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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第四節 神との契約
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12 傭兵トーヤ

「俺も、俺も知ってるぞ!」


 ダルが急いでそう言う。


「確かにトーヤはそういうこともやってきたのかも知れねえ、そういう感じ、ないことないからな」

「だろ? やっぱりダルは分かってる、ミーヤとは違う、ちょっとは世間を知ってるからな」


 クツクツと笑う。


 ミーヤは青い顔のまま両手をギュッと握りしめて立っている。


「けどな、だけどそれでもな、トーヤはいいやつだよ。俺は見てきて知ってる。俺のこと、最初は利用しようとしたようだけど、できなかったんだよ。友達だって言ってくれた、それにフェイちゃんのこともすげえかわいがってた。悪いやつにあんなことできるはずがな」

「うるせえよ!」

 

 トーヤが怒鳴(どな)った。


「だからそういうのは俺じゃねえって言ってるだろ! 気色悪いんだよ!いい人だ、いいやつだ? ……違う、そんなんじゃねえんだよ。俺はそんないいやつじゃねえんだよ、なんでそれが分かんねえんだよ……」


 トーヤの顔が苦しそうに歪む。


「俺はな、そんな助け手様だの、神様の選んだ人だの、そんな大層なもんじゃねえんだよ。言っただろうが元々の仕事は傭兵(ようへい)だってな、しょせんは……」


 そこまで言うとトーヤはいきなり口を止めた。


「そうだよ、そうなんだよ……なんでそれに気づかなかったんだ? え?」


 そしてそう言って大笑いを始めた。


「こりゃ、あれだな、俺もすっかりこの国に毒されてんだよ、なあ……」


 (ゆか)の上を叩きながらなおも大笑いする。


「何がそんなにおかしいのですか……」


 意外なことに、口を開いたのはキリエであった。


「自分の黒い部分をさらけだして、それが、それがそんなにおかしいのですか……」


 普段とは少し違うキリエの様子に、トーヤがふっと笑った。


「そうか、あんたは秘密ってのを知ってるんだ? それであんたはそう思ってたんだな」


 答えぬキリエにトーヤはずいっと迫った。


「マユリアのため、この国のためにシャンタルに消えてもらいたいと思ってた。そうだろ?」

「違います、私はそんなことは……」

「隠さなくていいって、いやあ、あんた、本当は人間らしかったんだな、見直したぜ」


 キリエは何も答えない。


「でもまあ、そんなことどうでもいいんだよ。あんたらの思惑(おもわく)なんてなんも関係ねえ、俺が言いたいのは、俺は傭兵だってことだ」


 舞台の上で主人公を演じる役者よろしく、両手を広げてぐるっと回って見せた。


「すげえすっきりしたよ。単純なことだったんだ、なんでそんなことに気づかなかったんだろうな、自分で自分に(あき)れるよ」


 そう言ってまた笑った。


 トーヤは一度真面目な顔に戻ると、マユリアに向かってから改めてニヤリと笑い、また話を始めた。


「俺はな、娼婦の母親から生まれて娼婦の育て親に育てられた。ちびの頃から戦場を駆けずり回って戦場稼ぎをし、適当な年になったんで剣を握って傭兵に鞍替(くらが)えした。なんでかと言うとその方が金になるからだ。ご立派な騎士様や宮に忠誠を誓う衛士様、なーんてのと違って、なりたくてなったわけじゃねえ、生きるため、金のための兵士、それが傭兵だ。だがどうやらそれが性に合ってたらしい。それからずっと戦場で生きてきたが、それ以外にも稼ぐためならなんだってやってきた。あんたらが知らんような色んな汚いこともな。生きるためだ。それから育て親が死んで、そこのルギと同じように自暴自棄(じぼうじき)になって国をおん出るために海賊船に乗った。いや、それまでにも船には時々乗ってたんだが、本格的に遠出した。そしたら嵐に合ってここに流れ着いたんだよ」


 一息つき、またぐるっとみんなの顔を見る。


 ダルは、困ったような顔をして、落ち着かないようにまばたきをしながら、トーヤと目を合わさないぐらいに顔をそむけていた。


 ルギはいつもと変わらぬ顔をしてタオルであごを押さえている。


 キリエは苦しい顔をして、それでも背筋を伸ばして正面を向いて立っている。


 そしてミーヤは、青い顔をしたままじっとトーヤの目を見つめた。


 トーヤはミーヤの視線から顔をそらし、もう一度マユリアに正面から向き直った。


 マユリアは変わらない。

 何があろうとこの女はこうなんだろう、そう思ってまた話を続ける。


「それで相談だ、マユリア」

「なんでしょう?」


 マユリアが変わることのない調子で尋ねる。


「あんた、もうこの俺がどんな人間かすっかり分かっただろう? その上で言うんだよ、なあ、俺のこの腕、いくらで買う?」


 トーヤが自分の右腕を左手でトンッと叩いた。


「俺は傭兵だ、だから、何かをやらせたいならその方法は唯一つ、金だ。金を払えばなんだってやってやる」


 マユリア以外の全員が驚いた顔になった。


「なあ、いくらで買う? えっとシャンタル宮第一なんとか隊の隊長か? そのルギと戦ってあんな傷作れるぐらいの大した腕だぜ? それも武器もない不公平な状態で、だ。大したもんだろ?」


 そう言ってまた大笑いをした。

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