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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第四節 神との契約
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 5 対決

「出口が見えてきたな」

「そうだな」

「もうランプはいらねえかな……」


 トーヤがそう言ってランプを吹き消す、と同時に後ろを振り向いてルギに投げつけた!


「!」


 ルギが右側に体を倒してランプを()ける、その左肩に向かってトーヤが斬りかかる。

 

 あわや、のところでルギが左腰から太刀(たち)を抜きそれを受けた。


 カキーン!


 金属と金属が激しくぶつかる音がした。


「よくこれで斬りかかろうと思ったもんだな」

「ないよりゃましだろ? それに今がいざという時だ」


 トーヤの得物(えもの)はダルとの訓練に使っていた模擬刀(もぎとう)だ。

 この模擬刀を初めて手にした時ルギがそう言ったのだ、「いざと言う時に使いやすかろう」と。


 トーヤは洞窟に入った時からずっとこの模擬刀を右手に握っていた。ランプを左手で(かか)げていたのはそのためだ。

 

「今後のために教えといてやるよ、プロはな、いつだって空手(からて)で戦場に出たりしねえんだよ」

「なるほどな、ずっと持っていたというわけか……道理で早かったはずだ」


 暗闇でルギに気付いた時、咄嗟(とっさ)にトーヤは右手の模擬刀を見えないように下に降ろした。そうしておいて方向転換する時に右の太ももに当てて音がしないように身に()わせていたのだ。その姿勢で斬りかかるタイミングを図っていた。


「だが、()のないその剣でどこまでやれるかな?」

「剣だと思わなけりゃいいんだよ、こんだけの重さだ、当たりどころによっちゃ十分致命傷を与えられる」

「なるほどな……」


 言うなりルギが体を引いた。

 トーヤも一歩後ろに下がる。


 場所は洞窟の入り口近く、外の明るさを背にしているトーヤからはルギの姿がよく見える。ルギからはトーヤの顔は影になる。表情から動きを読むことは難しい。

 さらにそう広くはない洞窟の中、体の大きいルギの方が動きを制限されやすい。

 傾斜も少しだがある。トーヤの方が心持ち高い位置に立っている。


「俺の方が有利だな」

「なるほど、足場の確保も忘れない、か……さすがに実戦で鍛えているだけはあるな」

「お褒めに預かり光栄だ!」


 またトーヤから斬りかかる。

 

 カキーン!


 ルギが受ける。


 何回か斬りつけ、受け、また斬りつけ、互いに姿勢を崩さず受け合う。


「なかなかやるな……」


 トーヤが一歩引いて剣を構えたまま言う。


「そちらこそ、正直ここまでやるとは思ってなかった」

「へへ、そりゃどうも、っと!」


 また思い切り打ち込む、と、


 キーン!


 妙な音がした。


 トーヤの剣が、刃のない模擬刀が真っ二つに折れていた。

 

「そろそろだとは思っていたが」

 

 ルギが感情のないままそう言う。


「待ってたわけか、俺の剣が折れるのを……」

「待っていたわけではないが、訓練であれだけ使っていればそろそろそうなるのではないかと予測はしていた」

「そこまで計算してこの剣を準備しやがったな?」

「まあ、そう思ってもらって結構だ」

「この策士(さくし)め……」


 トーヤがそれでもまだ折れた剣を手に構える。


「もう諦めろ」

「誰が」


 じりっ 

 

 足の位置を動かし姿勢を決める。


 折れた剣を両手で持ち、やや左に傾けて構えた。


「ほう両手剣か」

「これだったらまだいけるだろ?」


 確かに両手で思い切り振り下ろしてそれが当たればそれなりのダメージを与えられる。


「諦めが悪いぞ」

「へ、お褒めの言葉だな」


 じりっ


 また少し動いて位置を調整する。


 洞窟内に満ちる静寂


「はあっ!」


 そういいざま、トーヤが折れた剣を左肩からルギの頭上に振り下ろす。

 ルギが太刀でそれを受けた。


 キーン!


 また同じ音がしてトーヤの剣がさらに折れる。


 と、


「!」


 ほとんど本能のままルギが半歩、体を引いた。


「ちいっ!」


 トーヤの声と共にルギの(あご)に火が点いたような熱さが生じた。


「なんだ……」

「しくじった……」


 ルギが顎に触れるとぬるっとした感触と共に痛みを感じた。


「へ、惜しかった……」


 そう言うトーヤの右手に何か光るものがある。


「ナイフか……」


 フェイに髪を切って入れてやった時のあのナイフだ。

 あの時にミーヤから受け取ってそのまま黙って持っていた。

 その隠し持っていたナイフで振り下ろした手を戻しざまルギに斬りつけていたのだ。

 もしも半歩下がるのが一呼吸遅かったら、恐らくあのナイフはルギの首筋を切り裂いていただろう。


 ルギは初めて目の前の男を恐ろしいと思った。

 こめかみから一筋汗が流れた。


 あの一撃は自分に止めを刺すためだった。

 致命傷を狙った一撃だった。

 

 トーヤとて模擬刀の傷みには気が付いていた。

 その上でこの必殺の一撃のために誘導していたのだ。


「俺を殺すためだけの剣か……」

「ああ、しくじっちまったがな」


 トーヤが認める。


 ルギは確かに凄腕(すごうで)である。

 だが、それは真剣での勝負の上ではない。

 穏やかなシャンタリオでは実際に剣を握って戦うということはほぼない。

 特にルギはシャンタル宮付きの衛士だ、宮を守るために剣を帯びてはいるが実戦の経験はほぼない。

 もちろん人の命を奪ったこともない。いわば武術競技(ぶじゅつきょうぎ)の名人だと言える。


「どうする?」


 トーヤがニヤリと笑って言う。


「この死神め……」

「なんとでも」


 だがもうトーヤの手持ちのカードはない。


「こうなったら、こうだな」


 言うが早いが振り返って洞窟から走って逃げ出した。


「な……」


 呆然としていたルギは一足遅れて洞窟から後を追った。

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