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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第五節 もう一人のマユリア
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20 試験

「そこがわっかんねえんだよなあ……」


 いつもの調子でこぼしてから、はっと慌てて口を手で押さえる。


「それで構いませんよ、忌憚(きたん)なくお願いいたします」

「えっと、じゃあ遠慮なく……」


 そう言いつつも、少しは気を使って話を続ける。


「えっと、あなたはシャンタルの秘密を知って、それで侍女として宮に残ったんじゃないんですか?」

「その通りです、秘密を守ろうと思って残していただきました」

「だったら、それってシャンタルを助けようとしてってことだと俺は思ったんだけど、違うってキリエさんも言うし、なんだか分からなくなるんだなあ」

「運命とは、変えようと思って変えられるものではありません。また変えてはいけないのです」

「またかー……」


 トーヤははあっと大きくため息をつく。


「みんな声(そろ)えてそれ言うんだけど、俺にはよく分からないんですよね」

「分かりませんか?」

「分かりません」


 トーヤはラーラ様となら少し話が通じるかも知れないとなんとなく思った。


「そう、分からないです。俺にとっては運命ってのは自分で切り開くものなんですよ。だからそれが悪い運命だと知ったらそれを変えようと努力するのが人間じゃないんですか? 神様の世界では違うのかな」

「どう説明すればいいのでしょうねえ……」


 ラーラ様が考えるようにする。


「試験というものがありますよね」

「ああ、あるみたいですね。俺は学校ってのに行ったことがないから分かんねえけど、そういうのがあるってのは聞いたことがあります」


 トーヤの答えを聞いてラーラ様が笑った。


「なんでしょう、マユリアのおっしゃっていた通り、あなたは楽しい方ですね」

「え、真面目に言ってるんだけどなあ……」

「とりあえず、試験というものについてはご存知なんですよね」

「えっと、なんか紙に書いててそれになんか書いて出すんですよね」


 ラーラ様がまた笑った。


「紙に書いて出すものだけではありませんが、まあ、その人の実力を試すようなことです」

「うーん……」


 トーヤは自分で言ったように、学校に行ったことがないどころではなく誰かに何かを学んだという経験もほとんどない。生きるための剣の腕も見様見真似(みようみまね)で自分で手に入れたもの、文字も読めないと困るので自分で覚えた、計算も金をごまかされないように必要と思ったので覚えた。

 大部分のものはそうして必死に自分で手に入れてきたので、その結果を試すのもまた自分、誰かに実力を試されたような経験がほぼない。生活の場において、戦場において結果として出るだけのことだ。


「試されるってのがまずよく分かんねえな」 

「それは困りましたねえ……どう説明いたしましょう」


 ラーラ様がまた笑った。


 トーヤはこの人に笑われるのは悪くないと思った。

 自分ではこれがなんであるのかよく分からなかったのだが、なんとなく、小さな子供が母親にその日あったことを一生懸命聞いてもらおうとして夢中で話している時の気分と、そしてをそれを優しく聞いている母親の顔に似てるような気がした。


「そうですね、例えばある場所があるとします」

「場所?」

「そうです。その人がその場所へ行けるかどうかを試すことが試験です」

「ああ、なるほど。ちゃんとその場所にたどり着けるかどうかを試すってことかな? そういうことならやられたことあるような気がする」

「では、それで」


 またラーラ様が笑う。


「運命とは、そのどこにあるのか分からない場所のようなものです。その場所へ至る道をご存知なのは天だけ、みんな知らないままにその道を進みます。先に何があるか分からぬまま」

「知らない道ならそうなるでしょうね」

「ですが、誰かがその道を教えたとしたら?」

「それは、そいつはずいぶんと得して楽できるよなあ」

「正しい道ならそうでしょうね」

「正しい道なら?」

「ええ、わざと間違えた道、落とし穴があったり獣に襲われる道を教えてくれたとしたら?」

「そりゃこええなあ」


 トーヤが肩をすくめ、ラーラ様がまた笑った。 

 トーヤはこの人に笑われるのは悪くないとまた思った。


「わたくしたちが誰かの運命に手出しをするというのはそういうことです。本来なら進まぬ道に進ませる可能性があるということ」

「ああ……」

「手を出したことでその人を不幸にするかも知れない、逆に元の運命より上の、与えてはならない運命を与えてしまうかも知れない。さらにその人だけではなく、そうしたことで他の人の運命をも変えてしまうかも知れない。だから手を出してはいけないのです」

「なるほど」

「シャンタルの託宣とは、その中で明らかにその人が誤った道を進んで不幸になってしまう時にそれを慈悲でもって知らせる、それだけのことなのです。何もかもを知ってそれを知らせることではありません」

「なんとなく分かった気がします」


 トーヤが自分の考えを噛み砕きながら言う。


「つまり、知らないからなんとかしようってジタバタするのは構わねえが、ズルしちゃいけねえってことかな」

「まあ……そういうことになるんでしょうか?」


 そう言ってラーラ様は声をあげて笑った。

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