12 怒り
「もっぺん言ってみろよ、おい」
「ですから、シャンタルとマユリアにはお会いできません」
きっぱりとミーヤは言った。
ふんわりとした、風が吹くにも任せるままのような柔らかい少女のどこにあるのかと思うような、はっきりとした物言いであった。
「おい、なめてんのかよ」
トーヤはギラリと睨めつけたが、それでもミーヤは揺るがなかった。
「お会いできません」
もう一度そう言う。
「人をこんなとこに連れてきといてよ、用事があるならとっとと言えってんだよ。その話をしにあいつらのところに連れてけって何が悪い」
トーヤはミーヤに近づくと、その首元をひっつかみ締め上げた。
「う……」
ミーヤは苦しげに声を出したが、それでもなおしっかりと、
「何度も申し上げますが、お会いすることはできません」
「なにを!」
トーヤは一層手に力を込めたが、ミーヤは抵抗することもなく暴力に身を任せながら言う。
「もしも、お会いになる必要があればお声がございます。それまでお待ちくださいと申し上げております」
「この……」
トーヤがさらにギリギリ締め上げる。
ミーヤは半ばぶら下げられるようになり、たまらず両手でトーヤの腕を掴んだが、力は緩むことはない。
「このまま首をへし折ってやろうか、え?」
「うぅ……」
もう声を出すこともできないミーヤ。
必死にトーヤの腕を掴み引き離そうとするが叶うはずもない。
息ができない、意識が遠のく。
「……クソッ!」
それでも態度を変えないミーヤを、トーヤが床に投げつけるように離す。
ミーヤはやっと戻ってきた酸素を受け止めようとしながらも激しく咳き込む。
目から涙が溢れてくる、景色が遠い。
何が起こったのだろうか、白みかけていた意識の中でぐるぐると考える。
この一月、トーヤは物言いこそは荒っぽくはあったが乱暴な言動をすることはなかった。むしろミーヤたちには丁寧に対応していた。
(なのに、なぜいきなりこんな乱暴な……)
ミーヤは咳き込みながらそう思っていた。
トーヤはそんなミーヤを冷たい目でジロッと見つめた後、歩いていき、ベッドにドサリと腰掛けた。
「なんでもいい、あいつらに会わせろ」
「……でき、かねます……」
ようようミーヤは答えた。
「会わせろっつーてんだよ!」
「……できかねます」
声を荒げたトーヤにミーヤは繰り返す。
ギリリ、とトーヤが歯を食いしばった音が聞こえた。
「おい……」
ゆっくり歩いてもう一度近づくと、腰を屈め、床にへたり込み、肩で息をするミーヤのあごを掴んで自分の方を向かせた。
「これが最後だ、あいつらに、会わせろ」
「……でき、かねます……」
はあはあとついていた息がおさまりつつあるミーヤは、それでも返答を変えることはしない。
トーヤのこめかみにぐぐっと血管が浮かんだ。
「そうかよ……」
トーヤはニンマリと嫌な笑いを浮かべた。
そうしてミーヤをあっという間に抱きかかえると歩を進め、ベッドに放り投げた。
ベッドの上に投げ出されたミーヤは、自分の身に何が起こっているのか分からぬまま、それでも顔を上げてトーヤを見つめる。
目には怯えの色が見える。
「そこまで神様が大事かよ?」
ミーヤは、質問の意味が分からないという風に首を振った。
「い、意味が……」
「そこまで神様が偉いのかよって聞いてんだよ」
ミーヤはトーヤの恐ろしい様相に身を縮めながらも、それでもしっかりと答えた。
「シャ、シャンタルは絶対です。シャンタルの言葉に間違いなどないのです」
「そうかよ!」
いきなりトーヤがミーヤをベッドの上に押し倒し、起き上がれないように両手で両肩を押さえ体重をかける。
「な、なにを!」
「神様は絶対だよな、逆らうことなんざできねえよな」
「い、いや!」
「その神様がな、こんな男を引き込んだんだ。そんじゃ何が起ころうと神様の言う通りってわけだよな? 逆らったりしねえんだろ?」
そう言いながら、トーヤはミーヤの胸元に手を伸ばし、上着の帯を解いた
「やめて!」
「神様がお世話しろっつーたんだろーがよ。だったらこのままお世話続けろよ、なあ?」
「トーヤ最低だな!」
ベルが真っ赤な顔をして、テーブルをバンと叩いて立ち上がった。
「嫌がる女に力づくで、最低だよ! そんなやつだと思わなかったよ!」
拳を震わせて抗議する。
「まあ待てよ」
アランがベルの肩に手を乗せ、なだめるように言った。
「おまえさ、トーヤを見ててそんなやつだと思うのか?」
「だってよ、だってよ……」
「まあ黙って聞けよ」
「だって……」
目に涙を浮かべ、いやいやをするように首を振った。
「まあ安心しろ、この先おまえが思ったようなことは起きなかったからよ」
「本当か?」
「あったとしても、ガキにそんな話聞かせるかよ」
ふふんっと鼻で笑うように言うと、ベルはしゅんとして椅子に座った。
「わかった、信じるよ、トーヤはそんなやつじゃない」
「ありがてえな」
トーヤがベルの頭に手を置いてふっと笑った。
「まあな、本気でミーヤをどうこうってことは思ってなかったと思う、多分な。何しろ頭にきてたから、そりゃ話の行き掛かりでどうなったか自信はないが、あの時は、とにかくこいつを傷つけてやりてえ、神様の信用を落としてやりてえ、そんな気持ちだったと思う」
トーヤが着物を引き剥がそうとしていると気づき、ミーヤは身をよじって抵抗した。
「なぜ、なぜそんなこと……いや、やめて」
「うるせえ!」
トーヤは構わず、今度はミーヤがはいている、スカートとズボンの中間のようなものの帯をほどいた。
「いやっ!」
「うるせえつってんだよ!」
トーヤは手を止めると右手でミーヤのあごを掴み、ぐいっと自分の顔を向かせ、じっとその目を見て言った。
「だからな、これも神様の思し召しだってんだよ、な? いくらあんたが嫌がったってな、神様が望んでんだよ、俺をここに引き入れたんだからよ?」
ニヤリと笑うトーヤに、目に涙をいっぱい浮かべてミーヤが言った。
「シャンタルは、シャンタルはそんなことお望みになってません、なって、ません……」
それが精一杯のようにミーヤは左右に首を振る。
「だからな、お望みだからこうなってるっつーてんだよ、お望みじゃなかったら今すぐあんたを助けに来るはずだ。だから、祈ってみろよ、え? 今すぐ助けてってな、祈ってみろよ、シャンタル様によお!」
その刹那、ミーヤが変わった。
「無礼者!!」
怒りに我を忘れているトーヤが思わず身を引くような、断固とした声であった。
「この無礼者! よくも、よくもシャンタルにそのような……」
今までとは違う種類の抵抗にトーヤは思わず身を離した。
ミーヤは解かれた帯や着物の前のことすら頭にないように、
「許されません、そんな、そのような無礼をシャンタルに!」
そう言って、炎が燃えるような目でキッとトーヤを睨みつけた。




