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 1 自他

「シャンタル……」


 そうつぶやくと食事係の侍女が慌てて(ひざまず)き頭を下げた。


「え?」


 後ろを振り向きミーヤも驚く。


 シャンタルがじっと侍女を見つめていた、少なくとも見つめているように見えた。


 食事係の侍女は一度頭を下げたもののそっと顔を上げてシャンタルを見てみる。


「ひっ……」


 そう声を出すとまた頭を下げた。


 さっき、立っていた時にはこっちを見上げていたシャンタルが、今は跪いた自分に向けて視線を下げている。


 見えているとしか思えない。

 

 見えているとすると耳も聞こえているのかも知れない。それならば、さっきの自分の暴言もお聞きになっているかも知れない。そう思うと体が震えてきた。どんなお(とが)めが、いや天罰か、それがあるのか分からない。そう思うとさらに体が震えてきた。


 侍女はしばらく震えながら頭を下げ続けていたが、何も言われないのでもう一度頭を上げた。やはりこっちをご覧になっている……


 侍女はシャンタルが悲しそうな顔をなさっている気がして胸が締め付けられるような思いになった。申し訳無さで胸がいっぱいになった。


「あの……申し訳、ありませんでした……」


 それだけをようよう口にすると、立ち上がって寝室から出ていった。


「シャンタル……」


 ミーヤも驚いてシャンタルを見つめるだけであった。


「ご覧になっているのですか?」


 ミーヤにもシャンタルが悲しそうな顔をしているように見え、そう声をかけたが反応はない。


 この時、シャンタルには実は見えていたわけではない。

 もちろん視覚的には見えているのだが、認識されてはいない。いつもはマユリアやラーラ様を通して外を見ていたので見えているものを見えていると思ってはいない。


 ただ、侍女が自分に対してぶつけてきた感情を素直に受け止めていた。

 今まで、自分に対してあのような負の感情をぶつけてきた者はいない。初めてのことに戸惑いを感じていた。


 シャンタルの仕事は唯一「託宣(たくせん)をすること」それだけと言っていい。そのために託宣を求める人々の前に姿を現し、相手に必要があれば与えていた。さらに必要であれば慈悲(じひ)の雨を降らせていた。そうしてこの国に恵みを与え続けてきたのだ。


 謁見の間に座すると前に次々と人が現れる。その人に必要であれば自分の中から託宣が()いて出てくるのだが、それは自分でやろうと思ってできることではない。ちょうどシャンタルがマユリアやラーラ様の体を通して外を見ていたように、自分の中の何かが自分を通して託宣を与える、自分はその媒体(ばいたい)であった。


 媒体なので何も考える必要はない、自分で何かをやる必要もない、言い方を変えれば空洞(くうどう)の「憑りまし(よりまし)」であればそれでよかった。自我(じが)感情(かんじょう)、そんなものがない方が、その方がより強い力を引き出せた。

 つまりシャンタルに自己がなく自分がないがために「黒のシャンタル」はよりたくさんの託宣を行い、国を潤してきたのだとも言える。


 だがその役目ももうすぐ終わる。次代様(じだいさま)御誕生(ごたんじょう)になられ役目を引き継ぐ。通常ならばそのままマユリアを宿(やど)し新しい女神の補佐たる女神となるのだが、「彼」はその役目たるべく生まれてきてはいない。身内に宿るシャンタルを次代様に移した後、「彼」はどうすればいいのか、どうなるのか。その時期にきていた。


「シャンタル……」


 ミーヤが声をかける。


 シャンタルがミーヤを振り向いた。


「聞こえていらっしゃるのですか?」


 ミーヤが驚いてそう言う。


 反応がないだろうと思っていたのに振り向いたからだ。


 聞こえたわけではない、見えていたわけではない。ただ、存在に気が付いたのだ。


 今まではマユリアとラーラ様と自分は同一であった。自己(じこ)と他の区別がついてはいなかった。2人の体を通して外とつながっていたために必要がなかったのだ。


 これまで「彼」の世界にいたのはマユリアとラーラ様と自分、つまり自分だけであった。その外で何が起きていようともまるで夢のように前を過ぎていくだけのこと。そうとしか感じていなかった。


 いや、一度だけあった。いた。あの時、自室でいた時に感じた妙な気配。生まれて初めて感じた「何か」がいた、あった。それで初めて「見た」のである。それがトーヤであった。

 

 そのようなことがあった、そうおぼろに思い出していた。

 あの時はそれを見て、あちらもこちらを見たと思って終わっていた。何回か同じことを繰り返したが、ただ「見て」あちらもこちらを「見る」だけであった。あまり意味を感じてはいなかった。


 今、こちらに意識を向けている何か、それからさきほど負の感情をぶつけてきた何か、それは何だろうと不思議に思った。あの時と同じように何かがいる、ある、そう思った。初めて自分以外の何かが存在していることを認識していた。

 

 これは何だろうかと知りたいと思った。見たいと思った。聞きたいと思った。その時、目の前におぼろに何かが現われてきた。


 視覚(しかく)認識(にんしき)がつながった。


 目の前に誰かがいた。


 見たことがある。何度か見たことがある。なぜかこちらに何かを話しかけていたことがある。記憶の中をたどると一つの名前が浮かんできた。


「みいや?」


 初めてシャンタルが見て呼びかけた人がその名前の持ち主であった。

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