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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第四節 神との契約
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14 重し

「と、その前に気になることがあんだけど、王都封鎖(おうとふうさ)ってのはいつからなんだ?」


 誰にともなく聞く。

 

「……あ、明日の日暮れだと思います」


 ミーヤがやっとという風に言った。


「触れがおそらく朝でその日暮れかと。みんな色々と準備することもありますので、少し遅れてになるそうです」

「そうか、ありがとう」


 トーヤがそっけなく礼を言った。


「王都封鎖ってのは、どの程度の場所までやるもんなんだ?」


 また誰にともなく聞く。


封鎖期間(ふうさきかん)一月(ひとつき)以上になりますから、食料など、どうしても必要なものの運び入れ以外はすべて出入り禁止になります。王都との出入り口を、衛士や憲兵が見回ることになります」

「そうか、ありがとう」


 ミーヤが答え、またトーヤがそっけなく礼を言う。


「カースはどうなんだ? 王都にくっついてる形だが」

「カースは王都じゃないからな」


 今度はダルが淡々(たんたん)と言った。


「じゃあ、カースからも王都への出入りはできなくなるのか?」

「そうだな」

「そうか、ありがとう」


 三度(みたび)トーヤがそっけなく礼を言った。


 どうしてもミーヤと、そしてダルとの間に1枚カーテンをはさんだかのような態度になってしまう。


「じゃあ、今からカースへ行ってくる。明日の夜までに戻りゃいいんだろ? 仕事の話はその後にしてもらえるか? どうしても知っておきたいことがある」

「分かりました、では明後日(みょうごにち)にでも」

「あ、それとな、もうお供だのお付きだのはなしだ、もう逃げないと分かっただろ? それから腕前も」

「分かりました」


 マユリアがそうにこやかに返事をした。

 マユリアには普通に話せた。


 そんな話をしていたら、キリエが金袋(かねぶくろ)を持って戻ってきた。

 黙ったままトーヤに引き渡す。


「これは、えらくたくさん入ってねえか?」


 金袋を開けて中を確かめながらトーヤが言うと、


「前金以外にも色々と必要なものもあるだろう、とのマユリアのご配慮(はいりょ)です」


 キリエが冷たい目でトーヤを見ながらそう言った。


「そうか、そりゃありがてえ、助かるよ」


 何事もないようにトーヤが答えた。


 傭兵というものに冷たい目を向けるものは少なくはない。

 君主への忠義でも、自分の名誉のためでもなく、金のために敵に剣を向ける、金のためだけに動く(いや)しい者、そう見る者も多いのだ。

 だから、そのような目で見られることには慣れている。


 トーヤは金袋の中に手を入れ、ごそごそといくらか小銭を取り出すと、それを持ってミーヤに近づいた。


「これ、例の、あんたが預かってる金袋に入れといてくれねえか?」

 

 言うなり、返事も待たずにミーヤの手を取ってそれを押し付ける。


「フェイのお友達だよ」


 トーヤがミーヤから顔を背けたままで言う。


「あの時は借りた金だったからな。でもこれは俺が稼いだ金だ。これでやっと俺が買ってやれたことになった。だから頼むな」


 そのままミーヤに背中を向け、返事も待たず、入ってきた扉、衛士の隠し通路の方へ走っていき、そのままそこから部屋を出て行ってしまった。




 これでいい、そもそも親しくなり過ぎたのだ。

 トーヤは自分にそう言い聞かせながら暗い通路を通って前の宮の外へと出た。


 あんな態度を取ってしまった自分だ、もうミーヤともダルとも元通りに話をすることなどできないだろう。

 だがこれが自分だ、傭兵トーヤだ。助け手だの神の使いだの、そういうのはもうまっぴらだ、そんなのは自分ではない。


 だが……


「やっぱりちっとさびしいよな……」


 ぽつりとそうつぶやくと、馬房でいつもの馬に乗り、一路カースへと向かって駆け出した。




 トーヤの後ろ姿を見送った後、ミーヤは手のひらをそっと開いて見た。


 そこにはあの青い小鳥、ガラスでできたフェイのお友達、今はミーヤの上着の隠しで静かに眠っているフェイになった小鳥、その小鳥の値段とぴったり同じ額の小銭が乗っていた。


 ミーヤはあの金袋を管理しているので値段を知っている。

 額としては子どもががんばってお小遣(こづ)いを貯めれば買えるぐらい、その程度の少額である。

 だが、トーヤはその額をしっかり覚えていた。その少額ですら借りたことをずっと心の重しにしていたのだろう。自分でフェイに買ってやりたかったと思っていたのだろう。


「フェイ、よかったですね……」


 そう言って、そっと上着の上から青い小鳥を優しく押さえた。


 そしてミーヤはフェイを羨ましく思った。

 ただひたすら素直にトーヤを大好きと思えたフェイを、素直にトーヤに愛されたフェイを。

 

 自分に向けられたトーヤの背、それを思い出すと息が詰まるようであった。

 もう二度と振り向いてはもらえないのだろうか。

 

 ミーヤは小銭をギュッと握りしめ、涙を流さずに泣いた。

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