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 2 往路

 シャンタル宮からカースへは馬で半日ばかりの距離だった。


 宮殿を出た馬車は一度東へ進んで王宮前を通り過ぎると、山腹(さんぷく)から南へ折れる道を真っ直ぐ下へ降りて王都へと入る。

 王宮へとまっすぐにはつなげていないメインストリートまでまた西へ戻り、そこをさらに海側まで降りて一路カースまで続く海沿いの道を西へ走り続けた。舗装された道は馬車の揺れも少なく、窓を開けて海風を受けながらの道程(どうてい)は快適だった。


 今日のトーヤは質素な木綿のシャツに木綿の焦げ茶のズボンに革のベルトを締め、足にはこれもシンプルな革の靴を履いていた。季節は夏なのでめんどくさい「大臣のおっさんみたいな」上着も必要ない。今までずっとしていたごく普通の服装にほっとしていた。


 馬車の中で向かい側に座っているミーヤは王宮での侍女の服装ではなく、こちらもシンプルな木綿のブラウスにオレンジ色のチュニックのような上着、それから生成(きな)りっぽい色のスカートにハイウエストのサッシュとこちらもシンプルな普通の町娘のような服装だった。髪はいつもの鎖についた飾りは付けず、首のところで上着と同じ色のリボンでまとめてある。


 御者(ぎょしゃ)を務めるルギは、やはりチュニックのような上着を着てはいるが、それは衛士(えじ)のものとは違う色形のものであった。日差しを避けるためにかぶった幅広の帽子と白い手袋が御者らしさを際立たせてはいるが、その服装の下に隠されているガッシリした肉体だけは見る人が見れば分かるだろう。


「よう」

「なんですか」

「あっち行ったらまた公式でなんとかってやることもあるんだろうが」

「そうですね」

「俺がやることとかちゃんと教えといてくれよな」

「えっ?」


 それまで、窓の外を見ながら適当に相槌(あいづち)を打っていたと思ったミーヤが、びっくりしてトーヤを振り向いた。


「なんだよ」

「え、だって、まさかそんなことを聞いてこられるとは思いませんでしたから」

「どういう意味だ」

「だって、公式訪問なんて嫌だって駄々をこねていらっしゃったし、必要なことは私がやればいいかと思ってました」

「なんだよそりゃ」

「本当に子どもみたいな方ですから」


 そう言うと、ミーヤは小さく一つため息をついた。


「最初からそうおっしゃってくださったら、私も色々と思い悩むこともなかったのに……」

「おいおいおいおい、なんだよそりゃ」

「まあ、今回は公式と言ってもお忍びに近いものですからそれほどやることは……そうですね、お礼を言う時に村長にお礼の品を渡していただけるだけでいいでしょう」

「お礼の品って、そんなもん用意してないぞ」

「ええ、ですからそれは宮からカースの村へお届けする物を見繕(みつくろ)っておりますから」

「そうなのか? う~ん、しかしなんだかなあ、礼に行くのに俺は手ぶらってなんかちょっとなあ」

「何を言ってるんですか、最初はちょちょっと見て帰るだけっておっしゃってたくせに」

「そのつもりだったのがしちめんどくさいことになっちまったんだろうが、なったらなったで覚悟決めるってもんだ」

「さようですか」

「なんだよそのめんどくさそうな返事はよ」

「だって実際めんどくさい方ですし」

「あんたなあ……」


 トーヤは口をへの字に結んで言葉を止めた。


「なんですか、おっしゃりたいことがあるならおっしゃってくださいな」

「いや、よくしゃべるようになったよな」

「そうですか」

「最初は持って回ったようなございますーとかそんな言い方ばっかしてたのによ、いつからそんななった?」

「くだけて物を言えとおっしゃったのはそちらだと思いますけど」

「いや、まあ、そりゃそうだけどよ」


 あの日、ミーヤに狼藉(ろうぜき)を働こうとした後、がっくりと力を落としたトーヤがそうつぶやいたのは覚えている。だが実際にそういうことになるとは思ってもいなかったのだ。




「俺があまりにへこんでるので、どうすればいいのか考えてくれてたんだろうな。あの木の話だってそれで考えてなんとか引っ張り出して話してくれたんだろうよ。まあろくに返事もしてやらなかったんだがな、あの時は」

「やっぱり優しい人だなミーヤさんって」

「そうだな」

「なんだよ素直だな、ちょっと気持ちわりいな」

「いや、今にして思えばってやつだ、気にするな」

「そうか? だったら気にしないよ」


 そうからかいながら、ベルはちょっと複雑な笑顔を浮かべた。




 カースへの途中、一度馬車を駅に停めて小休止(しょうきゅうし)した以外はまっすぐに西へ走り続けた。

 長いようで短いその路程、想像以上に話が(はず)んだ。

 思えばミーヤも王都に来てからの年月、ほとんど外に出ることのない生活をしていたのだ、久々の外出に心が弾んでいたとしても不思議はない。


「そんなに外に出ることが少ないのか」

「はい、シャンタル宮と王宮の敷地から出ることはほとんどございません。私は王都へのお使いに何回か行ったことはございますが」

「ってことはだ、俺に王都を案内してやれって言われても困ったんじゃねえのか」

「それは、まあ色々と準備を整えればできないことはありませんが、それほど詳しいわけではありませんので。ですから今回カースへと言われた時は正直ちょっとほっといたしました。カースへも一度お礼に行かねばと思っておりましたので」

「あんたがカースへ行くつもりだったのか?」

「ええ、お世話役を拝命(はいめい)しておりますので」


 トーヤはう~んと一度首を捻ってから聞いた。


「なあ、なんであんたが世話役やってんだ?」

「それはマユリアからそう拝命したからですが、お気に入りませんでしたか」

「そういう意味じゃねえって」

「さようですか、でしたらよろしいですが」

「ケンカ腰になんなよ、なあ」

「別にケンカ腰になんてなっておりませんが」

「いや、なってんだろうよ」

「そうですか」


 ミーヤはツンと窓の方を向き、トーヤははあっとため息をついた。


「そういや言ってなかったっけかな……」

「何をですか?」

「俺のな、育ての親と言ったら大げさだが、母親が死んだあと色々世話をしてくれたやつの名前がミーヤってんだよ……」

「えっ」


 ミーヤが驚いて振り向く。


「だから、初めて名前を聞いた時は驚いたな」

「それで……」

「ん?」

「あなたが初めて目を覚ました時、名前を呼ばれたような気がしたんです」

「あ、ああ、呼んだかも知れねえな」

「一瞬のことで、何か聞き間違えたのかと思ったのですが、そうでしたか……」

「あんまりはっきりは覚えてないんだがな、女の声が聞こえたのでミーヤかと思った気がする」

「そうだったんですか……」


 しんみりと下を向くミーヤにトーヤも黙り込んだ。


「それで……」

「え?」

「それで、その方はどうなさってるんですか」

「ああ、死んだ……」

「えっ?」

「俺がこっちに来るちょっと前に病気でな」

「それは……」


 またミーヤが黙り込む。


「……ごめんなさい……」

「は? なんで謝るんだよ?」

「いえ、さきほど意地悪を言ってしまったかも知れません……」

「いや、いやいや、気にしてねえって」

「どうして世話役に選ばれたのかと聞かれて、それは自分でもそう思っていたもので」

「どういう意味だ?」

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