15 謁見
トーヤが過ごしていた客室があったのは、「客殿」と呼ばれるシャンタル宮の一部であった。
シャンタル宮は「聖なる山」の中腹にあり、上から大まかに「奥宮」「前の宮」と「客殿」の3つに分かれている。「客殿」は一番下の東寄りに位置し、王宮と隣り合った場所にあった。
「お、お、お、王宮ってえ、ええ!」
ベルがびっくりして、がたたん! と大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「言っただろうがよ、シャンタルは王様よりえらいって。だから宮殿も王宮より高い場所にあるんだよ」
「そ、そ、そ、そうなのか……たまげた……」
「俺もたまげた」
アランも肩をすくめる。
「聖なる山ってすげえ高い山があってな、その敷地の中で一番高い場所に奥宮ってシャンタルの生活する場所がある。その少し低いところに前の宮だ。お出ましするバルコニーなんかはそこにあるな。そのちょっとだけ低い場所だが、ほぼ横あたりに客殿があって、そこの窓からちょっと高い位置にお出ましが見られたりする。偉い人がそこに泊まって見るとかみたいだな」
「ふええ~」
ベルがのけぞりながら言う。
本当に広い宮殿であった。それまで広いとはいえ、一室に籠もりっきりだったトーヤは、部屋から一歩出てその広さに呆れてしまった。
出入りする扉の前にレースのカーテンがかかっていたせいもあり、あまり部屋の外はよく見えなかったのだが、一足外に出ると、そこにもう一つ広い廊下のような空間があるのが分かった。
そこにお付きの人の寝泊まりするらしい部屋や、その他色々な部屋が並んでいた。部屋と言ってはいるが、そこだけでちょっとした屋敷ぐらいの広さがある。
廊下のようなその空間の向こうにもまた扉があり、そこを開けて外に出るとやっと室外、広い吹き抜けの広間に出る。トーヤがいた部屋を出たところにある広間から向かって左手に、区切りの扉のない広い廊下があり、そこからシャンタル宮の前の宮につながっていた。
宮と宮をつなぐ広い廊下は、トーヤがいた部屋と同じように白を基調にしてあったが、あちらこちらに金銀宝玉をはめ込んだ象嵌があり、進行方向から見て左手の海側にも、右手、奥宮がある山側にも大きな窓があった。天井を仰ぎ見てみると、やはり見事な彫刻が一面に広がり、どうやら神話の世界を描いているようだった。
ミーヤに続いてそこをゆっくりと歩いて進む。
「馬鹿広いうえに馬鹿長い廊下だな。廊下ってのはもっと謙虚なもんだ」
トーヤがぼそっとつぶやくとミーヤは軽く振り向いたが、聞こえなかったように前を向き直し、黙ってまた歩き始めた。ほんの少し笑った気がした。
まるでちょっとした旅でも続けたかのように歩いて廊下の反対の端に到着した。
一気に視界が開けた。トーヤがいた客殿と同じようにまた大きな広間だ。
こちらの広間ももちろん豪華絢爛で、装飾や彫刻が一面に散りばめられている。こちらは神話の世界ではなく、どうやらこのシャンタル宮のある聖なる山の景色を描いているようだ。大きな山にいくつもの建物、そして周囲に花々が散りばめられている。きれいな幾種類もの鳥が飛び交っていて、まるで鳴き声が聞こえてきそうだ。
広間を真っ直ぐに進むと正面に豪華な扉があった。トーヤがいた部屋の扉も結構なものだったが、今度の扉は比較にならないほど大きい。その大きな扉一面に、今度は絵ではなく何か幾何学的な文様のような彫刻があり、こちらも金銀宝玉で彩られている。
扉の両側に2人の同じ服を着た体の大きい男が立っていた。警備かなにかの兵隊だろう。トーヤが着ているのとはちょっと違う紺系のチュニックに幅広の帯とズボンを着ている。基本的に服の形は似ているが、少し違うだけでなんとなく兵隊らしい服に見えるのがちょっと不思議であった。
「客殿の方をお連れいたしました」
凛とした声でミーヤがそう言うと、2人の男が真ん中に移動し、全く同じ速度で扉を内側に観音開きに押し開いた。
ふわあっと室内から柔らかい、花のようないい香りのする風が流れ出てきた。開けていく目の前にはレースのようなカーテンがかかっている。布の向こうにはうっすらと何かのシルエットが見えているが、まだあまりはっきりと何かは分からない。蝶の羽のように薄い布が何枚も重ねられているようだ。
ミーヤと、続いてトーヤが室内に入ると、後ろでまたふわあっと扉が閉まった。外に向けて流れ出ていく風に髪がそよいだ。
そして今度は目の前の布が、ミーヤと同じような服装をした少女2人に左右にゆっくりと引かれていく。薄い布が何枚か、両端に引き寄せられた分守りを薄くしてはいるが、その向こう側にはまださらに何枚かの布が広がっている。
その向こう側の、どうやらやや高い位置に大きな椅子のようなシルエット見える。その向かって左手に、誰か、どうやら女性らしい人影が透けて見えていた。
「よくいらっしゃいました、体調の方はいかがですか?」
おそらく立っている女性だろう声がそう言った。
確か一度聞いたことがある声だ。多分マユリアだろう。
「あ~えっと、まあおかげさまで……」
トーヤはそう言ってぺこりと頭を下げた。
「って、なんだよそりゃ、情けない……」
ベルがガクッと頭を垂れた。
「そう言うけどなあ、おまえ、その立場になってみろ、実際こんなもんだぞ?」
「はあ~なさけね~」
「まあまあ」
アランがクククク、と笑いながら言った。
「そうして初めてシャンタルと顔を合わせたってわけか」
「まあな」
声のしたあたりからクスクスと笑う声が聞こえてきた。さすがにトーヤもちょっとまずかったかな、と頭をかく。
マユリアが何か声をかけるとさっきの少女2人が残りの布を全部開き、目の前を遮るものは何もなくなった。
数段高い台の上に赤を基調にしたどっしりとした小さめのソファ。周囲をやはり豪華な宝飾品で彩られたきらびやかなソファの上に、小さな子供が静かに座っていた。
絹のように流れる長いまっすぐの銀髪。
艷やかな、だが血色を感じられる褐色の肌。
そして、深い深い緑の瞳。
数日前に少し遠くから見た神秘の子供が今目の前に座っている。
あの日広場に集まった人々を音もなくひれ伏せさせた神の入れ物が。
「こちらがシャンタルです」
マユリアがトーヤに声をかけた。
トーヤは言葉もなく壇上のシャンタルを見上げた。




