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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第一章 第一節 シャンタリオへ
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14 変化

 ミーヤは急いでトーヤの服装を整えた。


 整えたと言っても前に要望した通り木綿のシャツに木綿のズボンだ。

 ペラペラした(とトーヤは感じていた)絹よりは庶民的だろうが、同じ木綿でも今までトーヤが身につけていたものとはまた違うと着心地でわかる代物(しろもの)だった。

 与えられていた部屋ではいつもその上下、それにさっと足につっかけるタイプの簡単な上靴で過ごしていた。が、今回は謁見のために上着を着せられた。


「なんか、大臣のおっさんが着てたのと同じような服だな」


 トーヤが不満そうにそう言うと、ミーヤはトーヤの方は見ず、忙しそうにボタンを留めながら言った。


「本当は絹のシャツを着ていただきたかったんですが……」

「だからそういうのは」

「いらねえ、んですよね、はいはい、分かってます」


 トーヤがびっくりしてミーヤを見る。

 今までそんな言葉を、トーヤが思う「普通の」話し方をしたことがなかったからだ。


 ミーヤはトーヤの視線には気づかぬ振りで支度(したく)を続ける。


「はい、仕上がりましたよ」


 ぽんっとトーヤの背中を一つ、軽く叩いた。


 トーヤはまたびっくりし、振り返ってミーヤを見た。


 ミーヤはそうされることを予見していたように、軽く横を向いて目を合わせないようにした。


 思えばあの日あんな事があり、その後で「故郷の木の話」をしてくれていた間も、その後も、ずっとミーヤと話をしていなかった。

 何かを話しかけられてもまともに返事もしなかった。侍女頭が来て用意をするように言って出て行った後、ミーヤが他の、もっと幼い、多分ミーヤに付けられたであろう少女たちに何か言いつけ、色々なものを用意して着せ付けてくれる時になって初めて、久しぶりに言葉を交わしたのだ。


 ミーヤにどんな心境の変化があったのかは分からないが、トーヤにとって嫌な変化ではなく、親しげな言葉と態度に少しほっとしていた。


 「大臣のおっさんのような服」はトーヤによく似合っていた。


 トーヤが故郷で着ていたのはごく普通の上着である。

 シャツの上に(えり)つきの簡単なジャケットを羽織(はお)るだけ。寒い時などは中にベストを着ることもあるが、大体がそんなものであった。もっと寒ければもっと分厚いコートを着ることもあるが、そんな贅沢(ぜいたく)な物を持っていない者も少なくはない。


 この国の、今トーヤが着せられている上着は形からして違っていた。

 

 女性の服もそうだったが、一度胸の下あたりで狭くなっており、ボタンや飾り(ひも)のようなもので留められ、そこから下に向かって広く前が開いている。そこから下にやはりハイウエストのズボンなどを履き、幅広のサッシュなどを結んでいるのだ。


 トーヤが着せられた上着は濃い紺色の上着だった。胸元を飾り紐で軽く留めてあるが、引き締まったトーヤの体躯は「大臣のおっさん」のように丸い腹部をせり出すことはなく、トーヤが知っている故郷のジャケットのようにほとんど前を隠してしまっていた。

 そういうわけで、シルエット以外はあまり以前の服と変わりがない。ただ、服の前たてやそれが(すそ)に続いた部分などにキラキラした刺繍があったりして、それがますます「大臣のおっさん」と同じように見える気がして、トーヤは少ししかめ面をした。


「ではシャンタルとマユリアの御前(ごぜん)に参ります」

 

 そう言いながら、ミーヤはいつものように片膝をついて軽く跪いて頭を下げた。


 先程の親しげな様子からいつもの堅苦しいミーヤに戻ったが、それでもなんとなくほんの少しだけ距離が縮まったように感じられたのは気のせいだろうか。




「俺がいた部屋ってのがな、後で分かったんだがシャンタル宮の客室ってやつの一つだったんだよ。それも最上級の。謁見ってやつに行くのに初めてその部屋を出てびっくりした。一歩出ると廊下があったんだが、今まではそこから人が出入りする時にちらっと見えるだけだったしな」

「そういや、トーヤはその部屋に大人しくいたわけだろ? とんずらここうって思った時にそこから逃げなかったのか?」

「何しろ居心地(いごこち)のいい部屋だったしなあ」


 ベルの問いにトーヤが苦笑した。


「言ったようにその頃までまだなんとなく体調がよくなかったし、狭い部屋じゃなかったもんでゴロゴロしてたら積極的に出ようって気にもならなかったんだよ、あの日までは」


 「あの日」とは初めてシャンタルを見たあの日のことだ。


「ミーヤとのことがあった後は、いずれ出ていくにしても情報集めてからだと思ってたしな。窓から町の様子とかを眺めてはいたが、本当に右も左も分からなかったからなあ、すぐってわけにはいかなかった」

「なるほど」

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