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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第三章 第三節 広がる世界
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 3 虚像

 ミーヤの考えを聞き、色々と相談の上、翌日キリエはすぐに侍女たちに命令を下した。


「さあ、シャンタル、廊下にお出になりますよ」


 キリエが手を引いてシャンタルを廊下に連れ出す。

 いつもなら輿(こし)で通るそこに、ゆっくりとシャンタルは歩いて出た。


「これは、何……」

「はい、鏡の廊下でございますよ」


 キリエがにっこりとシャンタルに言う。


 廊下には、侍女20人がそれぞれに姿見(すがたみ)を持って一列に並んで立っていた。


「前を通ってみましょうね」


 キリエがシャンタルの手を引いてゆっくりゆっくりと進む。


 前を通りかかると、その(たび)にそこにキリエと「誰か」が現れる。

 進むに連れて鏡の中のキリエと「誰か」が動き、隣の鏡に差し掛かるとその姿が並んだ鏡それぞれに映る。


「キリエがあっちとこっちにいる……」


 そう不思議そうにつぶやき、自分の手を引いているキリエを見上げる。


「おもしろうございましょう? 鏡の世界のキリエでございますよ」

「鏡の世界のキリエ……」


 シャンタルは自分の手を握っているキリエと鏡の中の2人のキリエを交代に見る。


 そうして鏡の廊下の端まで進んだ。


「さあ、今度はこうですよ」


 キリエがにっこりと笑いながら侍女たちに(うなず)く。


 一列に並んでいた侍女たち20人が10人ずつ向かい合わせに2列に並び直す。

 今度はその中を、両方に並んだ鏡の廊下の中を戻っていく。

 

 今度は左右それぞれにキリエと見たことがある「誰か」が出ては消え、増えて消えを繰り返す。


「面白うございましょ?」


 そう言われて両方をキョロキョロと見渡す。

 並んだ鏡にだけではなく、その奥にも向かい鏡になって何列も何列もキリエと「誰か」が映っている。


「さあ、次はこうですよ」


 キリエの合図で侍女たちがぐるっと取り巻くように丸く鏡の輪を作り、その中にキリエと「誰か」が無数に動く。


「これ……」


 1枚の鏡にシャンタルが近付き表面に手を当てる。

 鏡の中の「誰か」が同じように手を当ててくる。


 首を(かし)げると相手も首を傾げる。

 しゃがむとしゃがむ。

 両手を上げると両手を上げる。


「これ、シャンタル?」


 不安そうにキリエを見上げて言う。


「ええ、そうですよ」


 分かっていただけたのだろうか、とキリエは微笑みながら頷く。


「向こうのシャンタルは誰?」

「向こうのシャンタルもシャンタルですよ」

「じゃあ、これは誰?」


 シャンタルが自分の顔を両手で押さえる。


「その方が、あなたが本当のシャンタルですよ。鏡の中のシャンタルは……そうですね、今だけ見える本当じゃないシャンタルです」

「本当じゃないシャンタル……本当のシャンタル……」


 顔に手を当てたまましゃがみこむ。


「シャンタル、鏡の中の世界は本当の世界ではありません。本当のシャンタルはあなたお一人です」

「本当のシャンタル……」


 じっと何かを考え込む。


 それを見てキリエが侍女たちにまた合図を送る。


 さっと鏡の輪が外に広がり、今度は侍女たちが中に入ってきた。

 鏡の中に片手に姿見を支えた無数の侍女たちが広がる。

 それを見てシャンタルが目を丸くした。


「みんな本当ではない侍女たちです。本当の侍女はみんな1人だけです」

「本当ではない侍女……」


 そう言うと1人の侍女、以前名前を聞いたあの侍女、セレンに近付く。


「セレン?」


 そう声をかけながらセレンの手を取る。


「は、はい、セレンでございます」 


 セレンは急いで隣の侍女に自分の鏡も預けて(ひざまず)く。

 

「こっちのセレンはあっち向いてる……」


 目の前の鏡に映るのは後ろ姿のセレンだ。それを不思議そうにそう言う。


「はい、鏡に映る姿でございますから」


 キリエが後ろからそう答える。


 振り向いて後ろを見ると、


「キリエが後ろ向いてる?」


 振り向いた方向の鏡にはキリエの後ろ姿が映っている。


「はい、あちらの鏡にはキリエの後ろ姿が映っております。なので背中を向けているのですよ。本当のキリエではないので、そういうこともできるのです」


 シャンタルが困った顔をしながら持っているセレンの手をぶらぶらと左右に振ると、


「あっちのセレンも手を振ってる」


 何かを発見したかのようにキラキラした目でそう言った。


「はい、セレンだけではございませんよ、よくご覧になってください、シャンタルも手を振っていらっしゃいます」

「本当!」


 さらに目をキラキラする。


「あれはシャンタルなの?」

「さようでございますよ」

「ラーラ様とマユリアは?」

「ここにはいらっしゃらないので映っておられないのです」

「いないの?」

「ええ、違う場所にいらっしゃいます」

「いっつもシャンタルと一緒だったのに」

「ですが今はいらっしゃいません、いらっしゃらないと映らないのです」

「いっつもいたのに」

「はい、今はいらっしゃいませんから」

「シャンタルがいるのに」

「はい。それぞれ皆様別の御方(おかた)ですので、いらっしゃらないと映らないのですよ」

「シャンタルはいるのに……ラーラ様とマユリアがいない……」


 セレンの手をぱさっと離すと困ったような顔で言う。


「シャンタルがいるのにラーラ様もマユリアもいない……いないのにシャンタルはいるの……」 


 しゃがみこみ、泣きそうな顔になって言う。


「どうしたら一緒にいられるの? ラーラ様と一緒に見られるの?」

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