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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第三節 広がる世界
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11 記録

 シャンタルが思い出しながら話してくれたリルの話は、大抵が王都であったという面白い話、侍女仲間で楽しかった話、などであった。シャンタルに心を救われたリルは、精一杯(せいっぱい)小さな(あるじ)を楽しませようとそのような話を選んでいたのだろう。


「リルのお話は面白いことが多かったの」

「そうでしたね」


 中でも家族の、父親のオーサ商会の会長アロの失敗話など、横で聞いていてミーヤも吹き出してしまったことがあったほどだ。


「ではダルは? 覚えていらっしゃいますか?」

「ダル?」


 また記憶を辿(たど)る。


「ダル……背の高い漁師さん?」

「そうです!」


 男性のことを尋ねるのは初めてであったが、きちんと覚えていらっしゃってほっとする。


「ダルは、海の話をしてくれたの。お魚のこととか、大きい波が来ると船が大きく揺れたとか」

「そうですそうです、よく覚えていらっしゃいますね」

「うん」


 ミーヤの言葉に得意そうににっこりとする。


「リルやダルのそんな話を聞いてどう思われましたか?」

「どう……」


 言われて困った顔をする。


「どうなさいました?」

「どうって……」


 泣きそうな顔になる。


「どうなさいました!」


 キリエが慌てる。


「分からなかったの……」


 涙は出ていないが泣きそうにくしゃっと美しい顔を(ゆが)める。


「分からなかった……」

「そう……」


 そう言って食卓の椅子に背を押し付けるようにし、もじもじと食卓を両手で突っ張るようにする。


「その時は分からなかったの。今思い出したら面白かったんだなあと分かったの」

「そうなのですね……」


 色々と質問を重ね、答えを聞きながらなんとなく分かったことだが、シャンタルはそうして話をしたことを「記録」のように覚えていたようだ。ちょうどマユリアとした「お勉強」を覚えていたように。

 「着替え」や「部屋着」や「靴」のように「言葉として知っている、記憶している」だけでその話について何かを感じるということもなかった。今こうして引き出されて初めて「靴」がどのようなものかを見て触れて知ったように、「記録」を「会話」に還元(かんげん)して内容について理解することとなったということか。


「ではルギはいかがです?」

「ルギ……」


 またしばらく考える。


「ルギ……聞いたことがある気がする……」

「はい」


 マユリアに常に影のように付き従う忠実なルギのことをシャンタルはどう見ていたのだろうか。


「ルギ……大きい人……」

「はい」

「ルギ……やさしい?」

「え?」


 思わぬ言葉にキリエが驚く。

 ルギには優しいという印象はあまりない。実直(じっちょく)、真面目、静か、それならば理解できるが優しいとはまず出てくる言葉ではなさそうに思える。


「マユリアがやさしいって」

「マユリアが」


 理由を聞いて納得する。マユリアならそうおっしゃるかも知れない。


「それで、他には何かございませんか?」

「ルギ……大きい人」

「はい、確かにルギは大きい人です」

「それから……あっ、衛士(えじ)の人?」

「はい、さようです」

「衛士の人、ルギ……あの人のお話はあまり面白くなかった……」


 聞いて思わずミーヤが少し笑い、


「すみません」


 そうキリエに謝ったが、キリエにもシャンタルが言っていたことがよく分かった。


 ルギは何かのお話をするのではなく、滔滔(とうとう)と「いかにマユリアがシャンタルに心を開いていただきたいと思っているか」を述べるばかりであったからだ。


「まあ、私も似たようなものではありましたが……」


 あの時、人形のように無表情、無反応でただ座っているシャンタルに何をどう語りかければいいかなど、誰にも分かるものではなかった。それでルギとキリエはひたすらシャンタルに何かお答えになっていただきたいとの思いを伝え、リルとダルは自分が知る話をお聞かせし、そしてミーヤはシャンタルに色々な質問をすることが多かった。


 そしてトーヤは……


「トーヤは、会話をしていましたね」

「はい……」

  



『よう、今日の具合はどうだ? 相変わらずつまんねえ顔してんなあ、おまえ』




 そんな風に話しかけ、反応がないならないで、




『一体何をそんなに(おつ)に澄ましてんだよ、ガキのくせに』




 などと、失礼な態度で自分が思うことを一方的にぶつけていた。




 『なんか言いたいこととかねえのかよ』


 『何考えてんだおまえ、そんなんで毎日楽しいか?』


 『何見てんだよ、起きてんのか?』


 『なあ、たまには自分からなんか話してみろってば』




 今にして思えば、あの粗野(そや)なめんどくさそうな物言いの裏には、なんとか自分を表現してみろとの思いがあったのかも知れない。


「ミーヤは色んなことを聞いてきていたでしょ?」


 シャンタルがミーヤに問いかける。


「はい、そうでした」

「好きなお花は何って」

「はい、お聞きしましたね」

「好きな色はって」

「はい」

「好きなものをたくさん聞いてきたの」

「はい、確かにそうだったかも知れません」

「でも好きって分からなかったの」

 

 シャンタルがまた悲しそうな顔をする。


「今はお分かりですよね」

「うん」


 にっこりと笑う。


「ミーヤもキリエも好き! ラーラ様とマユリアの次に好き!」


 全く邪気のない笑顔にキリエとミーヤは苦しさで胸が締め付けられるようであった。

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