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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第四節 神との契約
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19 もう一度

 王都封鎖の翌朝、トーヤはもう一つ驚くことになった。


「おはようございます」


 そう言って朝食を持ってきたのはミーヤであった。


「あんた……」

「なんでしょうか?」

「いや、もう来ないかと思ってたから」

「どうしてです?」

「……昨日、リルさんが晩飯持ってきたから……」

「ええ、昨日はどうしても手が離せないことができたのでお願いしました。そう言ってませんでしたか?」

「いや、言ってた……」

「忙しいだろうからほっぽっといていいっておっしゃってたので頼みましたが、忘れてらっしゃったんでしょうか?」


 そう言いながらトーヤの朝食の用意をする。いつものミーヤであった。


「今は特別忙しいんです。だから、これからもそういうことはあるかと思います」

「そうか……」


 朝食は夕食と比べて品数も少しばかり少なくて(これはトーヤが要望したからでもあるが)パンと()でた鳥の肉と野菜、それとお茶と果物であったが、不思議なことに昨夜の豪勢(ごうせい)な夕食よりずっと美味しく感じた。


「お金は入れておきました」

 

 食後の食器を片付けながら突然ミーヤがそう言った。

 例の青い小鳥の代金のことを言っていると分かった。


「そうか、ありがとう……」


 トーヤもそれだけを言う。


「それで、今日はどうなさるんですか?」

「え?」

「何をどうするか言ってくださらないと、こちらも色々と支度(したく)もありますし、突然では困ることもあります」

「あ、ああ、そうだな……」


 あまりにいつもと同じ、何もなかったかのようで逆にトーヤは戸惑った。だが、何かを口にする勇気もない。


「ダルが……」


 やっと口から出たのはその名前だった。


「はい?」

「ダルが、なんか隣の部屋にいることになったとか」

「ああ、マユリアから部屋を(たまわ)ったようですね」

「部屋を賜ったあ?」


 あまりのことにびっくりした。

 てっきり昨日だけのことだと思っていた。


「何かおかしいですか?」

「いや、いや、あの……」


 どう言っていいか分からない。なんでそんなことになっているのか。


「マユリアが、これから先も色々と宮の仕事もしてもらうこともあるだろうし、宮に来た時にはあの部屋で過ごすようにとおっしゃったんです」

「そうか……」


 そう言ったものの何がどうなっているのか分からない。


「それで、リルがダルさんの世話役と決まりました。ですから一緒に食事を届けてもらったんです」

「そうだったのか」

「一度誰かさんの世話役を途中でやめてしまったので、そのことが気にかかっていたらしく張り切っています。今は忙しい時なのにとぶつぶつ言いながらも役がついたことがうれしいようです」

「そうか、なんか、らしいな」


 そう言ってトーヤが笑った。


「リルは、同期ですが私とは違って行儀見習(ぎょうぎみなら)いとして宮に入ってきたんです」

「ああ、そういやそういうのがあるってダルのおふくろさんが言ってたな」

「ええ、お父様が大層なご商売をなさってるらしく、役がつくと嫁ぎ先に良い印象になるらしいのです」

「そんなことも言ってたな」

「ええ。それで、お役を辞退することになってキリエ様の評価が下がったのでは、とがっかりしてましたからよかったです」

「って、それって俺にひどい目に合ったとか言った時だよな?」

「何かお心当たりでも?」

「いや、違うって、そんなんじゃねえって」

「そんなのとは、どんなのです?」

「いや、だからな、あの時はな……」

「好みのタイプだと言われたとか」

「だからな、そうじゃなくてな」


 そう言いながらトーヤは何かが変だと思った。


(これじゃまるで浮気を疑われてる旦那じゃねえかよ、俺は一体何を言ってるんだ)


 変は変だがおかしい変だった。

 そう思ってつい笑ってしまった。


「何かおかしいですか?」

「いや、いや、なんでもねえ」


 笑ってしまいながらなんだかとても幸福だった。


 ミーヤが今どう思ってるのかは分からない。それでも、またもう一度元の通りに話ができることが幸せでたまらなかった。


「それで? 今日はどうなさるんですか?」

「あ、ああ、今日はマユリアと仕事の話を詰めたいと思ってたんだが、話、できそうかな」

「お(うかが)いしてみます」


 そう言って食器を乗せた盆を持って部屋から出ようとしていたミーヤが足を止めた。


「そうそう……」

「ん?」

「リルの方がべっぴんで色っぽくてタイプだとおっしゃるのでしたら、いつでもダルさんと交代してもらいますので遠慮なく言ってくださいね?」


 トーヤに向かってにっこりと笑う笑顔がえらく恐ろしく、トーヤは両手を必死に振りながら言った。


「いや、いやいや、いやいやいやいや、あんたでいいって」

「で?」

「いや、あんたが、ミーヤがいいです!」

「そうですか? ならそうしておきますね」


 またにっこりと笑って今度こそ部屋を出ていった。


「な、な、な、なんだったんだ……」


 ドキドキする心臓を押さえながらベッドに仰向けに倒れ込み、


「本当になんなんだよ、え?」


 そう言って開放されたように大笑いした。

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