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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第四節 神との契約
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 7 謁見の間

 角度は違うがこの部屋は見たことがある。

 

「謁見の部屋だな」

「謁見の間だ」

「どっちでもいいじゃねえかよ」


 口をとがらせてトーヤが抗議する。


「黙って歩け!」

「また……」


 もうここまでくるとおかしくなってきた。

 笑いを噛み殺すトーヤに同じ言葉を繰り返していた衛士がバツが悪そうな顔をする。


 これは謁見の部屋だか間だかの例の大扉から向かって左、前にルギが隠れていたあたりだ。


「まさかこんな隠し通路があるとはな」

 

 多分何かあった時にそこから衛士を差し向けたりシャンタルたちを連れ出す道だろう。


「本当は宮の中を練り歩いてこの姿を見せつけたかったが、できるだけ目立たぬようにとのご命令だ、仕方ない」

「誰の命令かは聞かなくても分かるよ」


 舞台に出るのを待つ役者のように、高い天井の上から吊るされている布、レースのシャンタルたちの姿を隠していたカーテンではなくその前にさらに下がっているそれこそ緞帳(どんちょう)のような布の影から部屋の中を見る。


「なるほどな……あの時もここから様子を覗いてたんだな、やらしいな」

「なんとでも言え。行け」


 ルギが後ろから荒っぽくトーヤの背を押した。


「いってえな、口で言やあいいだろうがよ!」


 そう言いながら布の影から出る。


「トーヤ!」


 もう姿を見ているので誰の声かは分かる。


「ダル、おまえなんでここに来てんだよ」

「って、なんだよその格好、何やったんだ」

「何もやってねえよ」


 罪人よろしく後ろ手に縛られた姿のまま近づこうとしたら、


「勝手に行くな」


 縄を掴んでいる衛士が引っ張って止めた。


「行けだの行くなだのややこしいな、どっちかに決めてくれよ」


 ぶつくさ言いながらその場に止まる。


 布から出てすぐ、シャンタルやマユリアが御座(ござ)するソファが置かれた段の下の(はし)あたりから部屋の真ん中あたりを見る。

 今にも駆け寄りそうになっているダル、その横には両手を握りしめたミーヤが見える。

 

 2人の背後には6人の衛士が立っている。今は素手(すで)だが腰には太刀を帯びている、何かあったらすぐに抜刀できるだろう。


「あんたも忙しいだろうに悪いな」

「いえ……」


 トーヤの言葉に青い顔をしてミーヤが答える。

 洞窟で捕まったと分かったのだろう。これで逃げ道は失われた。


「そんで? ここに連れてきてどうするつもりだ? 公開裁判か? にしちゃ、場所が変だよな。もしかして例の方もいらっしゃるのか?」

「そうだ」


 ルギがあっさりと認める。


「やれやれ、御大(おんたい)(みずか)ら死刑判決、は、下せねえよな慈悲の女神様が。あ、あれか、人質の確認か? だったら俺はもうこうして捕まってるんだから自由にしてやってくんねえかな? こいつらは何も知らなかったことだしな」


 ミーヤとダルの身の安全を確保したい。2人は関係なかったと強調する。


「まあ少し待て」

「しゃあねえな。おまえらももうちょい我慢してくれ」


 そう言って待っているとやがて部屋の正面から向かって右、前回シャンタルやマユリアたちが出ていった扉からマユリアとキリエが入ってきた。

 トーヤ以外の全員が片膝をついて(ひざま)く。


 マユリアがソファの隣に立った。


「頭を上げなさい」


 そう言われてトーヤ以外の全員が頭を上げる。


「よう、こうして謁見してくれてるってことは、時が満ちたのか?」


 トーヤが悪びれずにそう言うとマユリアがいつものように楽しそうに笑った。


「そのようです」

「やっぱそうかよ。んで、時が満ちてどうすんだ? いよいよ生贄(いけにえ)のお時間か?」

「言っている意味はよく分かりませんが、やはりトーヤは楽しいですね。ルギ、とりあえず縄を解いてあげなさい」

「は……」


 驚いたことにルギが命じて衛士がトーヤの(いまし)めを解く。


「いいのかよ……」


 縛られていた手首を回しながら呆れたようにトーヤが言う。


「また暴れるかも知れねえぜ? そんでそこの旦那みたいな男前が増えるかも」


 トーヤがルギのあごのケガのことを言う。

 ルギはタオルで押さえているが、まだ出血は止まっていないらしい。タオルが赤く濡れている。


「少し大きいケガのようですね」

御前(ごぜん)(よご)すようなことを、申し訳ありません……」


 ルギが頭を下げる。


「ルギ、申し訳ないですが治療は後程(のちほど)。先に話を済ませてしまいましょう、人払いを」

「は……」


 ルギが命じて衛士が全員出ていく。


「おいおい、いいのかよ、こんな凶悪犯がここにいるんだぜ? 手下(てした)ども帰しちまって大丈夫か?」


 呆れてトーヤがまたそう言う。


「凶悪なのですか?」


 マユリアが笑いながら言う。


「凶悪だなあ、その原因はここにあるが……」


 トーヤが(ふところ)に手を入れ、ルギの顔色が変わる。


「これだ!」


 トーヤが取り出したもの、それは例の遠足用のパンだった。


「ちょっと腹減ってな、腹減ると凶悪になるんだよ、先に食わせてもらうわ」


 そう言うなり2つをあっという間に食べてしまった。


「よし、これでいい。腹が減っては戦ができぬって言うだろ? 死刑になるにしても腹ペコのままってのは可哀想過ぎるしな」


 大胆な行動にマユリアがさも楽しそうに大きな声で笑った。


「本当に楽しいですね、トーヤは」


 クスクスと笑い続ける。


「さ、もういいぜ、話があるならとっとと済ませようぜ」

「構いませんか? ではそうしましょう」


 笑いながらマユリアが言った。

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