5 最初の一歩
「握手したら消えてくれるのではないのか」
「それはまあ、話の前振り? ちゃんと話をできるようにだ」
「だったら早くそっちの話をして早く消えてくれ」
「ほんっとにつれないんだから~」
ふざけたように言うとトーヤが話し始めた。
「なあ、あんただったら、どうやってシャンタルをこの国から連れ出す?」
「何を言うかと思ったら……それを考えるのもおまえの仕事のうちではないのか」
「もちろんそうだ。だがな、俺は圧倒的にこの国の事情に疎い。だから参考までに聞きたいんだ」
トーヤがソファから身を乗り出した。
「俺だってな、本当はあんたにこんなこと聞きたくないんだぜ? だがダルは素人だ、ミーヤは言うまでもない。だったらあんたに聞くしかないだろう? 仕事を成功させるために聞いときたい」
「……それはそうかも知れんな……」
不承不承ながらルギが認める。
「普通のガキでもこんな場所から連れ出すってだけで色々考えるが、黒のシャンタルはあまりにも目立ちすぎる」
「黒のシャンタル……」
ルギが復唱するかのように言う。
「黒い髪、黒い瞳、白い肌、そんな人間ばかりの土地であの容貌の子供を1人連れ出す、これってかな~り大変だろ?」
「そうだな」
「そうなるとあの洞窟はかなり有効だ。誰も知らない抜け道だしな。だからあそこを通ることは決定だろう」
「そうだな。カトッティに入る外の国からの大きな船ならどんな肌や髪の人間が乗っていてもそこまで不思議ではないだろうが、そこまでどうやって行くかが難しい」
「そもそもシャンタルのような目立つやつが王都で見つからないってのが無理な話だ。ってことは、やっぱりあの洞窟を通ってキノスへ逃げるしかないか」
「キノスとは、カースから船で向かうあの町か」
「あんたは知ってるんだな? じゃああそこには色んな髪や肌の人間がいるってのも知ってるのか?」
「見たことはないが情報としては知っている」
「さすが隊長だ」
「おまえは誰から聞いた」
「カースの村長からだ。あんたのことを話した時に話に出た」
ルギが黙ってギロリとトーヤを見た。
「怒るなって、あんたの話だけだと本当かどうか分かんねえだろ?」
ルギは答えない。
「まあ本当だと分かったよ」
トーヤはそう言ってから話を変えるように続けた。
「だからキノスまで行って混じっちまえばなんとかごまかせないことはない、と思う。だが奥宮から洞窟まで連れ出す方法は?」
「さあてな、俺はそのような仕事をやったことがないからな」
「俺だって神様の誘拐なんて初めてだよ」
「普通の人間の誘拐ならあるのか」
「嫌だなあ隊長、そういうのは聞きっこなし」
ルギが不愉快そうな顔になる。
「冗談だよ、ねえよ誘拐なんて」
「どうだかな……」
「まあ冗談はおいといて、奥宮から連れ出せると思うか?」
「……むずかしいだろうな」
「そうなんだよなあ」
シャンタルは常には奥宮の最奥の自室にいる。その部屋にいる時には常に誰かしらが傍らにいる。1人でいることはほぼないと言っていい。
仮に1人でいたとしても宮にいる子供はシャンタルと数名の侍女見習いだけだ、連れ出そうとしたらすぐに気付かれる。
「難問山積みだ。それともう1つ気になることがある」
「なんだ」
「シャンタルの意思はどうなんだ?」
「シャンタルの意思?」
「宮から出ることを知っているのか? 納得しているのか?」
「それは……」
ルギも初めて思い当たった顔をする。
「そもそも、あいつにそんな意思あるのか? 何も考えてない顔してるぜ」
「…………」
ルギも返答に困る。
「宮から出ましょう分かりました、って大人しく付いてくるならいい、暴れられたらどうする? というか暴れるのか? そのへんの反応も分からんのでどうすりゃいいのか考えもできねえ」
「暴れられるとは考えにくいが」
「それは誰かがそういうこと、無理強いとかしたことねえからだろ?」
「シャンタルに何かを強いるものなどおらん」
「だろ? だったら嫌がったらどうなる?」
「ふうむ……」
神様の誘拐なぞ聞いたこともないが、聞いたこともないだけに思った以上に困難であると思わずにはいられない。
「だけどな、その無理を通さねえとシャンタルは死ぬかも知れねえんだろ?」
「おっしゃっていたな……」
「そのために、あの子供を助けるためにあんたの力が必要になるかも知れねえ。だからこその仲直りだ」
「……分かった、仕方がない」
なんとかルギから協力の約束を取り付けた。
これでようやく最初の一歩が踏み出せる。




