12 傭兵トーヤ
「俺も、俺も知ってるぞ!」
ダルが急いでそう言う。
「確かにトーヤはそういうこともやってきたのかも知れねえ、そういう感じ、ないことないからな」
「だろ? やっぱりダルは分かってる、ミーヤとは違う、ちょっとは世間を知ってるからな」
クツクツと笑う。
ミーヤは青い顔のまま両手をギュッと握りしめて立っている。
「けどな、だけどそれでもな、トーヤはいいやつだよ。俺は見てきて知ってる。俺のこと、最初は利用しようとしたようだけど、できなかったんだよ。友達だって言ってくれた、それにフェイちゃんのこともすげえかわいがってた。悪いやつにあんなことできるはずがな」
「うるせえよ!」
トーヤが怒鳴った。
「だからそういうのは俺じゃねえって言ってるだろ! 気色悪いんだよ!いい人だ、いいやつだ? ……違う、そんなんじゃねえんだよ。俺はそんないいやつじゃねえんだよ、なんでそれが分かんねえんだよ……」
トーヤの顔が苦しそうに歪む。
「俺はな、そんな助け手様だの、神様の選んだ人だの、そんな大層なもんじゃねえんだよ。言っただろうが元々の仕事は傭兵だってな、しょせんは……」
そこまで言うとトーヤはいきなり口を止めた。
「そうだよ、そうなんだよ……なんでそれに気づかなかったんだ? え?」
そしてそう言って大笑いを始めた。
「こりゃ、あれだな、俺もすっかりこの国に毒されてんだよ、なあ……」
床の上を叩きながらなおも大笑いする。
「何がそんなにおかしいのですか……」
意外なことに、口を開いたのはキリエであった。
「自分の黒い部分をさらけだして、それが、それがそんなにおかしいのですか……」
普段とは少し違うキリエの様子に、トーヤがふっと笑った。
「そうか、あんたは秘密ってのを知ってるんだ? それであんたはそう思ってたんだな」
答えぬキリエにトーヤはずいっと迫った。
「マユリアのため、この国のためにシャンタルに消えてもらいたいと思ってた。そうだろ?」
「違います、私はそんなことは……」
「隠さなくていいって、いやあ、あんた、本当は人間らしかったんだな、見直したぜ」
キリエは何も答えない。
「でもまあ、そんなことどうでもいいんだよ。あんたらの思惑なんてなんも関係ねえ、俺が言いたいのは、俺は傭兵だってことだ」
舞台の上で主人公を演じる役者よろしく、両手を広げてぐるっと回って見せた。
「すげえすっきりしたよ。単純なことだったんだ、なんでそんなことに気づかなかったんだろうな、自分で自分に呆れるよ」
そう言ってまた笑った。
トーヤは一度真面目な顔に戻ると、マユリアに向かってから改めてニヤリと笑い、また話を始めた。
「俺はな、娼婦の母親から生まれて娼婦の育て親に育てられた。ちびの頃から戦場を駆けずり回って戦場稼ぎをし、適当な年になったんで剣を握って傭兵に鞍替えした。なんでかと言うとその方が金になるからだ。ご立派な騎士様や宮に忠誠を誓う衛士様、なーんてのと違って、なりたくてなったわけじゃねえ、生きるため、金のための兵士、それが傭兵だ。だがどうやらそれが性に合ってたらしい。それからずっと戦場で生きてきたが、それ以外にも稼ぐためならなんだってやってきた。あんたらが知らんような色んな汚いこともな。生きるためだ。それから育て親が死んで、そこのルギと同じように自暴自棄になって国をおん出るために海賊船に乗った。いや、それまでにも船には時々乗ってたんだが、本格的に遠出した。そしたら嵐に合ってここに流れ着いたんだよ」
一息つき、またぐるっとみんなの顔を見る。
ダルは、困ったような顔をして、落ち着かないようにまばたきをしながら、トーヤと目を合わさないぐらいに顔をそむけていた。
ルギはいつもと変わらぬ顔をしてタオルであごを押さえている。
キリエは苦しい顔をして、それでも背筋を伸ばして正面を向いて立っている。
そしてミーヤは、青い顔をしたままじっとトーヤの目を見つめた。
トーヤはミーヤの視線から顔をそらし、もう一度マユリアに正面から向き直った。
マユリアは変わらない。
何があろうとこの女はこうなんだろう、そう思ってまた話を続ける。
「それで相談だ、マユリア」
「なんでしょう?」
マユリアが変わることのない調子で尋ねる。
「あんた、もうこの俺がどんな人間かすっかり分かっただろう? その上で言うんだよ、なあ、俺のこの腕、いくらで買う?」
トーヤが自分の右腕を左手でトンッと叩いた。
「俺は傭兵だ、だから、何かをやらせたいならその方法は唯一つ、金だ。金を払えばなんだってやってやる」
マユリア以外の全員が驚いた顔になった。
「なあ、いくらで買う? えっとシャンタル宮第一なんとか隊の隊長か? そのルギと戦ってあんな傷作れるぐらいの大した腕だぜ? それも武器もない不公平な状態で、だ。大したもんだろ?」
そう言ってまた大笑いをした。