表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
274/354

 7 怖い

「ミーヤから尋ねられ、マユリアにお話し申し上げました」


 キリエが話を続ける。


「マユリアは、そうですかとおっしゃった(あと)、何もおっしゃいませんでした。ですが後日、その同じ刻限(こくげん)に、シャンタルも何か夢をご覧になって苦しんでいらっしゃったとお聞きして、どうやらその時も共鳴だったのだと分かりました。そしてその()、マユリアはあの『お茶会』を開くことをお決めになったのです」

「なぜですか?」

「マユリアは『時が満ちたのだ』、とおっしゃいました。シャンタルとトーヤの間に確たる『(つな)がり』ができた、そう判断なさったからだと思います」

「あ」


 ミーヤが思い出すように言う。


「そうでした、『お茶会』の始まりはルギが呼びに来たからでした。ルギがトーヤから聞いた話をマユリアに伺ったところ、『言えぬことがある時には沈黙するしかない』とおっしゃって、そしてシャンタルに会っていただきたい、そうおっしゃったからです。最初の『お茶会』にはすでによくご存知だから、とキリエ様はいらっしゃいませんでした」

「そうでしたね」


 キリエも思い出したようだ。


「そう、ですから二度目の共鳴、トーヤが溺れる夢をきっかけに『お茶会』が始まったのです。シャンタルも何かの夢をご覧になったのだと思います」

「わたくしが、夢を……」

「はい、ラーラ様も何が起きたのかと思われたようです」

「わたくしも怖いと言っていたのですか?」

「いえ、『嫌』とおっしゃっていたようです」

「『嫌』と……」

「はい、何度もおっしゃっていられたようです」


 シャンタルが考える。自分も夢を見たのだろうか、そう自分の記憶を探っているように見える。


「水で溺れる夢です」


 ミーヤが念を押すように言う。


「トーヤはそれが怖かった、そう何度も言いました。自分が溺れた海ですらそう怖く思ってはいないのに、と」

「怖い……」


 シャンタルがふっと顔を上げる。


「怖い、とはどのようなことなのでしょう」

「え?」


 まさか、このお方は「怖い」という感情をお分かりではないのだろうか。


「怖い、ということがよく分かりません」

「それは……」


 感情を説明するというのは難しいことだ。そもそも、自分の感情が他の人間と同じものであるかどうかも、本当のところは分からない。ただ、人は、それが同じものだという前提で話をしているだけにも思える。


「怖い……」

「あの」


 ミーヤが聞く。


「マユリアとラーラ様からお離れになり、真っ暗な音のない世界にいらっしゃった時、どのようにお感じになられていましたか?」

「あの時ですか……」


 シャンタルが思い出すように言う。


「どうしてお二人がいらっしゃらないのか、どこにいらっしゃるのだろう、そう思って探していたように思います」

「外がご覧になられなくて怖い、とお思いには」

「見えぬからと言って、特にどうと思うことはありませんでした」

「音が聞こえずに怖い、ということは」

「聞こえぬからと言って、特に何も」

「怖い、とお思いになることは」

「ですから、それがよく分かりません」


 「怖い」という感覚をお分かりではない方に、どうご説明さしあげればよいのか……


「少しお待ちください」


 ミーヤはしばらく考えた後、何かを決断したようにそう言うと侍女部屋へ行き、水がたっぷりと入った大きめの(おけ)を持って戻ってきた。


「何をするつもりなのです……」


 キリエが顔を強張(こわば)らせて聞く。

 キリエには、なんとなくミーヤがやろうとしていることが分かったからだ。


 重そうに水が入った桶を食卓の上に置く。


「今から私が水に溺れるということをお見せいたします……」

「ミーヤ!」


 やはり思っていた通りだ。

 キリエが急いで食卓に駆け寄る。


「馬鹿なことはおやめなさい!」

「いえ、見てご理解いただかないと私にはご説明してさしあげられません」


 きっぱりと言う。


「シャンタル、どうぞご覧ください、これが溺れるということでございます」


 そう言うなり、ガバリと水に顔をつけ、思い切り水を飲み込む。

 

 ミーヤの口から、鼻から、水が入り込む。

 たまらず桶から顔を上げ、ごぼごぼと咳き込むが、またもう一度桶に顔を漬け水を飲み込む。


「おやめなさい!」

 

 キリエがミーヤを抱え込んで止める。


 ミーヤは返事もできずに咳き込み水を吐き出すが、それでもまだ顔を漬けようとする。


「お願いですやめて!」


 キリエが必死でミーヤにしがみついて止める。


「やめて!」


 ミーヤがなおも顔を漬けようとするが、激しく咳き込み、水を吐き出すだけで思うようには動けない。


「やめて、お願い……」


 そう言ってキリエが気付いたように桶を突き飛ばして食卓から落とす。激しい音を立てて桶が水を()き散らしながら床に落ちた。


「やめなさい!頼みます……」


 ミーヤの背を叩き必死で水を吐き出させようとする。


「シャンタル、ご覧になりましたか? ミーヤが今やってみせたこと、これが湖の中で起きるのでございます。シャンタルはこれ以上にお苦しみになり、そして命を失い死ぬのです。それが湖の底に沈むということでございます!」

 

 キリエが涙ぐみながらシャンタルに訴える。


「どうぞミーヤの思いをご理解ください。これほどまでに苦しんでまでシャンタルに怖さを知っていただきたい、そう思った小さな侍女の思いを……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ