11 誕生日
「同じではないですか?」
「え?」
「トーヤの名前はお母様がつけられたんでしょう?」
「そうみたいだな」
「きっと、トーヤが幸せになりますように、そう思って一生懸命考えてつけられた名前だと思います。その名前を泣いている小さな子どもに分けてあげたい、この子を幸せにしてあげたい、そう思ってつけられたのだと思いますよ」
言葉が出なかった。
今まで、自分とミーヤの名前をそんな風に考えたことがなかったからだ。
「そうなのかな……」
「え?」
「いや、母親、そんな風に思ってつけてくれたのかな、ってな。そんなこと考えたこともなかった」
「そうですよ、子どもの幸せを祈らない親はいないでしょう」
「そうなのか……」
思えば過酷な環境だ。仕事が仕事だけに若いうちに体を悪くして命を落とすものも多い、そんな暮らしをしている女たちだ。自分の母親がどうしてそんな商売をするようになったかは聞いたこともないが、おそらくミーヤたちと同じだろう。売られたか、家がおちぶれたか、もしくは男に騙された、大体がそんなところだ。みんな泣きながらその商売の道に入り、それでも笑って暮らしていた。
そんな中で子どもを身ごもったら、産まずになんらかの処置をして新しい命を葬るものも多い。そしてまたそのことが原因で体を悪くしたり命を落としたりするものも。そんな中、どうして自分の母親が自分を生む道を選んだかは分からない。少なくとも普通に商売を続けることはむずかしい、それは生活をしていけなくなるかも知れないということだ。
「なんで俺を生んでくれたんだろうな……」
ぽつりとトーヤがつぶやいた。
「それは、お母様がそう望まれたからじゃないでしょうか」
「望んだ?」
「きっと、トーヤが生まれた時はうれしかったと思いますよ」
「そうなのかな……」
「ええ」
ミーヤがそう言って微笑んだ。
「うれしかったと思いますよ」
もう一度そう言った。
「お誕生日はその人の生まれた日というだけではなく、生んでくれたご両親に感謝をする日でもあるのだそうです」
「親に感謝を……」
「ええ、この世に生んでくれてありがとう、そう言う日です」
「そうか……」
思えば昨年の誕生日にはもうミーヤがかなり弱ってきていて、そちらにばかり気持ちがいっていた。
そんな中でミーヤが弱い声で、
「トーヤ、お誕生日おめでとう」
そう言ってくれたことを思い出した。
その前の年はまだミーヤはかなり元気だったが、もうすでに治らない病気だと分かっていた。そんな中で一緒にわずかばかりだが少しだけごちそうを食べた。ミーヤが奮発してくれたのだ。
「薬代もかかるだろうに、もうガキじゃねえんだからこんなのいらねえって」
「何言ってるんだ、姉さんがあんたを生んでくれた日だよ? お祝いするのは当たり前だろうが。そんなこと言うやつはまだまだガキだよ」
そう言って小突かれたのを思い出した。
「思い出した、ミーヤもそう言ってた……」
「え?」
「母親が俺を生んでくれた日だってな」
「そうですか」
ミーヤがうれしそうに微笑んだ。
「あいつな、あっちのミーヤな……」
「はい」
「母親が死んだ時、俺はまだ4つでな、親のいなくなったガキをどうするか店の旦那が考えてた時にな、まだ自分も一人前に商売もできてないくせに、自分が面倒見るから置いてくれって頼んでくれたんだ」
トーヤが思い出すように言う。
「本当だったらな、そんな邪魔なガキは単に店から追い出すか、もしくはただ同然でどっかの店に売り飛ばすのが普通だ。どっちにしようか考えてた旦那に必死に頭下げてくれてな、姉さんが残した子だ置いてほしい、自分がその分働くからってな。そしたら他の姉さん方もな、自分たちも世話になった人の子だ、頼むって。それで旦那が渋々置いてくれたんだよ」
「そうなんですか……」
「それから、しばらくはそいつらの世話になっててな。それでも自分なりにいつまでも世話になってちゃいけねえって思って、そのへんのもうちょい大きいガキどもにくっついて戦場稼ぎをするようになった。そんで11になった頃、まだガキのくせにな、安物の剣を手に入れて年ごまかして、初めて傭兵の真似事をしたんだ。その時にちょっとまとまった金が手に入ったのがうれしくてなあ、そんでミーヤに土産で指輪買ってやったんだよ」
「そうだったんですね……」
ミーヤは一瞬とはいえあちらのミーヤに対してもやもやした気持ちを抱いた自分を恥ずかしく思った。
「じゃあ、こうしませんか」
「なんだ」
「少し早く、お誕生日のお祝いをしましょう。次代様がいつ御誕生になるか分かりませんから、それまでに前倒しでお祝いを」
「いいって、そんなの」
「いえ、大事な日ですよ? やりますよ? そうしましょう。トーヤの2人のお母様に感謝の日です」
「2人の?」
「ええ、生んでくれたお母様とミーヤさん、2人に感謝です」
うれしそうにそう言うミーヤに、
「そんじゃあんたのもな。一緒にならやってもいい」
そう言って照れくさそうにトーヤは顔をそむけた。