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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第三節 広がる世界
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 9 求められるもの

「押し付けられたとは思っておりません。むしろ私は感謝しております」


 ミーヤがゆっくりと頭を下げる。


「元々、無理を承知で奥宮に入れていただこうと思っておりました。どんなことをしても、と……自分ができるだけのことをしたい、その思いを叶えてくださったとすら思っております」

「ミーヤ……」


 ミーヤの本当にささやかな望みを知るだけに、キリエはそれが本心であると分かった。


「むしろお二人のお辛さを思うと申し訳のないほどです……」


 その気持もキリエにはよく分かった。

 どれほどシャンタルのおそばでお二人共ご自分のできる限りのことをして差し上げたいと思っていらっしゃるか。それが、自分を切り離し、拒絶するしかできぬ辛さ。それを思うとキリエ自身も申し訳ないと思うしかない。


「ええ、お辛いでしょうね……」

「はい……」

「そのお二人のためにもどうしてもやり遂げねばなりません」

「はい」


 そのために何をすべきか。


「幸いと申していいのでしょうか、シャンタルのご聡明(そうめい)さをよく知ることになった今、思ったよりも早く事実をお話しできるようにも思います。ただ……」


 辛いのだ。


「キリエ様……」


 辛い。


 それゆえ、お二人もできるだけギリギリまでお教えにはならずにと思っていらっしゃったのだろう。


「おまえは運命(うんめい)ゆえに冷たい湖の底に沈まねばならない」


 誰がこのようなことをお伝えしたいものか。

 それもシャンタルが愛し、信頼している自分たちの手でやらねばならぬのだ。


「ですが残りはあと十日……一刻も早くお話し申し上げ、理解していただかねばなりません」

「はい。ですが、今のシャンタルはお心はまだまだ実際のお年よりも幼いお子様のままでいらっしゃいます。受け入れられるものでしょうか」

「そうなのです」


 今日のことでシャンタルの知識の広さ、深さには驚かされた。だが心はまだ7、8歳、いやまだもっと幼いかも知れぬ子どものままだ。頭で受け入れられたとしても、とても心は耐えられまい。


「いえ、むしろお心が知識に追いついていらっしゃらないだけに、本当の意味で恐ろしいとお知りになれないかも知れません」


 シャンタルに告げられること、それは死の宣告(せんこく)とも言える。死を知らぬ、恐れぬ者に助けを求めることなどできるのだろうか……


「おそらくですが、本当に心から助けてくれと申さぬ限り、トーヤはシャンタルを助けてはくれますまい」

「はい……」


 トーヤは覚悟を決めている。その覚悟は口先だけで助けてくれと言って(くつがえ)されるほど軽くはない。


 「黒のシャンタルに心を開いてもらいたい」


 トーヤはそう言ったのだ。

 言葉だけを求めているのではない、シャンタルの心からの気持ちをよこせと言っている。


「どのようにしてシャンタルにそのお気持ちになっていただくか」

「はい……」


 ここまできた、という気持ちがある。

 あの人形のようだったシャンタルから見ると奇跡のような成長である。

 いや、成長と言うより覚醒(かくせい)と言った方が正しいのかも知れない。

 その覚醒にまでたどり着けた。

 だがこの先が本当の困難(こんなん)なのだ……


「トーヤのことも知ってもらわねばなりませんね」

「はい」

「一度会わせてみるのはどうでしょう」

「それは……」


 何が正解なのか分からない。果たしてそれで良い方向に進むものなのか。


「その前に、シャンタルがトーヤのことをご存知なのかどうか聞いてみてはどうでしょう。私のこともお教えしておりませんのに名前をお呼びくださいました」

「そう言えばそうでしたね」


 あの時、セレンの暴言の後、シャンタルがミーヤを見て自分の記憶の中からミーヤの名前を引き出して呼んだのだった。キリエの時もおそらくそうであろう。


「あの『お茶会』で何回も顔をお見せし、自分の名前を知っていただこうとしました」

「ええ、そうでした」

「あそこに参加していた者の名前ならご存知かも知れません」

「確かに」

「ですから、まずは名前を知っているか確認してみてはどうでしょうか」

「そうですね。トーヤと、ダル、リル、そしてルギもですね。覚えていらっしゃるか聞いてみましょう」

「はい」


 もしかしたらマユリアが求めていらっしゃったのもそれかも知れない。そのための「お茶会」であったのかも。シャンタルが本当は全てを見て全てを知っていることをご存知であったのかも。そしてその中のことを後から引き出そうとなさっていたのかも。

 マユリアご本人にお聞きすることも考えないではなかったが、お聞きしたとてそれが本当に正しい方法なのかどうかも分からない。


「ですが、やってみるしかありませんね」

「はい」

「明日はシャンタルが『お茶会』のことを覚えていらっしゃるか、そしてそこに来ていた者のこと、話したことを覚えているかをお聞きしてみましょう」

「はい」


 まずは馴染(なじ)み深い宮の者でもあるリルのことから聞いてみることにする。


「やはり最初はその方がいいでしょう。その後でダル、ルギ、最後にトーヤを覚えているかをお聞きします。その前にシャンタルご自身から知っている者の名をお教えくだされば少しは気持ちが楽になるのですが……」

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