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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第五節 もう一人のマユリア
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 8 苦悩

「よう、ちょっとお邪魔するぜ」


 キリエは取次もなしにトーヤがいきなり執務室に入ってきたので、ガタンと音を立てて立ち上がると大きな声で言った。


取次(とりつぎ)もなしになんと無礼な!」

「怒るなよ、これでも気を使ってのことだ」

「何を言うのです!」

「例の秘密のことだ」


 思った通りキリエはその言葉を聞いた途端に口を閉じた。

 トーヤは扉がきちんと閉じているのを確認すると、数歩キリエに近づいた。


「知られたくないんだろ? だからミーヤにも言わずに来たんだよ」


 トーヤの言葉を聞いても一言も口を開かない。


「ラーラ様」


 キリエが目だけでトーヤを威嚇(いかく)した。


「やっぱり知ってるんだよな、ラーラ様も」

「答えられません」

「それ、知ってるって意味だからな?」


 笑いながらトーヤが言う。


「別にラーラ様からなんか聞き出そうってんじゃないんだよ、手伝ってもらえないかなと思ってな」

「何をです」

「シャンタルを連れ出すのをだよ」


 キリエが声もなく驚く。


「シャンタルを連れて逃げてほしいんだろ? そのためにはここから連れ出さなきゃならねえ。それを頼む人が必要じゃないか」


 黙ったままでいるキリエにさらに続ける。


「先々代なんだってな? そのまま宮に残ってるそうじゃないか、それは秘密を守るためなんだろ? だったらシャンタルを助けるために残ってるんじゃないかと思ったわけだ」

「……ちがいます」

「なに?」

「ラーラ様はシャンタルを助けるために残っているのではありません」

「なんだって?」


 キリエがトーヤをじっと見ながら言う。


不本意(ふほんい)ながらシャンタルを助けられるのは助け手だけです」

「いやまあ、そりゃ託宣ってのによるとそうなのかも知れねえが、その助け手を助けるってことはできるだろ?」

「マユリアもおっしゃった通り、運命を変えてしまうようなことはできないのです」

「いや、それはもういいって、耳にタコができるほど聞いたっての」


 トーヤは右手の人差指を耳に突っ込むと小さく2回頷いて見せた。


「だからな、交代の日に奥宮からシャンタルを連れて出てくれりゃいいんだよ、そうすりゃ後は連れて逃げてやるから」

「それは無理です」

「頭の固いばあさんだな!」

 

 キリエがキッとトーヤを睨みつけた。


「確かにラーラ様は秘密を守るために残られました。ですがシャンタルの運命を変えるためではありません」

「だから~わっかんねえかなあ!」

「分からないのはそちらです!」


 キリエが怒号(どごう)ともいえるほどの大きな声を出し、さすがのトーヤも少し体を引いた。


「誰が、誰がシャンタルが命を落とされるかもと知ってじっと見ていられるものか! それでも運命ゆえにおまえが流れ着くまでずっと助け手が現れるのを待ち続けていたのです!」

「おい、おい待てよ」


 トーヤがキリエの叫びを止める。


「ずっとって、じゃあそんな前からシャンタルが死ぬかもって分かってたってわけか? やっぱりラーラ様はそのために残ったんだよな? 十年前からシャンタルが死ぬかも知れねえって知ってたんだな?」

「お答えできません」

「だから、そういう言い方はそうだって言ってるって言ってるだろ?」


 トーヤがため息をつく。


「あのな、キリエさん、俺は別にあんたとケンカしにきたわけじゃねえんだよ。シャンタルを助けるためにちょっと手助けしてくれる人がほしいって言ってるだけなんだって」

「分かっています。分かっていて手助けできないと申してます」

「それが分からん……」


 そう言ってしばらく考える。


「そんじゃ聞き方を変えるが、誰と誰がシャンタルを助ける手助けができねえんだ? それだったら答えられるか?」

「託宣に関わるものは手を出せません」

「シャンタルとマユリア、ラーラ様にあんたも入るってことか……そんじゃルギやミーヤは? ダルは?」

「場合によっては」

「はーめんどくせえ!」


 もう一度ため息をつく。


「でもなんか分かったような気がしないでもない、なんとなくだが……」


 トーヤが整理するように一呼吸置く。


「つまり、ぎりぎりまで内容を話せないのもその託宣のためなんだな? 俺があそこにたどり着くまで洞窟のことを言えなかったのと同じだ。知ってしまうとそいつも手が出せなくなるからな。だからその先のこともまだ言えない、違うか?」

「そういうことです」

 

 今度はキリエが小さくため息をついた。


「託宣を知ったものはそれに従わなければなりません。託宣による運命を変えぬためです」

 

 トーヤはキリエの苦悩を感じ取った。


 あの時、謁見の間でシャンタルの秘密に触れた時、キリエは苦しそうな顔をしていた。当てずっぽうのように適当に「シャンタルに消えてほしいと思っているだろう」と言ってしまったが、そのことでこの老女がひどく苦しんでいたことにあらためて気がついた。


 キリエはシャンタルの秘密を知っている、託宣の内容を知っている。だからこそ苦しんでいるのだ、自分の気持ちがシャンタルの運命を変えてしまう可能性があるのではないかと恐れているのだ。シャンタルを助けたい気持ち、秘密のために消えてほしい気持ち、その両方ともこの老女の本心なのだろう。

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