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 6 大丈夫

「申し訳ございません!」


 そう言うなりセレンが床の上に頭を付けてひれ伏す。


「先程は無礼を申し上げました! お許しください!」


 ()いつくばったままガタガタと震えている。


「セレン?」


 事情が分からないキリエがそう声をかけた後、ふとミーヤを見る。

 ミーヤが少しだけ頷く。


「セレン、何があったか分かりませんが、とにかく今はお務めを」


 そう声をかけるがセレンは動かない。


「あの……」


 ミーヤが近づいて声をかける。


「シャンタルは、ただお名前をお聞きになっただけでございます。何もおっしゃってはいらっしゃいません」


 セレンの肩に手をかけると「ひぃ」と声を上げるがやさしく続ける。


「落ち着いてください、何もおっしゃってはいらっしゃいません」


 シャンタルが不思議そうにセレンを見る。


「せれん?」

「ひぃっ!」


 思わぬ人から名を呼ばれ、セレンがまた悲鳴のような声を上げる。


「せれん?」


 もう一度尋ねるがセレンは声も出ない。


「セレン」


 キリエが柔らかく声をかける。


「シャンタルがお呼びですよ、お返事は?」

「返事……」

「そうです、名前をお尋ねです。顔を上げて返事をなさい」


 そう言われて、震えながら顔を上げる。


 小さな主君が不思議そうな顔でセレンを見て、


「せれん?」


 と、再度尋ねる。


「は、はい、セレンでございます……」


 返事があり、満足したのだろう、今度は、


「もな?」


 と、もう一人に声をかける。


「は、はい、モナでございます」


 モナもしかし、今まで一度もなかったことに緊張をしながら答える。


「もな?」

「は、はい」

「もな……」


 気が済んだようである。


「2人共、もうよろしいですよ、下がりなさい」


 キリエに言われて頭を下げると急いで退室していった。


「ひどく驚いたようですね……後ほど何があったか教えて下さい」

「はい」


 キリエが何かを合点したようにミーヤに言う。


「ではシャンタル、お食事の時間です。楽しくいただけそうですね」


 そうにっこりと笑うと食事を食卓の上に広げた。


 キリエの言葉通り、昼食はシャンタルにとってとても楽しい時間となった。


 目の前に並べられた食事を一つ一つ名前を確かめ、味を確かめ、ほおっとおいしそうに楽しんでゆっくりと食べる。何もかもが初めて触れるもののように楽しくて仕方がない、そう見えた。実際にそのようであった。


 いつもは匙で口に運ばれるものを表情もないまま飲み下すだけの食事、その量もそろそろこのあたりで、と世話をする者が判断して止めるとそのまま口を閉じて終わる。まさに作業のような食事風景であった。

 それが今回は、あれもこれも、と名前を確かめ感触を確かめ、そして味わってうれしそうに、次から次へと手を伸ばしていく。まさに夢中になっているようであった。


「シャンタル、そろそろそのあたりになさいませんと、お腹を壊すことになりますよ」


 思わずキリエがそう言って止めたほどである。


「おなかを、こわす?」


 初めて文章として口から出たのはその言葉であった。


「まあまあ、とんでもないことが初めてになりましたものですね」


 そう言ってキリエが泣き笑いのような顔をした。


「おなかを、こわす?」

「ええ」

「おなかを、こわす?」

「ええ……えーと、なんと言って説明していいものか……」


 キリエが悩む姿を見てミーヤが少し笑い、シャンタルのお腹のあたりをそっと押さえ、


「ここがお腹、でございます」


 そう言うと、自分の腹を押さえて繰り返す。


「おなか?」

「はい」

「こわす?」

「はい、そこがですね……」


 ミーヤが少し考えながら、


「こう、でございます」


 と、自分で自分の腹を押さえて、


「あ、いたたたたた! 痛い! 痛い! お腹が、壊れました!」


 と、大げさに痛がりながら体を丸めて見せた。


「まあまあ、おまえは、なんという姿……」

 

 その姿を見て思わずキリエが笑い出した。


「キリエ様、一生懸命でございますのに、笑うなんて」

 

 そう言いながらもミーヤも吹き出し、2人で大笑いすることになった。


 シャンタルはその2人をきょとんとして見ている。

 人や物に名前がついていることは理解したらしい。次いでその物に何かの事象がくっついて変化するらしいということを今、理解しつつあるところである。

 だがまだ感情に触れるまではいかぬようで、笑っていることが理解できてはいないようだ。


「えっと……とにかくですね、シャンタル、今のがお腹を壊す、ということでございます」


 笑いながら言うミーヤを見て、お腹を押さえて体を丸め、


「おなかをこわす?」


 と、不思議そうに言う。


 その姿は大層愛らしかったが、ついさきほどまでまるで人形のようにじっと正面を向くことしか知らなかったシャンタルを思うと、どこか悲しくも感じられた。


「シャンタル……」


 ミーヤが静かにシャンタルの手を取って言う。


「ええ、そうです。お腹を壊す、ということです。ですが、今はシャンタルはお腹を壊してはいらっしゃいませんから、大丈夫ですよ」

「だいじょうぶ?」

「ええ、大丈夫です」

「だいじょうぶ?」


 理解できないようで小首を傾げる。


「ええ、大丈夫です。シャンタルは大丈夫です。そう、大丈夫です」


 ミーヤがしっかりとシャンタルの手を握る手に力をこめた。

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