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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第五節 もう一人のマユリア
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16 未来の夢

 トーヤとダルが出かけてしまい、ミーヤとリルは暇になった。

 今日は外で済ませると言われているので食事の支度も他の用事もないからだ。


 宮にはやることが山ほどある。特に今は交代の時期を迎えて十年に一度の仕事も多く、時間はあってもあっても足りないぐらいだ。

 だが、それでも触れが出て一応は一段落、後は次代様が御誕生になるのを待つばかりと今日はほっと一息つける日になった。

 その上ミーヤとリルは「客人」の世話係として少しばかり他の人よりは受け持ちが少ない。さらに空いた時間ができてしまった。


 2人でのんびりとお茶を飲む。


 ここはミーヤの部屋だ。あまりにリルが暇そうにしているのでお茶に誘った。自分も何か気が(まぎ)れることが欲しかったことも本当だが。


「暇ねえ……」

「ええ……」


 リルがそう言うのにミーヤが答える。


「ダル様、今はどうしていらっしゃるかしら……」


 リルが恋しい相手でも思い出すようにそう言ってため息をつくので、ミーヤはつい笑ってしまった。


「トーヤ様は、ちょっと、あの……ごめんなさいね、なんて言うのかちょっと粗暴(そぼう)なところがある方だけど、ダル様は穏やかで良い方だと思うの」

「ええ、そうね、ダルさん……ダル様はそうね」


 ミーヤの答えにもリルは上の空だ。


「はあ……私、ダル様のお嫁さんになりたい……」

「え!」


 さすがにミーヤが驚いた。


「だって、虹の兵よ? 月虹の兵……これから宮のお仕事もなさるんでしょうね……そしてその名付けに私の意見を入れていただいて……運命だわ……」


 夢見るように続ける。


「お父様は適当な時期になったら商人仲間かどこか貴族のご子息のところに嫁ぐようにっておっしゃってるけど、こうなったら事情を話してダル様とのお話を進めていただく、ってわけにはいかないかしら……」

「それは……」

 

 ミーヤはトーヤからダルがアミを好きらしいと聞いていた。ミーヤの目から見ても幼馴染(おさななじみ)の2人は仲がよくお似合いに見えた。どうにもリルの入る余地はなさそうなのだが……


「そうよ。ただの漁師というのなら無理かも知れないけど、宮からのお役目をいただいたとなったらいけるかも。お父様にお手紙を書いてみるわ」


 リルはいたって真剣である。


「ダル様のお気持ちもあると思うのだけれど……」

「ダル様も同じお気持ちではないかしら」


 根拠(こんきょ)のない自信を持ってきっぱりと言う。


「だって、いつも私が話しかけると恥ずかしそうにしてらっしゃるし、あれは、ちょっとは意識してくださってるのだと思うわ。可能性がないわけではないと思うの。だから、お父様から正式に申し込んでいただいたら、うん、そうよ大丈夫よ」


 リルは顔を真赤にして両手で頬を覆った。


「私がダル様のお嫁さん……妻……」


 屈託なくそういうリルを見ながらミーヤはなんとも言えない気持ちになった。


 リルはミーヤとは違う。

 いつか嫁ぐ日のために、そのために行儀見習いとして豪商(ごうしょう)の家庭から宮へと入ってきた。

 やっている仕事は同じでも、過ごす日々が同じでも先行きは違う。

 もしも、叶わないとしても夢を見ることができる。事によると現実にすることもできる。

 それはミーヤにはない未来だと思われた。




『他の道も考えてみちゃどうだい?』




 カースでナスタに言われた言葉が頭に浮かぶ。




『それもまたシャンタルの思し召し』


『あんたの幸せが違うものになったとしたらさ、そっちに行けって言ってくれる』


『あんたは侍女よりもそっちの幸せが似合ってる』




 次々に思い出してしまう。


 交代の日が来たらトーヤは行ってしまう。




『連れて行けたらいいんだがな……』




 今度はナスタのではない言葉が浮かぶ。


 別れを想像すると身を切られるほど痛い。

 だが思い切って付いて行くとも言えない。


 自分はリルとは違う。

 いつかは宮に誓いを立てて一生を捧げる、そう決めていたはずなのに。


(それに……)


 あの時は、トーヤが連れていけたらと言ってくれた時は、まだそんなに大きな仕事のことを知る前だった。トーヤが逃げるのに連れていく、それだけのことだった。


 トーヤには大きなお役目ができた。

 シャンタルを助ける、この国から連れ出すという役目。

 この宮の中しか知らない自分が付いていっても足手まといにしかならないだろう。


 自分の空想に顔を染めたり落胆(らくたん)したりしながら楽しそうなリルを見る。

 

(もしも、もしも自分がリルと同じだったなら……)


 あり得ないもしもの重みがミーヤの心にのしかかる。


「ミーヤ、ミーヤ?」

「え、はい?」

 

 リルがじっとミーヤの顔を見る。


「ごめんなさいね……」

「え?」

「だって、すっかり自分の想像にはまりこんでしまって。退屈したのではなくて?」

「いえ、そんなことはないわ。見ているだけで楽しそうで」

「私もね、本当はそう簡単だとは思ってないの……」


 そう言ってリルはため息をつく。


「でもね、可能性がある限り諦めることはないわよね?」

 

 ミーヤはリルの問いかけに、いつかのように曖昧(あいまい)に笑ってみせるしかできなかった。

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