9 目
そうこう話をしているうちに1つ目の鐘がうっすらと聞こえた。
「このぐらいの聞こえ方なんですね。寝ていたら気付かないかも知れません。明日から大丈夫でしょうか……」
「大丈夫でしょう。今日だって鐘がなくとも起きてきてましたしね」
「そうだといいのですが……」
2つ目の鐘までもう一刻ばかり、それまで眠るのかと思っていたシャンタルが、なんとなく目を覚ましそうな気配を見せてきた。
「もしかしてお起こししてしまったのでしょうか」
「どうでしょうね。でも昨日はかなり早くからお休みになっていたので、早く目を覚まされることもあるかも知れません」
昨日、ミーヤたちが部屋を出て割とすぐにここに戻ると、食事もとらずにこてんと寝てしまったのだという。
「それは……やはりお疲れになったんでしょうが、何をどうお聞きになってご覧になっていたんでしょう……」
「分かりません。いつものように何も変わらぬご様子ではありましたが」
トーヤはシャンタルの目の前でこう言ったのだ。
(分かったな、お前が息絶えるまで、だ。よく覚えておけクソガキ……)
もしも見えて聞こえていたとしたら、こんなきつい言葉はない。聞こえていたのだろうか……
「もしも、マユリアやラーラ様を通してお聞きになっていたとしてもはやり衝撃ではなかったと思うのですが……」
キリエが無言で首を振る。
「分かりません、どうお受け止めになってらっしゃるのか……」
2人が小さな声で話す前で、子どもが段々と目を覚ましていくのが分かった。
まぶたがピクピクと動いて開きそうな動きをしたが、目をつぶったまま右手で右の目をこすった。
「シャンタル、目を傷付けられますよ」
そう声をかけてキリエが右手を取ると、ビクッとしたように手を引こうとしてそのまま固まった。
「どうなさいました?」
キリエが話しかけるがそのまま動かない。
まるで暗闇の中でいきなり手を掴まれたかのようだ。
「シャンタル?」
話しかけるが様子がおかしい。
目をつぶったまま、何かを探すかのようにキョロキョロと周囲を見渡すようにする。
キリエに取られた右手はそのまま、握ったままで力を入れているのが分かる。
「もしかしたら……」
ミーヤがハッとする。
「マユリアがおっしゃっていたように、お二人の目や耳が見つからないので暗闇の中にいらっしゃるような感じなのでは……」
「そうかも知れません」
では、あの不思議な仮説は正しかったのだろうか。
なんとなくミーヤはドキドキとしてきた。自分には想像もつかない現実をいきなり突きつけられた感じだ。
「シャンタル、いかがいたしました?」
キリエが話しかけるが耳に入っていないかのようだ。
「聞こえていらっしゃらないのでしょうか?」
「分かりません」
もしも、本当にシャンタルが耳が不自由なのだとしたら、お二人がいらっしゃらないと音が聞こえない可能性もある。
口はきけるはずだ。託宣を口にするのは聞いている。
目も見えているのだろう。あの時、トーヤが魂を抜かれるぐらいしっかりと目が合ったと言っている。
だが、耳が聞こえるかどうかは確かめたことがない。
触れられて分かるということは感覚はあるということだ。ご自分の体で触れたことは分かるのだろう。
「シャンタル」
もう一度そっと話しかけるが耳には入っていないように思える。
「いかがいたしましょう?」
「そうですね……」
そのままの姿勢で2人で困っていると、
「ラーラさま……」
可愛らしい声でそう言った。
「やはりラーラ様を探していらっしゃるようです……」
キリエがそう言う。
ということは、マユリアもラーラ様もシャンタルを切り離すことに成功したのだ。
シャンタルは何度かラーラ様を呼んだが、いないのだと分かったようで今度は違う名前を呼ぶ。
「マユリア……マユリア……」
小さな子が誰かを探す声を聞くのは不憫だ。
「ですが、慣れていただかなくては……」
キリエが握っている手に少し力を込める。
またビクリとして手を引こうとする。
「シャンタル、キリエです、侍女頭のキリエです。御手を握っているのはキリエの手です」
そう言うが変わらず目を伏せたまま手の力も抜かない。
「困りました……」
ふっとため息をつき、キリエが手を放した。
シャンタルが放されたことに今度はギョッとしたように身を縮こませる。
思わず目を開けて周囲をキョロキョロと見渡す。
だが寝台横に座っているキリエと、その横にいるミーヤには気付かないようだ。
「見えていらっしゃらないのでしょうか?」
「分かりません……」
トーヤは見たと言った。自分に視線を合わせた、と。
ミーヤはふと思い付いたようにランプを手に取り、
「失礼いたします」
そう声をかけてシャンタルの目の間に差し出すと、ぱっと火を一番大きくした。
一気に部屋中に光が広がる。
その途端、シャンタルがギュッと目をつぶる。
「眩しくてつぶってしまった、という感じですね……」
キリエがその状態を見て言う。
「そうですね……」
ミーヤがランプの火を小さくする。
目は確かに見えている。
見えてはいるが見えてはいないのだ。
どうしたものかと侍女と侍女頭が目を見合わせた。




