを扱って自分に叱られたり、あえて何かかっこわるい姿を見せて場を和ませようと、落ち着かせようと思ってはいたのだ。
(そういう人なのだ)
心の中でふっと笑う。今度の笑いは優しい笑いであった。
(トーヤは本当にかっこわるくてかっこいい人です)
そう思うと涙が出てきた。
「ミーヤ?」
「あ、いえ……」
ミーヤがふいっと涙を拭いて、
「笑い過ぎて涙が出てきました……」
「そう、なの?」
リルはなんだかミーヤの表情が言葉とは違う気がしたが、それ以上は聞かずに自分も続けて笑った。
「マユリアのおっしゃるように本当に楽しい方だわ、トーヤ様は」
「ええ、本当に。そしてリルもすっかりトーヤに慣れてしまったようね」
「あら、本当だわ。最初はあんなに怖い人だと思ったのに、今は……ふふふふふ」
そう言って少女2人がころころとまた笑った。
シャンタルだけが何が起こっているのか分からないという風に、
「ねえ、どうしておかしいの? どうして皆笑っているの? トーヤがなにかしたの? トーヤは何を怒っていたの? ねえ」
そういう風に続けて聞き、収まりかけた空気をまた燃え立たせていつまでも笑いが続いていた。




